エピソード5.5:一方その頃、仙台では②
時は遡り……金曜日、時刻は間もなく18時になろうかという頃。
宮城県仙台市、中心部を縦に貫いている商店街を歩く4人は、信号待ちをしながら周囲に気を配っていた。
その中の一人・名杙心愛は、ツインテールを少し不安げに揺らしながら、オズオズと目線を上に向ける。
「ぶ、分町ママ……この先なんですか?」
この問いかけに、分町ママは持っていたビールジョッキを適当に傾けながら相槌を打った。
「そうなのよ。商店街を抜けた先にあるところで飽きもせずに……縄張り争いかしらねぇ」
「まるで犬や猫みたいっすね」
心愛の右隣にいる名倉里穂が、あっけらかんとした口調でそう言った。特にボリュームを絞らずに口に出したため、周囲からは彼女が独り言を言っているように見える。心愛が慌ててフォローしようとした次の瞬間、里穂の隣に立っている男性――伊達聖人が、笑顔で更に言葉を続けた。
「犬といえば……福岡の一誠さんだね。政宗君達、元気かなー?」
「伊達先生、そのネタを本編まで引きずるのはやめてあげて欲しいっすよー」
「そう? 折角の個性だと思ったんだけどね」
彼は悪びれる様子もなく、この場に居ない人物の印象を操作しいていく。そんな聖人の反対側……心愛の左側に立っている森環は、信号が変わったことを確認してスタスタと歩き始める始末だ。
「あ、ちょっ……森君!! 勝手に進まないでよね!!」
心愛は慌てて後を追いかけながら……この臨時ミッションが本当に成功するのか、不安ばかりが膨らんでいく。
ことの発端は、今から20分ほど前のこと。突発的な事案で責任者が不在状態の『仙台支局』に、これまた突発的な事案が飛び込んできたのだ。
「――誰か、誰か聞こえるかしら? 里穂ちゃん、どう?」
「むむっ?」
事務所内で宿題をしていた里穂が、視えない声に真っ先に反応して顔をあげる。そして、まばたきをして視界を切り替えた後……頭上に浮いている彼女――分町ママの存在に気づき、首を傾げた。
「分町ママ、どうしたっすか?」
「ちょっと……困ったことが終わってないのよ。『縁切り』が出来る人、肴町公園まで行ってくれないかしら」
「さ、さかな、まち……?」
里穂は石巻で生まれ育ったため、仙台の中心部の地理にそこまで明るくない。スマートフォンで場所を調べる里穂の様子で緊急事態を察知した柳井仁義は、静かに立ち上がって事務所の奥へと引っ込んだ。
「りっぴー、分町ママ、どうしたの?」
「あ、ココちゃん。肴町公園って分かるっすか?」
「えぇっ!? 心愛にそんなこと聞かれても……さ、さかな……海の近くなのかしら……」
その場に居合わせた心愛が困り顔で首を傾げていると、仁義が奥から茂庭万吏と支倉瑞希を連れてきた。政宗と統治、そしてユカが不在の今、この場の責任者は万吏が務めている。
「里穂、何かあったのか?」
「あ、万ちゃん。肴町公園って分かるっすか?」
「肴町……確か、アーケードを抜けた先だったような……ミズ、知ってるか?」
瑞希は以前の仕事の関係で、仙台の中心部をよく歩いていた。その経験から、中心部の地理にはこの中で一番明るいだろう。
「えぇっと……た、確か、マーブルロードを抜けた先にある小さな公園で、自由に読める絵本が置いてあるはずだけどっ……!!」
「自由に読める絵本……公園で面白そうなことやってるんだな。マーブルロードの先なら大して遠くもなさそうだけど、それが?」
「んーっと……分町ママー、そこで何が起こってるっすかー?」
里穂が虚空に漂う分著ママへ問いかけると、彼女は足を組み替えてビールジョッキを傾けつつ、どこか呆れた顔で詳細を告げた。
