エピソード4:別離から決別へ③
今回の事態における、未確認でとても大きな懸念事項。
それは、ユカと母親の『関係縁』が切れることで、彼女へ対して何らかの悪影響や反動があるのではないか、ということだ。
親子の『関係縁』は、他人との『関係縁』よりも強いと思われている。特に誰かが比べたわけではないが、生まれた時――もしかしたら胎児の頃から繋がっているものなので、そう思われるのは当然のことだ。
『関係縁』を切ると、『縁故』にさえも多かれ少なかれ反動がある。『遺痕』の状態が大人しければ反動は小さく、無理やり切った場合はそれなりに大きく……といった具合に。
今回の『関係縁』は変色していて、『遺痕』には負の感情しか残っていない。加えて、『遺痕』が……ユカの母親の貴子がこの世に留まっている理由はユカの存在だ。それだけ彼女には強い恨みがある。
そんな状態で『関係縁』を切ると……生きているユカは、果たして無傷でいられるのだろうか。
だからこそ福岡支局は慎重に慎重を重ねて用意をした上で、ユカへの負担を最小限にしようとしているのだと推察出来る。
勿論、それを待っても良かった。待っていれば終わるのだから、それも1つの選択肢。
けれど……この一件はどうしても、自分自身で決着をつけたいと思ってしまったから。
何が起こるか分からない。何も起こらないかもしれないし、最悪の事態が起こるかもしれない。
それでも――だからこそ、この問題を自分で解決しなければ、先に進むことなど出来ないと思う。
今のユカには心強い味方も揃っているから、なおさらだ。
「今回は、あたしがやる。スマホを使えば『縁』も視えるし……迷惑かけることは分かっとるけど、これは、自分で決着をつけたいと」
2人に対してこう言ったユカに対して、政宗が冷静に待ったをかけた。
「待てよケッカ、『関係縁』は2本あるんだぞ。まさかとは思うが、2本とも自分でやるつもりじゃないよな?」
貴子に残る『関係縁』は2本。1本でも残っていれば相手を消すことが出来ない。
ユカの覚悟に戦々恐々とする彼に向けて、当の本人は冷静に首を横に振った。
「そげなこと思っとらんよ。もう1本は……政宗がやってくれるやろ?」
「え?」
刹那、名指しされた政宗が間抜けな声を出す。ユカは持ってきた飲み物を一口飲んだ後、統治をチラリと見つめて……自分の考えを口にする。
「統治のナイフを『依代』にする以上、統治は『縁切り』出来んし……流石に名杙のメンツをこれ以上潰すような真似は出来んけんね。ここはあたし達で、中途覚醒者の意地を見せんと」
この言葉に、政宗は条件反射で頷いた後……観念した様子で肩をすくめた。
自分が言いたかったことを、彼女が全て代弁してくれたのだから。
「分かったよ。統治。これは名杙直系の統治にしか出来ないから……そっちは任せていいか?」
「承知した」
2人の視線を受け取った統治は、冷静な表情で一度だけ頷いた。
とはいえ……政宗は自分が書いたメモを見下ろしつつ、ユカへ向けて問いかけた。
この作戦は、ここにいる3人だけでは成立しないのだ。
「なぁケッカ、名雲双葉さんって……本当に俺達に協力してくれるのか? この計画だと、彼女がいないと成り立たねぇぞ?」
「そうやね……直接聞いてみらんと分からん、かな。ねぇ統治、名杙の道具に名雲の縁が絡んで大丈夫?」
ユカの問いかけに、統治はアイスコーヒーから口を離して首肯した。
「多少は今後の『縁切り』に影響が出る可能性もあるが……俺の影響力が彼女を上回ればいいだけのことだ。問題ない」
「了解。ありがとね」
謝辞に統治が軽く頷いたことを確認したユカは、次に政宗をじぃっと見やり……どこか狼狽える彼の両手に、視線を落とした。
人探し、それは『縁故』における基本中の基本だ。
「政宗、午前中に双葉さんと繋がった『関係縁』を辿って、彼女が今どこにおるか分かったりする?」
「え? あ、あぁ、やってみる……」
ユカの指示に政宗は瞬きをした後、視える世界を切り替えた。そして、自身の手から伸びる無数の縁から双葉と繋がった『関係縁』を探し出すと、それを握って……意識を集中させる。
まだ、彼女から伝わった影響力が残っていたのかもしれない。いつもよりもずっと短い時間で、強い確信を得ることが出来た。
「……近いな。多分、天神にいるぞ」
この言葉にユカは「よし」と頷くと、持ってきた飲み物を一気に飲んで息をついた。そして、壁にかかっている時計で時間を確認した後……次の行動を告げる。
