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エピソード5:そして真実は闇の中に①

 背後から強く感じる、禍々しい気配。

 振り向いて確認したくなる衝動を忘れるため、ユカは必死に足を前へと動かした。

 手を引いて自分を先導してくれる政宗は、前だけを見て走り続けているから。

 ユカ達がいる地点から統治達がいるポイントまでは200メートルほど先、浮島のほぼ中央部にある。『遺痕』の状況を考えると、なるだけ人が居ない、人々の生活から離れた場所に隔離して処理をした方が良いということで設定されたポイントなのだが……この距離が、今はとても恨めしい。

 ただ、恨み言に費やす時間も体力もない。今はただ、ゴールを目指して足を進めるだけ。

 先を行く政宗の背中しか見えないのがもどかしいけれど、でも、きっとすぐに……その隣に、並び立ってみせる。

「っ……!! あぁっもう!! あたしはあまおうパフェと牛タンが食べたかと!!」

 ユカは歯を食いしばって己の願望を口に出すと、足に力を入れて彼の隣に並んだ。それに気付いた政宗が彼女をチラリと見下ろした後……口元に笑みを浮かべる。

「――仙台牛」

「へっ?」

 端的に呟いた彼を見上げると、政宗は前を見つめたまま息を切らせて……力強く言葉を続けた。

「祭りの露店で、買ったことはあるけどっ……ケッカ、ちゃんとは、食べたことないだろ? あれは、異次元の旨さだからなっ……あとは……ひがしもの!!」

「ひが……ひがっ……し?」

「塩釜港で水揚げされて、厳しい基準をっ……満たした、最高級のマグロだ。マジで、口の中で溶けて消えるぞ……っ!!」

「ま、マグロ……!!」

 想像しただけで、口の中に唾が溜まった。そんな彼女の反応を見た政宗は、満足そうな表情で視線を前に向ける。

「まだ、ケッカに食べて欲しいもの、見て欲しいものが……宮城には、たくさんあるんだよ。俺も、俺だってもっと福岡を楽しんで帰りたい。っつーか酒飲みたい!! だから……」

 政宗は呼吸を整えながら、彼女の手を更に強く握った。そして、その先を見据え――より速く、足を動かす。

「だから……この件を片付けて、午後から宴会だ!! 今日は絶対にっ……最後まで、付き合ってもらうからなっ!!」

「……最後までは、今回だけやけんねっ!!」

 ユカはそう言って地面を蹴ると、政宗よりも体を前に出した。

 そして……目前に迫った目的地を見据え、口元を引き締める。

 全てを終わらせる、その覚悟を共に背負って。


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 一誠と瑠璃子は、『鷹さん』からの情報を元に……福岡市南区にいた。

 市内を一望できる油山と都市高速道路に挟まれた位置にある、閑静な住宅街の一角。『売地』という看板が立っている土地の前で車を停めた瑠璃子は、助手席から我先に降りていく一誠の背中を見つめながら、静かにエンジンを切った。

 そして、瞬きをして世界を切り替えた後――近くにいる『彼』の気配を感じ、口元を引き締める。

「……こっちが正解やったっちゃね」

 独り言と共に運転席の扉を開き、ショルダーバッグと共に車外へ。連休中日の日曜日ということもあって、周囲には特に目立つ人影はない。

 ただし――人でないものの気配は、外に出た瞬間、一層強くなった。


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「はぁっ……!!」

 橋のたもと付近から200メートルほど全力疾走して、浮島の中央部まで走る。統治と打ち合わせをしていた東屋に到着したユカは、繋いだ手を振りほどき、四隅にある東屋の柱に両手をついて呼吸を整えた。

 心臓が今年一番の高速で脈打ち、酸素が足りず、頭に痺れたような感覚もある。本当は近くのベンチに座ってゆっくり休みたいけれど……後ろから近づいてくるその気配は、そんな暇を与えてはくれないだろう。

「ケッカ、大丈夫か……?」

「な、なんとか……もっと体力つけんと、いかんね……」

 政宗に何とか言葉を返したユカは、ポケットからスマートフォンを取り出して自分の眼前に掲げ、電源を入れた。

 刹那――画面越しに見えるのは、遠くから近づいてくる真っ黒な影。心臓が一度だけビクリと跳ね上がったけれど、先程のようにこれ以上取り乱すことはなく、頭はとても冷静になっていた。


