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エピソード1:結果、行方知れず。①

【人物紹介】


古賀孝高こが・よしたか

 西日本良縁協会福岡支局、副支局長。長身で細身の眼鏡男子。タバコを嗜むアラフォー。

 顔だけ見ても何を考えているのか分からない。言葉はあえて選ばずに相手の心を折りに行く。

 冷静と沈着が服を着て歩いている。支局長の麻里子の理解者であり、後始末をする人。


川上一誠かわかみ・いっせい

 福岡支局で、『縁故』の実働部隊を束ねている32歳。ガッシリ系で心優しいお兄さん。

 お人好しで色んなことに流されつつ、最終的にはしっかり自己主張してるお兄さん。犬じゃないよ。

 瑠璃子は学生時代からの戦友で配偶者。考えるより先に行動することが多い。


徳永瑠璃子とくなが・るりこ

 福岡支局で、事務関連の総まとめを担当している30歳。小柄で眼鏡のお姉さん。

 マイペースに物事をすすめつつ、常にその先を計算して動いている。周囲がよく見えている。

 一誠のことは大切に思っているので、食生活に気を遣いつつ、自分はガンガン飲む。

 福岡市営地下鉄を使って、福岡空港から博多駅へと移動してきた2人は……取り急ぎ、博多駅の筑紫口からほど近い場所にあるビジネスホテルへ向かった。

 統治がチェックインを済ませ、あてがわれた部屋へ荷物を置きに行っている間、政宗はロビーに設置されたソファに腰を下ろして……手元のスマートフォンを見つめる。

 特に着信もメッセージもない。ユカからも、瑠璃子からも、一誠からも――麻里子からも、誰も。

 嵐の前の静けさ、そう呼びたくなるほど……何の情報も入ってこなかった。

 加えて、福岡であればユカと自分の『関係縁』を追って彼女の居場所を突き止められるかと思ったのだが……何かが邪魔をしているようで、上手く追いかけることが出来ない。

「福岡で何が起こってるんだ……?」

 考えても分からないため、まずはがむしゃらに情報を集めたい。政宗は脳内で『最後の砦』と位置づけていた『彼女』へメッセージを送ると、反応を信じて画面を暗くした。


 その後、身軽になった統治と共に、政宗は改めて行動を開始した。

 福岡の地下鉄は主に3路線ある。福岡空港と博多、天神を経由して姪浜までを結ぶ空港線と、天神から薬院、福大前を過ぎて室見川を抜けた橋本までを結ぶ七隈線、そして、空港線の中洲川端から分岐して、県庁や九州大学方面へと伸びる箱崎線だ。

 2人は地下鉄博多駅から空港線に乗り、天神で七隈線へ乗り換える。そして、電車に揺られること約6分……桜坂駅で下車をしたところで、政宗は無意識の内に、両手を強く握りしめていた。

 既に瑠璃子へは統治を待っている間にメールを再度送信しており、今から2人で福岡支局へ行くことを一方的に通達してある。これで門前払いされたら全面戦争だなと思いつつ……瑠璃子や一誠はそんなことをしない人物だと信じたい。

 地下にある駅から地上に抜けた政宗は、自身の記憶を頼りに歩みを進めて……福岡支局が入っている雑居ビルの前に立った。

 6階建ての雑居ビルで、1階部分が駐車場になっている。福岡支局はその上だ。

 時刻は19時を過ぎたところ。既に営業時間は終わっているが、見上げた先の窓には煌々と明かりが灯っている。

 半年前、4月にここへ来た時とは違う緊張感。口の中が乾ききっていることに気づき、背中に背負ったワンショルダーのメッセージバックから500mlのペットボトルを取り出すと、中に入っているお茶を一口すすった。