「公園の一角で、ずっと喧嘩してるみたいな小学生の二人組がいるのよ。そのうち1人が特にヒートアップしていて、このままだと『遺痕』化する危険性も否定出来ないかしら……誰か対応してくれないかしら」
「ずっと、って……どれくらいっすか?」
「1週間くらいかしらねぇ」
「長いっす!! 1週間は長いっす!!」
里穂のツッコミに、分町ママも「そうよねぇ」と納得しつつ、少し困った表情で左手を頬に添える。。
「丁度みんながバタバタしている時期で、まだ『痕』の段階だから放っておいたんだけど……流石に長過ぎるのよねぇ。私や他の『痕』が諌めても話を聞いてくれなくなってきたし、あの公園は人の出入りも多いから、今のうちに対応した方がいいと思ったのよ」
「承知したっす。名前とか分かるっすか?」
「そうねぇ……聞いた気がするけれど、何だったかしら。多分、こちらから聞けば答えてくれるわよ」
「分かったっす。子どもが2人っすね」
分町ママからこれ以上の情報を引き出せないことを悟った里穂は、百聞は一見にしかずと立ち上がって万吏を見やる。
「えっと……万ちゃん支局長、私、ちょっと『縁切り』に行ってくるっす!!」
「了解。って……子ども2人って言ってたけど、里穂一人で大丈夫なのか? 確か、『縁切り』は一人1本が原則だったような……仁義もついていくの?」
万吏の問いかけに、仁義は「そうですね」と頷きかけたが……里穂からの視線に気付き、静かに意見を切り替えた。
「僕が行きたいのは山々なんですけど……一応謹慎中の身なので。政宗さん達がいない今は、可能な限りバックアップ要員でいたいところではありますね……」
「マジかよ。じゃあ……名杙心愛ちゃん、どう?」
「えっ!?」
刹那、本人としても意外だったのか、心愛が分かりやすく驚いた声を出す。
普段であれば……この場に統治がいたら、まだ未熟な自分を指名することなどなかっただろうから。
「一応、俺の中では頭数に入ってたんだけど……やっぱ厳しい?」
こう言って意思確認をする万吏に、心愛は何度も首を横に振る。
仁義が動けない今、次に経験があるのは心愛だ。この場所を守ると決めた以上、出来ることは精一杯頑張りたいから。
「そ、そんなことないですっ!! 心愛、行きます!!」
「よし決まり。じゃあ、森君もついて行ったらいいんじゃね? 研修中なんだよね?」
「……うす」
環がコクリと頷いたところで、事務所の衝立の向こうから伊達聖人が顔を出した。
「じゃあ、伊達先生が引率の先生になるからね」
「え? 私達だけで行けるっすよ。むしろ邪魔っす」
「しくしく……」
ヨヨヨ、と、顔を覆って嘘泣きをする聖人に、万吏はジト目を向けつつ……歯に衣着せぬ里穂に苦笑いを向けた。
「里穂、そうはっきり言うもんじゃないって。伊達ちゃんも連絡係くらいなら出来るはずっしょ?」
「えー? そうっすかねー?」
「伊達ちゃん、どんだけ信用ないのよ……」
万吏が哀れみの眼差しを向けた後、外に出る用意を始めた里穂へ向けて、支局長代理として指示を出す。
「とりあえず、大人が居たほうがこっちも安心出来るから。伊達ちゃんが仁義より信用ないのは俺もちゃんと分かってるけどさ、ここは里穂が大人になろうぜ」
「分かったっすよー。伊達先生、宜しくお願いしますっすー……」
「うーん、伊達先生……ちょっと、ショック……」
聖人が何とも言えない面持ちで佇んでいる間、里穂は慣れた様子でテキパキと仕事道具を用意していく。
そんな彼女を横目に見ながら、心愛もまた、仕事道具のペーパーナイフの所在を確認して……一人、唇を噛みしめていた。
問題の肴町公園までは、仙台支局から商店街を真っ直ぐ通り抜けた先にある。
住宅街の中にあるコンパクトな公園には、ブランコや太鼓橋といった遊具と、大人の腰の高さ程度の位置に設置された、家型のボックスがある。この中に様々な絵本が入っており、利用者が一定の期間、無料で借りることが出来るのだ。