 残されている『関係縁』は2本。まだ、一誠と瑠璃子は父親との縁切りに成功していないらしい。

 仮に一誠達が遅くなる場合は、政宗が父親と母親の『関係縁』を切らなければならないが……これ以上彼女が激高すると、更に対応が難しくなってしまう。


「山本、佐藤、無事か?」

「とう、じっ……まだ生きとるよ。そっちはどげん?」

「用意出来ている。山本は母親との『関係縁』を見つけてくれ」

 統治はそう言ってユカの持っていたスマートフォンを取った。そして、彼女が両手を広げて『関係縁』を探す際、『縁』が視えるよう、顔と手の間にそれを差し込んでフォローする。

「あ、りがとっ……うわぁ、一目瞭然やった……」

 ユカはスマートフォン越しに視えた光景に苦笑いを浮かべながら、右手の人差指から伸びているどす黒い『関係縁』に狙いを定め……そっと、左手を伸ばす。

 その様子を見た統治は、驚きで軽く目を見開いた。

「スマートフォンは……『(まじな)い』の効果に左右されないんだな……」

「え……?」

「この空間には、既に俺と名雲さんで術式を施している。普通の『縁故』は縁が見えないはずなんだ」


 ――そうなると、『遺痕』の『関係縁』が視えなくなるのでは? それでは『縁』を切ることに支障をきたしますわよ?


 昨日、双葉に指摘された懸念事項。

 それは、この『呪い』が施された空間に入ることで、『縁故』としても『縁』が視えなくなってしまうのでは……ということだった。

 術式を施している統治や双葉は問題ないが、今回『縁切り』をするのは中途覚醒の2名。潜在的な差はどうしようもないので、この空間内では2人の力に負けて、『縁』が視えなくなってしまう……統治も内心、そう思っていたけれど。

 スマートフォンという道具(ツール)を介することで、『関係縁』などをはっきり目視することが出来る。

 これは……正直、予想以上の成果だ。


 関心している統治を横目に、ユカは呼吸を整えると……画面越しに、自身の右手を見下ろして。

「細かいこと、よう分からんけど……これやねっ……!!」

 虚空に漂っているそれを意識して掴んだ次の瞬間――こみ上げてきた吐き気に、歯を食いしばった。

 これまでのような、明確に『縁』を掴んでいる感覚はまだない。湿気の多い靄を掴んでいるような、そんな感覚だ。

 吐き気と同時に感じたのは、目の奥に感じる鈍痛。今はまださほど気にならないけれど、この状況が続けば……また、どうなるか分からない。

 だから――早く、決着をつけなければ。

「山本、どうだ?」

「な、なんか、モヤを掴んどるような感覚、かな。ゴメン統治、悪いけど……」

「ああ。この『関係縁』は、俺が『依代』に繋いでおく」

 統治はそう言いながらユカにスマートフォンを返すと、右手で彼女と母親が繋がっている『関係縁』を掴んだ。刹那、ユカが目を見開き、足元がおぼつかなくなる。

「山本!?」

 慌てて駆け寄ろうとする統治を、ユカは首を振って制した。

 統治が『関係縁』を掴んだことで、右手に電流のような痺れを感じる。ただ、この感覚があるからこそ……自分はちゃんと目的のものを握っていると、確信することが出来た。

「だ、大丈夫……名杙直系の影響力は、10年前に散々思い知っとるけんね……同じ手段で二度も倒れてられんとよ!!」

 ユカがそう言って顔を上げた瞬間、東屋の脇に立っていた双葉が一点を見据えて……表情を引き締めた。

「間もなく彼女が圏内に入りますわ。ご用意を」


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 一誠と瑠璃子は、空き地になっている土地の前に立つと、同じ方向を見つめて頷き合う。

「私が連絡しておくけんが、一誠は先に行っとってー」

「分かった」

 一誠の返事を受けて、瑠璃子はスマートフォンに保存してある連絡先へと電話をかけ始める。

 今の御時世、勝手に他人の土地へ入れば不法侵入だ。個人の敷地内ならば相手と直接話をしなければならないが、このような空き地の場合は、まず、福岡の不動産業を取りまとめている組合に連絡をして麻里子と福岡支局の名前を出し、責任者へ繋いでもらう。その上で、事案が発生したこと、どこが管理している土地に足を踏み入れるのか、その件に関する報告をいつまでに上げるのか……などを簡易的に報告しておき、後から正式に書類を出すことになっているのだ。