「……よし、行くぞ、統治」

「ああ」

 隣で静かに首肯する相棒と、軽く目配せをして。

 政宗は支局の入り口がある通用口の方へと足を踏み出す。

 そして――閉ざされた扉の脇に設置されているインターフォンのボタンを、しっかりと中へ押し込んだ。


「2人とも、遠路はるばるお疲れ様やったねー」

 徳永瑠璃子はこう言いながら、応接用のソファに並んで腰を下ろしている政宗と統治の前へ、来客用の湯呑に入った熱い緑茶と、筑紫もちを置いていく。

 彼女はこの『福岡支局』で事務主幹を務めており、残業が多いことは知っていた。とはいえ、特に繁忙期でもない今の時期に、来客用のお茶を用意して待っていたところを見ると……政宗からのメッセージを見た上で用意してくれていたと考えるのが妥当だろう。

 白いブラウスと小豆色のロングスカート、足元は濃いデニールの黒いストッキングにナースシューズという出で立ちの瑠璃子は、それぞれに会釈をする2人へいつもと変わらない笑顔を向けた後、2人を見下ろして……一言、釘を刺した。

「今は私も一誠も『福岡支局』の職員として対応するけんが……そのつもりでおってね」

 福岡支局の川上一誠と、ここにいる徳永瑠璃子は……政宗と統治、そしてユカが、福岡で研修合宿をした時に指導員として参加していた人物だ。

 10年来の仲でもあり、師事を仰いできた2人でもあるので……困ったことがあれば相談してきたし、実際に一誠や瑠璃子から助けてもらったことも1度や2度ではない。

 要するに今回は……2人の助けが期待出来ないということなのだろう。彼女から感じた精一杯の気遣いに、政宗は「分かってますよ」と返答して顔を上げ、立ち上がった。

「俺も、『仙台支局』の支局長としてここにいます。私情を挟むつもりはありません」

 こう言って口元に笑みを浮かべつつ、宮城から持参しておいた手土産入りの紙袋を手渡す。それを受け取った瑠璃子は、満足そうな表情で頷いた。

「了解しました。担当者を呼んでくるけんが、少しお待ちくださいねー」

 瑠璃子はそう言って踵を返すと、空になったお盆と紙袋を持って事務所の方へと戻っていく。

 そんな彼女の背中を横目で見つつ……政宗は、自分の手元にある茶菓子を食べるか食べないか、そんなことを考えていた。

 湯気立つ湯呑の横、長方形の小皿の上に置いてあるのは、小さな風呂敷包みのような和菓子。包み紙に記載されている『筑紫(つくし)もち』という名称に、見覚えがあるような気がする。

「なぁ統治、筑紫もちってあれだよな……信玄餅みたいなやつ」

 博多にある製菓メーカーが製造・販売している筑紫もちは、トレイに入ったきなこ餅に黒蜜をかけて食べる、一口サイズの和菓子だ。

 飽きの来ない上品な甘さが国内外で高く評価されており、お土産としての人気も高い。

 ただ……前述の通りきなこ餅なので、これから人と真剣な話をする予定がある時に開封して良いものなのか、ちょっと判断に迷うところだ。口元にきな粉がついた状態で話をするなんて、真剣さの欠片も伝わりそうにないのだから。

「美味しいんだよなコレ……なぁ統治、半分ずつ食べないか?」

「断る。今は我慢しておけ」

「ですよね……」

 統治からけんもほろろにあしらわれた政宗が、苦笑いでお茶をすすった次の瞬間――先程瑠璃子が入っていった事務所の扉が開き、そして……。


「――営業時間外での訪問は、本来お断りしているんだがな。佐藤支局長」


 180センチを超える長身に、シルバーフレームの眼鏡が似合う切れ長の瞳。黒いスーツを身にまとった副支局長・古賀孝高(よしたか)が、嫌悪感を隠すことなく低い声で静かに吐き捨てた。彼の後ろからは、ワイシャツにグレーのスラックスという出で立ちの川上一誠が続く。