春は桜が咲くので、お花見スポットとしても人気の公園には……この時間も、子どもが楽しそうに遊んでいた。
一足先に敷地内へ足を踏み入れた里穂は、まばたきをして視界を切り替えた。そして、頭上を漂う分町ママを見上げる。
「分町ママ、どの辺っすかー?」
「あっちの倉庫の方にいるわ。ちょっと名前までは覚えていないけれど……男の子が2人よ」
「了解っす。さて……」
里穂は分町ママの視線の先にある倉庫を見やり、次に、自分の隣で真顔になっている心愛を見下ろした。
「ココちゃん、段取りを確認してもいいっすか?」
「へっ!? あ、う、うんっ!! 大丈夫っ!!」
表情にありありと緊張が見える心愛が、里穂の言葉に首を何度も縦に動かして打ち合わせを始めた。その様子を見ていた環が、隣で佇んでいる聖人を見上げ、問いかける。
「……伊達さんは、何もしないんすか?」
「んー、自分は周囲を気にしつつ、カメラマンかな」
聖人はそう言いながら、ロングコートのポケットから自身のスマートフォンを取り出すと、カメラを起動した。
「伊達先生特製カメラを使うと、なんと、普段は目に見えない幽霊だって――」
「――撮影出来るんすよね。知ってるんで言わなくて大丈夫っすよ」
「しくしく……」
環からバッサリと斬り捨てられた聖人は、苦笑いを浮かべながら画面越しに世界を見据える。
視線の先にある倉庫、その手前で……諍いが勃発しているのが、はっきりと映し出されていた。
「――こんにちはーっす」
里穂は普段よりも声のボリュームを少し抑えつつ、そこにいた少年2人に声をかけた。
次の瞬間、彼らが一斉に里穂の方を見る。2人とも身長は里穂より30センチほど小さい130センチ程度で、年齢は小学校中学年といったところだろうか。1人は汚れたTシャツと破れたズボンを着用し、足元は靴下のみだった。もう1人は半袖のポロシャツに迷彩柄のズボンを着用しており、小綺麗な格好。足元のみ、少し色あせてくたびれた靴を、かかとを踏んだ状態で履いていた。
事故にでもあって足がやられたのだろうか……心愛が思案していると、里穂が率先して話しかけていく。
「えっと……私は名倉里穂っす。んでこっちが――」
里穂や心愛の場合は、先に名乗ることで相手に対して霊的に優位になれる。里穂が心愛を紹介しようとした次の瞬間、汚れたTシャツを着ている少年が目を見開いて食って掛かる。
「邪魔すんじゃねぇよブス!! あっち行ってろ!!」
「おぉっと……これは、マジモンの過激派っすねぇ……」
里穂は顔を引きつらせながら一歩引きつつ、隣で彼らの雰囲気に飲み込まれかけている心愛の肩を叩いた。そして、「まずは名乗るっすよ」と彼女に次の行動を促す。
しかし、彼女の周囲にはいないような攻撃的な姿に、思わず萎縮してしまい……。
「こっ、心愛は、その……な……」
震える声では、相手に何も届かない。案の定、威圧的な少年は心愛を睨むと、冷たい瞳で吐き捨てた。
「何言ってるか聞こえねぇよババァ!! 邪魔すんじゃねぇって言ってんだろ!?」
「っ……!!」
初対面で向けられる明確な敵意。耐性がない心愛にはちょっと厳しい現場となった。
隣りにいる里穂がどうするかと思案していると……数歩後ろに下がっていた環が、スマートフォンを持ってマイペースに近づいてくる。そして、こちらを睨みつける少年2人をパシャリと1枚写真に収めると、心愛の方を見て……。
「……名杙、ビビってるなら下がれば?」
「っ!?」
そう言われた瞬間、心愛の眦が急に角度をつけて持ち上がった。彼女はそのまま少年2人の方へ向き直り、両手を腰に当てて言い返す。
