エピソード6:一夜漬けの末路①
ユカと政宗がうどんとおにぎりを完食した17時過ぎ、統治が福岡支局に戻ってきた。
「佐藤、山本、具合はどうだ?」
その顔色も、態度も、朝から特に変化がないことを改めて実感したユカが、彼を見上げて目を丸くしつつ首肯する。
「統治……あたし達は回復したっちゃけど、統治自身は何ともなさそうやね……」
ユカが椅子に座ったまま彼を見上げると、統治はしたり顔で「そういうものだ」と受け流した。その次の瞬間……事務所の扉が再び開いたかと思えば、セレナが勢いよく飛び込んできたのだ。
「ユカ、ムネリン!!」
大きな声と共に2人へ駆け寄ってきたセレナは、立ったまま2人を交互に見つめて……目尻を下げて、口元をほころばせる。
「良かった……2人とも無事で、本当に良かった……!!」
「レナ……色々ありがとうね」
「ユカ、本当にお疲れ様。やっぱりユカ達は凄かね!!」
こう言って満面の笑みを浮かべるセレナに、ユカは気恥ずかしさ以上の喜びを感じて目を細めた。
自分たちの成功は決して、自分たちだけで掴み取ったものではない。
一誠や瑠璃子、麻里子、孝高、双葉、セレナ……誰かが欠けたら成功しなかったと、強く思えるから。
その様子を見ていた瑠璃子が、「はい、ちゅーもくー」と声をかけて4人の気を引いた。
「実は、双葉さんが18時過ぎの新幹線で小倉に帰るとよ。行ける人は博多駅までお見送りに行って欲しいっちゃけど……4人ともどげんするー?」
この言葉に、4人全員がそれぞれに首肯した。
時刻は間もなく、18時になろうかという頃。
連休中日ということもあってそれなりに混み合っている博多駅の筑紫口・新幹線改札口の前で、キャリーケースを持った双葉を見上げるユカは、改めて頭を下げた。
「双葉さん、今回は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、色々と勉強になりましたわ。佐藤さんとユカちゃんは、まだもうしばらく霊的に不安定な可能性もありますから……無理はなさらないでくださいね」
そう言って穏やかに微笑む双葉は、統治に視線を向けた。そして。
「名杙さんも……きっとこれから、更に色々と思うことがあると思いますの。私達の実家はそれぞれがとても特殊で……時にとても歪で排他的な面が強くなりますから」
その言葉には間違いなく、双葉自身がこれまでに感じてきた経験が混じっていた。強い意志で語る彼女は、統治を見つめたまま、こう、締めくくる。
「だからこそ、ご自身の意思を強く持ってください。それが、少しだけ先に生まれたウチからの忠告ですわ」
「……分かりました。ありがとうございます」
しっかりと頭を下げる統治に、双葉は少しだけ目を細めた後……その視線を彼の隣に立つ政宗へ向けた。そして、取り出したスマートフォンのケースから名刺を一枚取り出すと、おもむろに彼の前へ差し出す。
「佐藤さん、同じ支局長として、これから改めて宜しくお願いいたします。あと……仙台に戻った後で構いませんので、今回使われていた『遺痕』撮影技術のリースに関して、資料を見せていただければと考えているのですが……」
「え!? ほ、本当ですか?」
唐突な仕事の話に、名刺を受け取った政宗が思わず目を丸くする。双葉は「本当です」と笑顔で頷いた後、穏やかに言葉を続けた。
「あの技術力は流石に無視出来ませんわ。北九州は『縁故』でない人も籍をおいていますので、その方への補助ツールとしても満点です。是非、前向きにお話を進めさせていただきたいと考えておりますの」
「ありがとう……ございます……!!」
政宗は慌ててカバンの中から名刺入れを取り出すと、双葉へ向けてそれを手渡した。
受け取った双葉はそれを財布へ片付けつつ、全員を見つめ、改めて頭を下げる。
「お疲れ様でした。北九州へお越しの際は、ご連絡をお待ちしていますわね」
顔を上げた彼女に、顧客認定をした政宗が矢継ぎ早に言葉を返した。
「双葉さんもいつか是非、仙台まで遊びに来てくださいね。あ……双葉さんって酒は飲めますか? 北九州には環南さんもいらっしゃると伺っているので、もしよければ今度贈らせてください」
「人並みでよければ。東北は米どころですから、一度行ってみたいですわね」
こう言って穏やかに笑う双葉に、瑠璃子が苦笑いを浮かべた。
「双葉ちゃん、あんまり自分を大きく見せちゃいかんよー。酔うと絡み癖がすごいっちゃけんねー」
「る、瑠璃子さん!? 皆さんの前でそんなこと言わないでくださいっ……!!」
刹那、双葉が顔を真赤にして瑠璃子を見つめた。そして、きまりが悪そうに視線をそらした後……観念した様子で肩をすくめる。
「……瑠璃子さんには敵いませんわ。一誠さんや麻里子さん、孝高さんにも宜しくお伝えください」
「承りました。双葉ちゃんも気をつけてねー」
どこまでも余裕を貫く瑠璃子に、全員で笑みを交換した後……双葉はキャリーケースの持ち手を持ち直し、上着のポケットから切符を取り出した。