 このような仕組みを整えられたのも、麻里子や孝高による接待が大きな役割を果たしている。地道に実績を積み重ねつつ相手の懐に入り込み、互いが損をしないルールを整備する。それが、彼女のやり方でもある。

「あ、お世話になっております。私、西日本良縁協会福岡支局の……」

 瑠璃子の声を背中に聞きながら、一誠は奥の方へと足を進めて……膝丈ほどの雑草が揺れる一角で立ち止まると、視線を下に向ける。

 周囲には住宅が立ち並んでいるのに、この場所だけポッカリと空いており、どこか寂しい雰囲気。駐車場にでもすればいいのにと思うが、そういった有効活用をされることもなく……伸びる草の高さが、人の手を離れてからの時間の経過を感じさせた。

 そんな、夏を超えて生い茂る草に隠れるような状態で座り込んでいたのは……背中を丸めた、50代くらいの男性。

 俯いているので顔は見えないが、白髪交じりの短髪に、血だらけの白いワイシャツ。何かを呟いているような気もするが、不明瞭な音を正確に聞き取ることは出来ない。

 一誠は呼吸を整え、『関係縁』の位置を確認した後……ショルダーバッグからスマートフォンを取り出すと、その場の写真を1枚撮影した。

 そしてスマートフォンをかばんの中に片付けつつ……別のものを取り出して、低い声で彼の名を呼ぶ。


「――緒方真悟さん、ですね」


 名前を呼ばれた彼が顔を上げるのと、一誠が右手にハサミを持ったのは同時だった。

 一誠は自分を見上げた彼と一瞬だけ視線を交錯させた後、彼が半開きの口でおぼろげに頷いたことを確認して……彼の左手から伸びている、どす黒い『関係縁』を掴んだ。

「っ……!!」

 掴んだその手に強烈な痺れを感じたが、そんなことは気にしていられない。離さないという強い意思で握りしめ、狙いを定める。


 彼女たちがこれまで経験してきたものに比べたら――この程度の痛み、どうってことないじゃないか。


 息を吐き、ハサミの刃の間に『関係縁』を入れる。

 切るならば一瞬で。相手が抵抗出来ないように。相手がこれ以上――この世に、未練を残さないように。



 一誠がハサミで『関係縁』を切った、次の瞬間――彼の思考の一端を垣間見た、そんな気がした。



「―― 一誠!!」

 瑠璃子が電話を終えて彼に駆け寄った時、彼の仕事は既に終わっていた。

 一誠はハサミを片付けつつ、どこか青白い顔で首を縦に動かす。

「終わったぞ……これで、1本は消えた」

「そうみたいやね……なんか、呆気ないけど」

 瑠璃子はそう言いながら、周囲をぐるりと見渡す。『痕』の気配はもうどこにもなく、澄んだ秋の空気が頬を撫でて消えるだけ。

 瑠璃子の隣に立つ一誠は、そんな彼女を横目で見下ろして……一度、大きく息を吐いた。

「俺達の仕事は、そんなもんやろうが。目立つのはご法度、現実のルールと折り合いをつけながらしっかり金を稼ぐ……麻里子さんの口癖やぞ」

「分かってますよー。とりあえず連絡しとくけんねー」

 そう言って再びスマートフォンを操作する瑠璃子に肩をすくめつつ、一誠はもう一度、ゆっくりと息を吐いた。

 そして……痺れが残る左手を見下ろし、一人、顔をしかめる。


 先程、彼の『関係縁』を切る瞬間に流れ込んできた、彼の思考。

 彼がどうしてここに――かつて、妻と娘と3人で暮らした集合住宅跡地――にいたのか、何となく分かったような気がしている。



 彼にとってこの場所は、家族3人で過ごした最初で最後の場所。

 彼が最も思い通りに生きることが出来た……そんな場所なのだ。



「……勝手な話やな」



 一誠が吐き捨てるように呟いた言葉は、風に紛れて消えていく。

 このことは自分の胸に留めるだけにしておこう……そんな、彼の決意と共に。

 仙台牛を食べたいです。(願望。)

 ユカと政宗は、第5幕終盤(https://ncode.syosetu.com/n2544fd/36/)で、屋台の串焼きを食べていましたが……ちゃんとしたお店では食べたことないはずです。だって霧原が味を知らないからっ……!!(涙)

 仙台といえば牛タンですが、仙台牛に手が届く人は……是非、どうぞっ……!!


 そして『ひがしもの』、文中でも説明がありましたが、マグロです。

 とても美味しいと言われている、上質なマグロです。

 食べたいです。(未経験)

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