「名杙心愛!! これで聞こえるでしょう!? 心愛は出来るんだからそっちで黙って見てなさいよねっ!! っていうか誰かババァよ誰がっ!!」
「こ、ココちゃんちょっと落ち着いて欲しいっすよ……!!」
珍しく里穂が焦り、心愛をまぁまぁと諌めた後……表情を変えずに写真をもう1枚撮影している環を見た。そして、彼より後ろでニコニコしている聖人に気付き、どうせ彼の差し金だろうとため息をつく。
そして、我に返った心愛へ笑顔を向けた後、改めて少年と向き合った。
「と、いうわけっすよ。2人のことも名前で呼びたいので、2人の名前も教えて欲しいっす」
「はぁ? 教えるわけねぇだろブス!!」
先ほどと同じテンションで拒絶され、里穂は露骨に顔をしかめる。
「むむむ……分町ママ、話が違うっすよー」
「あら、おかしいわねぇ」
「うわぁっ!?」
刹那、宙に浮いている分町ママの存在に気付いた少年2人は、思わず目を見開いて後ずさりをした。特に汚れたTシャツを着ている少年は体を小刻みに震わせて……小さな指で分町ママを指差す。
「幽霊ババァだ!!」
「自分のことを棚に上げてよく言うわねぇ……」
分町ママは苦笑いを浮かべた後、足を組み替えると……少年たちを見下ろし、少しだけ声を低くする。
そして、目の奥が笑っていない笑顔と共に、ちょっと大人気なく彼らを牽制するのっだ。
「君たち、そこのお姉さんにちゃーんと名乗らないと……おばちゃんが取り憑いちゃうわよぉ~」
「やっ、矢嶋昌平!! こいつは戸塚歩夢!!」
分町ママの堂に入った脅し(?)に、汚れたTシャツの少年――昌平は、顔を引きつらせながら相手の名前まで差し出した。先程から喋らないもう1人――歩は、チラリと分町ママと里穂達を一瞥した後……冷たい声で吐き捨てる。
「……邪魔だな……」
里穂はその声と視線に口元を引き締めると、心愛の肩をトントンと叩いて……。
「ココちゃん……ちょっといいっすか?」
そう言って耳打ちした里穂の言葉に、心愛は顔を強張らせつつ……強い意思で、一度だけ頷いた。
分町ママが主に昌平を牽制している間に作戦会議を終えた里穂と心愛は、改めて前に出ると、それぞれに2人を見下ろした。
心愛は頑張って昌平と目を合わせようとしているが……彼の高圧的な態度に怯え、どうしても萎縮してしまう。
「り、リッピー……心愛、やっぱり戸塚君の方がいいんだけど……矢嶋君、怖すぎるっていうか……!!」
刹那、昌平がギロリと心愛を睨んだ。歩夢も、彼女を値踏みするようにじっと見つめていて……思わず、一歩後ろに下がる。そんな心愛を守るように、分町ママがさり気なく間に割って入っていた。
里穂はそんな彼女に苦笑いを浮かべつつ……呼吸を整えると、とりあえず昌平に事の詳細を尋ねてみることにする。
「昌平君は、どうして歩夢君と喧嘩してるっすか? っていうか、2人とも何歳っすか?」
「だって歩夢が、俺の読みたい本を毎日取るんだ!! それ以外にも……コイツ、人の嫌がることばーっかりするんだぜ!!」
「なるほどー……歩夢君、なんでそんなことするっすか?」
里穂が視線を歩夢に向けると、ここで初めて、彼は昌平の言葉を明確に否定した。
「……俺は、そんなことしてません」
その態度に不審な様子は見られない。どちらかというと昌平が言いがかりをつけているようにも見えてしまうため……里穂は視線を再び昌平へ戻すと、歩夢を指差して首をかしげる。
「って、言ってるっすよ?」
「マジで嘘ばっかりなんだよコイツ!! でも、俺がそう言っても……誰も信じてくれなくて……!!」
昌平はそう言って、悔しそうに唇を噛み締めた。里穂は静かに2人を観察した後……歩夢の足元を見つめ、静かに問いかける。