「それでは……失礼致します」
そう言って歩き出す双葉は、振り向かずに改札を抜ける。自動改札から切符を受け取って少し進んだところで立ち止まると、半分ほど振り向いて軽く手を振った。
そんな彼女が見えなくなるまで見送ったところで……ユカは改めて、自分の左手に視線を落とす。
そして、静かに瞬きをして――視える世界を切り替えた。
能力は今の所安定している。自分の左手から伸びる『関係縁』も、他の人の『関係縁』も、これまで通り目視することが出来るから。
「……」
その中の1本に生じている『異変』、それが変わっていないことに気付いたユカは……静かに息をつくと、もう一度まばたきをして世界の視え方を元に戻した。そして、隣に立つ政宗を見上げる。
「ケッカ?」
彼は恐らく、ユカの『異変』にはまだ気付いていない。けれど、時間の問題であるような気もするし……これが、彼に対する返事にも繋がるはずだ。
「あのさ、政宗……実は……」
だからまずは、2人きりで話す時間を――
「――さて、じゃあユカちゃん、試験は明日の午前中でよかね?」
「……へ? 試験……?」
刹那、瑠璃子が笑顔で言い放った言葉に、ユカは呆けた声で目を丸くした。
それが何なのかに気付いたセレナが「まだ終わっとらんかったと?」と驚いた声を出し、先日、屋台で概要を聞いていた政宗は「そうだった……!!」と顔をしかめてため息をつく。分かっていないのは、当の本人と統治だけだ。
「山本、試験とは何のことだ?」
「え、えっと……何やろう……正直、あたしもさっぱり……っていうか政宗、なしてそげな険しい顔になっとると?」
ユカの言葉に政宗は彼女へジト目を向けた後……仙台の責任者として、瑠璃子の言葉の意味を説明する。
「あのなぁケッカ、ケッカが福岡に帰ってきた本来の目的は、この半年間の経過報告だよな?」
「え? あ、うん、そうやね。それは終わったはずなんやけど……」
「終わってねぇんだよ!! お前、仙台で事務関係のミスが多すぎるってことで試験対応になったらしいじゃねぇか!! その試験に合格しないと仙台に帰れないんだってな!?」
「……あ。」
政宗の言葉に、ユカは改めて……自分の現状を思い出していた。
彼女が仙台に予定通り帰れなかったのは、母親の『遺痕』がいたからだけではない。
仙台でアルバイト以上に事務処理でミスをしていることが改めて発覚したことで、事務主幹の瑠璃子が待ったをかけていたのだ。
そして、ユカの事務能力のレベルを確認するために専用の試験を――『特級縁故』と同等レベルの試験を――受験してもらい、それに合格したら仙台に戻る許可がおりるはずだった。
その直後……貴子の『遺痕』がセレナを襲ったりして、すっかり忘れ去られてしまっていたけれど。
全てを思い出して顔色をなくすユカに、瑠璃子が笑顔で今後の予定を告げる。
「政宗君達は、明日の夕方の飛行機で帰るっちゃんねー。一応、ユカちゃんも同じ便で席はとっとるけど……明日の午前中に実施する試験に合格せんと次の試験は一ヶ月後になるけんが、一緒に仙台には帰れんとよ。その間は勿論欠勤扱いになるけんが……有給がなくなるやろうねー」
「そ、そんな……!! し、試験は何時からですか!?」
「朝の9時30分集合、10時開始やね。試験時間は60分、解答用紙はマークシートで、採点は機械ですぐに出来るけんが、その場で結果が分かるようになっとるよー」
「マークシート……だ、だったらまだ――!!」
最悪、ヤマカンでも何とかなる。そう思ったユカに、政宗の悲痛なツッコミが襲いかかった。
「選択肢は基本的に8択、合格ラインは8割の試験だぞ!! 勘だけで突破出来るわけないだろうが!!」
「は、はちわり!? 無理無理無理!! そげな結果出せるわけないやんね!!」
政宗の言葉にユカが盛大に絶望する。統治はそんな2人を見守りつつ、周囲の迷惑になっているのではないかと気が気でない。そんな彼女達を見ていた瑠璃子は……「全部分かってます」と言わんばかりの笑顔で、絶望する若者へこんな提案をするのだ。
「福岡支局はもう施錠せんといかんけんが……私達の家のリビングでよければ、テスト勉強に使ってよかよー」
「え?」
これまた唐突な提案に、ユカを含む4人がそれぞれに目を丸くした。提案をした張本人の瑠璃子は、腕時計で時間を確認した後……笑顔を保って言葉を続ける。
「折角やけん、今日もみんなでご飯とか食べたいけんねー。名杙君やセレナちゃんが手伝ってくれるなら、用意もそげん手間じゃないやろうし……」
瑠璃子はここで言葉を切ると、政宗をチラ見した後……1人で頷いて口を開いた。
「これから政宗君と2人きりで勉強してもらうよりも、ずっと健全やけんねー」
「ちょっと瑠璃子さん!? サラッと何言ってるんですか!!」
「と、いうわけやけど……みんな、どげんするー?」
博多駅の一角で、瑠璃子が笑顔で全員の意思を問いかけて。
当然のように、4人全員がそれぞれに首肯した。