 政宗と統治は同時に立ち上がって2人に会釈をすると、孝高の指示で改めて腰を下ろした。

 孝高は、『福岡支局』の支局長を務めている山本麻里子のパートナーであり、彼女と共にこの『福岡支局』の今を築いた実力者だ。主に営業や麻里子の尻拭いを担当していることもあって外回りが多く、2人も数えるほどしか会ったことがないけれど……あの麻里子と対等に渡り合えるだけの実力と意思の強さは、これまでに会った『縁故』にはない、特殊な雰囲気を感じて……思わず背筋を伸ばしてしまうのだ。

 今は政宗の前に孝高が、統治の前には一誠が腰を下ろし、事務所の入り口には瑠璃子が立っている。3人から囲まれた状況で、政宗は周囲に他の気配がないことを確認しつつ……口を開いた。

「古賀さん、お久しぶりです。この度は唐突に押しかけるような形になってしまい、申し訳ありませんでした。にも関わらずこのように対応していただき、ありがとうございます」

「……無碍に扱うのも気が引けただけだ。今日は支局長が席を外しているので、俺が話を聞かせてもらう」

「では、単刀直入に伺います。山本結果の処遇に関することです」

 政宗の率直な物言いに、孝高は表情を変えることなく淡々と返答する。

「それに関しては、追って名杙へ連絡をする予定だ。君に話せることは、現時点では何もない」

「古賀さん、それはいくらなんでも都合が良すぎませんか? 彼女は『仙台支局』の所属で、俺の部下です。ただでさえ人が少ない中で、いきなり1人いなくなって……人的補償も説明も何もないというのは、俺たちを軽んじているとしか思えません」

 言葉の端々に感じる怒気を隠しきれない。両膝の上で拳を握りしめながら反論する政宗に、孝高は容赦なくこう言い放った。


「……実際に軽いのだということに、まだ気付いていないのか?」

「っ……!!」


挿絵(By みてみん)


 刹那、政宗の両手が更に白くなった。感情的に反論したくなる唇を必死に噛み締め、両肩に力を込める。

 これまでにも自分の若さや経験不足でバカにされたことはある。けれどそれは……本当に、何もかもが足りなかったから。そう思ってがむしゃらに突き進んできた。

 そして今、政宗は……仙台に心強い仲間を残してこの場にいる。先程の孝高の言葉は、仙台にいる彼らのことまで愚弄したのだ。到底看過出来る発言ではない。

「孝高さん、それはちょっと……」

 慌てて一誠が彼を諌めるが、孝高は反論を探す政宗を見据えたまま、静かに現実を突きつけていった。

「……1人欠けただけで回らなくなるような組織は、そこまでということだ。そもそも東側の組織の人的補償は東で行うべきことでもあるし、彼女は元々こちら側(福岡)の『縁故』なのだから、福岡に戻る可能性を考慮して人を育てておくべきだろう。それをしてこなかったのは佐藤支局長、君の判断だ。若い組織であることは知っているが、それはこちらには関係ない」

「そう、ですね……確かにそれは、俺の落ち度です。ですが――!!」

「――お引取り願おう。ここに君たちが探している彼女はいないし、その理由を告げることも出来ない。それが、福岡の答えだ」

 強い口調でこう言った孝高は、立ち上がって事務所の中へと消えていった。

 彼の気配が遠ざかったことを確認した一誠が、疲れ切った表情で深く息を吐いた後……政宗と統治を見つめて、声を潜める。

「政宗君、名杙君……孝高さんがすまんな。ただ、山本ちゃんに関しては、俺たちも君たちに何も言えんったい」

 そう言って長く息を吐く一誠に、政宗は目を見開いて反論した。

「どうしてですか……どうして俺たちは、ケッカに会うことすら出来ないんですか!?」

 一誠の前では、支局長として取り繕うことが出来ない。激高する彼を、統治が慌てて諌めた。

「佐藤、落ち着け」

「おかしな話じゃないですか!! 彼女は福岡で報告をしたら仙台に戻ってくるはずだった、なのに……今は連絡すら取れないんですよ!? 俺は……俺たちはただ、彼女の顔を見て話をしたいだけなんです!!」