「……その靴、歩夢君のものじゃなくて、昌平君のものなんじゃないっすか?」
「――っ!?」
里穂の指摘に、歩夢の眉がビクリと動いた。そして、昌平が改めて歩夢の足元を見た瞬間――何かを思い出したように目を見開き、その場に崩れ落ちる。
「それ……俺の……だよ、な……なんで、なんでお前が履いてるんだよ!! それは母ちゃんが俺のために買ってくれたもので、でも、確か学校でなくなって、それで……!!」
「……」
「そ、れで……あれ? 俺、どうして……どう、して……」
困惑する昌平から目をそらし、歩夢は口を閉ざす。ただそれが、里穂にとっては十分すぎる肯定になった。
「人のものは盗っちゃダメっすよ、歩夢君。お父さんやお母さんに習わなかったっすか?」
里穂の問いかけに、歩夢は表情も口調も変えずに返答する。
「……知りません。俺に指図出来る人間は、いませんから」
「なるほど……これはこじらせてるっすね」
里穂は頷きつつ、制服のポケットからものさしを取り出すと、それを右手に握りしめた。
彼の手に残っている『関係縁』は1本。それが繋がっている先は分からないが、色が黒ずんでいて……見た目にもあまり良好な関係とは思えない。
切るなら一気に――そう思って里穂が更に踏み込んだ瞬間、歩夢もまた里穂の方へ向き直ると、強い憎しみと共に彼女を睨みつけた。
これまでに見せていた彼とは違う、明らかな敵意。その雰囲気に思わず昌平も動きを止める。
そして――歩夢は斜めに大きく一歩踏み出した後、気持ちを整えていた心愛に向けて、彼女の何かを掴もうと荒々しく手を伸ばした。
「――っ!?」
ここでようやく、自分が襲われそうになっていることに気付いた心愛が、体を強張らせて動きを止める。
そして……冷静な表情で前方へと手を伸ばすと、何かを掴んだ手を自分の方へ引き寄せた。
そして――掴み取った歩夢の『関係縁』を、しっかりと『切る』。
迷いなく、恐れることもなく――ただ、冷静に。
その瞬間、歩夢の表情が驚きに満ちて……すぐに、二度と見えなくなった。
「あ……あ、ゆむ……!?」
目の前で心愛の『仕事』を見せられた昌平が、驚いたような眼差しで心愛を見つめる。
心愛はそんな彼を横目で一瞥した後、どこか申し訳無さそうな表情で声をかけた。
「その……大切な靴、返せなくって……ごめんなさい」
「え……」
昌平の口から漏れた声が、彼の最期の言葉。
彼の背後に回り込んでいた里穂が、残っていた『関係縁』を掴むと、そのまま断ち切って……公園の片隅で人知れず起こっていた騒動は、ひっそりと終息した。
「2人ともお疲れ様でした。いやぁ……伊達先生もビッくらポンだよ。いつの間にあんな作戦会議してたのかな?」
全てをスマートフォン越しに見守っていた聖人が、いつも通りの笑顔で2人に近づいていく。里穂は周囲に彼らの気配が残っていないか確認しながら、隣に立つ心愛と、斜め上にいる分町ママに、それぞれ笑顔を向けた。
「分町ママがいい感じの目くらましになってくれたっすよー。それに、ああいうタイプは静かな方がヤバいって決まってるっす。案の定、歩夢君は全部……ちぐはぐだった気がしてたっすよ」
静かな佇まいの裏に潜む策略の真相は、歪になった深層心理。彼らの場合……昌平の服はボロボロで靴も履いていなかったけれど、歩夢の場合は靴だけがくたびれていたし、かかとを踏んでいたことから、サイズも合っていなかった可能性が高い。
この靴に関して……いや、それ以外にも生前の2人の間にはトラブルがあって、それらが全て、昌平の短期的な態度が原因だとされていたのであれば……彼が死後も彼に突っかかっていた理由も理解出来る。
里穂が触れた昌平の『関係縁』は、彼の母親と繋がっていることを朧げに察知出来た。あの靴が鍵になって、彼は歩夢を見つけ出すことが出来た可能性が考えられる。