 統治を振り切って懇願する政宗に、一誠は困ったような表情で、扉の傍らに立っている瑠璃子を見た。そして、彼女が堅い表情で首を横に振り、一歩踏み出そうとしたことを確認した後……彼女を目線で制し、自分が悪役になることを決めて口を開く。

「今は何も許可出来ん。ここは『西日本良縁協会』の管轄やけんが……東の君たちに内部情報を漏らすわけにはいかんったい。悪いけど……理解してくれ」

「っ……!!」

 自分を真っ直ぐに見据えて言い切った一誠に、政宗は一度、唇を噛み締めた後……静かに頭を下げる。

 そして、統治と共に静かに荷物をまとめると……『福岡支局』を後にした。


 数分後、地下鉄の桜坂駅に続く階段前まで戻ってきた政宗は、階段の下り口で立ち止まり……隣を歩いていた統治へと頭を下げる。

「統治、悪い……最後まで冷静でいられないなんて、軽く見られてもしょうがないな」

「佐藤……」

 どこか自嘲気味に呟いた政宗に、統治が言葉を続けようとした次の瞬間、政宗は頭を数回振って思考を切り替えた。

 今は、福岡側の態度に悪態をついている場合ではない。

 明らかにおかしい、この違和感の原因を探っていかなければ……何も分からないままタイムリミットになってしまいそうだ。

「しかし、分からないんだよな。福岡はどうしてそこまでして、俺たちとケッカを引き離そうとするんだ……?」

 確かに自分たち(『仙台支局』)は、ユカに対して心身に負担がかかることを今まで以上に課していたかもしれない。ユカの度重なる体調不良に対して、福岡側が良い印象を持っていないことは承知している。


 しかし、それだけで……ここまで厳重に隔離されるものなのだろうか。

 隔離、この言葉がしっくりするほど、意図的に介入している何かを感じるのは、果たして政宗の考えすぎなのだろうか。


「もしも今回のことが、俺達の落ち度に原因があるのだとすれば……仙台の支局長である俺に対しても査問が入るだろうし、そうでなくても名杙に何かしらの苦情は入ると思うんだ。それが何もないってことは……」

 思案を巡らせた政宗は、そこまで言って言葉を区切った。

 その先を、口にしたくなかったから。


 東側へ情報が遮断されているということは……西側で、東側に知られたくない何かが起こっている可能性が高い。

 その中心にユカがいるのだとすれば……決して、楽観視出来る状況ではないだろうから。


 言葉に詰まった政宗に代わり、統治は腕時計で時間を確認した。

 時刻は間もなく、19時30分になろうとしていた。既に周囲は暗く、風も冷たくなってきたため……一度どこかで作戦を立て直す必要がある。

「佐藤、これからどう動く?」

「そうだな……」

 統治の言葉に、政宗はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと……軽く操作した後、顔を上げた。

 そして、地下鉄の駅へ続く階段を見下ろして、言葉を続ける。

「協力してくれそうな人が、俺達に会ってくれるそうだ。一度天神まで戻ろうぜ」

 福岡空港から博多駅までは地下鉄で近いんですよ……という話題はもういいですね。

 福岡市中心部には主な地下鉄が3路線走ってます。空港から福岡支局までは同じ路線ではないので、途中で乗り換えが必要になるのです。道路を走るバスのほうが複雑なので、自信がなかったら地下鉄を使うのが無難だと思います。


 あとは筑紫もち。「つくしもち」です。(https://www.josuian.jp/item/clist/st/tsukushimochi)

 実は人に買っていったことしかないんですよね……次に帰省したら自分用に買ってみようかな……。


 そして!! 孝高のイラストを狛原ひのさんが描いてくれましたー!! ドンドンパフパフ!!

 ご覧くださいこのクールな眼差しを。政宗をバッサリ切り捨てる容赦のなさがにじみ出ています。この冷静沈着な彼がいるから、福岡は今日も組織として成立しているんだと改めて思いました。ありがとうございます!!

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