どうして2人の命が失われたのか、2人に一体何があったのか……詳しいことは全て、責任者が戻ってきてからでないと分からないけれど。
ただ……あまり深入りすると自分たちのメンタルを削られそうな、そんな、漠然とした嫌な予感を感じる。
里穂はものさしを片付けながら、先程まで彼らが争っていた一角を見つめ……目を細めた。
「友達なら仲良くすればいいし、友達じゃないなら……離れていれば良かったっすよね」
「リッピー……」
心愛がどこか心配そうな口調で彼女を呼ぶと、里穂は心愛に笑顔を向けて「それよりも!!」と話題をそらす。
「ココちゃんも随分慣れてきたっすね。スパッと切っててカッコよかったっすよ!!」
「あ、ありがとう……最初はちょっと、怖かったけど……」
心愛はどこか気恥ずかしそうに俯くと、その眼差しに強い光を宿して……自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
「心愛が怖がったら、もっと怖い思いをする人が出てきちゃうかもしれない。今日は隣にリッピーもいてくれたから、いつもよりも頑張れた気がするの。それに……」
自分が持っているペーパーナイフは、統治が使っているものと同じだ。使い方を教えてくれた時のことは、まだはっきりと覚えている。
今、ここに統治はいない。だからこそ……彼の姿を思い出して、教えてもらったことを着実に実行していきたいと強く思った。
「折角のチャンスだから、心愛も1人でも出来るってところを証明していかないと……お兄様がまた、自分のこと我慢しちゃうから」
「ココちゃん……」
里穂の声に心愛は我に返ると、ペーパーナイフを片付けて腕を組み、ツインテールを揺らしながら盛大に視線をそらした。
「……お、お兄様には絶対言わないでよね!! 言ったら、いくらリッピーでも許さないんだからね!!」
「分かってるっすよ。もっともっと成長して、うち兄や政さん……ケッカさんを驚かせるっす!!」
「……うんっ!!」
こう言って頷く心愛に、里穂もまた、満足そうな笑顔を向けている。
そんな女子を見ていた聖人は、自分の隣で特に動かない環へと視線を向けた。
「森君は……さっきの昌平君と歩夢君、どんな関係だと思ったかな?」
「関係、っすか……」
環はしばし思案すると、先程まで彼らがいた場所を見つめて……しみじみと呟いた。
「……いじめを信じてもらえなかった被害者と、折れない相手に苛立ってた加害者……って、感じっすかね。めっちゃ相性悪いっすよ」
「なるほどねぇ……まぁ、概ねそんなところだろうねぇ……」
聖人は環の言葉を曖昧に受け止めた後、スマートフォンの画面を消して、里穂と心愛の方へ近づいていく。
自分たちの仕事はここまで。以降の後始末は――戻ってきた彼らに任せるべきだ。
「2人とも、そろそろ戻ろうか。あまり残業すると、帰ってきた政宗君が泣いちゃうからね」
その声掛けに2人はそれぞれ首肯すると、行きと変わらない足取りで……暗くなり始めた公園を後にしたのだった。
肴町公園は、こんなところです。(https://matipura.com/gout/13287/)
公園の中に絵本システム、ちょっと珍しいですよね。街の中にある馴染みの公園、という印象です。霧原もいつか行ってみなければ……!!(行ってから書けよ)
そして実は、心愛が本編で縁切りをしたのは……多分、第2幕終盤以来だと思うのです!! 久しぶりすぎますなびっくりだ!!
あれからの数ヶ月で、彼女なりに成長していたと思ってこんな展開にしましたが……もうちょっと補足してあげないとだめっすね。誕生日外伝などでフォローしていきたいっす……!!