「じゃあ、直接会って頼んでみよう。政宗、人探し宜しくね」
そして、約10分後……休日の天神地下街を一人で歩いていた双葉を見つけた3人は彼女に声をかけて、目についたカフェへと誘った。双葉自身も何か予測していたのか、特に疑うこともなく素直に応じてくれる。
4人がけの席にユカと双葉が向かい合って座り、ユカの隣に統治、双葉の隣に政宗という席順になった。これは単純に、4人分の支払いを終えた彼が席につくのが一番最後になったからである。
「佐藤さん、ウチの分までよろしいのですか?」
「当然ですよ。っていうか……ケッカと統治は後で請求するからな」
こう言って先に座っていた2人へジト目を向けると、2人は臆することなく彼から視線をそらした。その様子を見ていた双葉は口に手を添えて軽く笑った後……ユカを見やり、目を細める。
「ユカちゃんも、お久しぶりです。今回は大変でしたね」
「双葉さん……その、今回はご足労いただきありがとうございます。あの、麻里子様とは別行動なんですか?」
ユカの最大の懸念事項は、双葉が麻里子と行動をともにしていたらどうしよう、だった。今回の計画は、出来れば福岡側に知られる前に足元を固めておきたい。そのためには、まだ麻里子に知られたくないのだ。
心配と不安を隠しきれないユカに、双葉は笑顔で「ええ」と首肯する。
「麻里子さんは博多の方にいるはずです。ですので、安心して内緒話が出来ますわ」
こう言って笑顔を向ける彼女には敵わないと思いつつ……ユカは単刀直入に問いかけた。
時間が惜しい。双葉と話をつけた後は、福岡支局に乗り込む必要があるのだから。
「双葉さん、名雲側には『依代』を使って、一定の範囲内で『縁』を見えなくするような『呪い』がありますよね。明日、それを実行するために……双葉さんのお力を借りたいと考えています」
刹那、双葉の眉が少しだけ動いた。そして、ユカと……統治、政宗をそれぞれに見やり、冷静に問いかける。
「皆さんがどこまでご存知なのかは存じ上げませんが……その類の術式には、名雲直系の力が2名分必要になりますわ。あと一人はどうするおつもりですか? 流石に、麻里子さんが協力してくださるとは思えませんが……」
この問いかけに、ユカははっきりと返答した。
「名雲直系は一人で十分です。あと一人は……名杙直系の統治が引き受けます」
それを聞いた双葉が、ここで初めて軽く目を見開く。彼女にしてみても、恐らく試したことも――聞いたことも、考えたこともないような、そんな奇策だろう。
「名杙と名雲の力を混ぜるおつもりですか? そんな前例、聞いたことが――」
「――既に、前例があるんです。だからこそこうして、ある程度の確信を持ってお話をしています」
ユカの強い言葉に、双葉は思わず閉口した後……手元にあるカフェラテをすすって、軽く息をついた。
彼女は恐らく、4月に宮城で発生した事件を知らないだろう。名杙側が名雲に詳細を報告するとは思えないし、名雲側もまさか、自分たちの術式の一部が東に伝わっているなんて、夢にも思わないだろうから。
「東は怖いと聞いていましたが……その通りですわね。既に前例があるなんて……」
「今回の件は、あたしの母親が元凶です。双葉さんや麻里子様、福岡支局のみんなが、あたしを守ろうとしてくれていることは分かっています。でも、だからこそ……あたしは、自分でこの因果を断ち切りたい。そのためには、この『呪い』に懸けるしかないんです」
「具体的にはどうするおつもりですの?」
「福岡支局もあの『遺痕』と決着をつけたくて、双葉さんを呼んでいるはずです。恐らくは福岡市のどこかで迎え撃つ用意をしているはず。この後、あたし達も福岡支局に行ってこの計画を話します。そこで決まった場所に統治と双葉さんで『呪い』を施してもらって……そこに『遺痕』をおびき寄せるんです」
ユカの説明に対して、双葉が冷静に「ですが」と切り返す。
「仮にそこに入れられたとして……そうなると、『遺痕』の『関係縁』が視えなくなるのでは? それでは『縁』を切ることに支障をきたしますわよ?」
「そうでしょうね。ただ、あたしは彼女と繋がっています。視えなくなるだけで、消えるわけではありません。それに……その環境下で試したいこともあるんです。詳しくは言えませんが、勝算はあります」
自分の追求にもしっかりと返答するユカを見て……双葉は目を細めると、カフェラテをすすった。そして、しばし思案した後……改めて、ユカを見据える。
「事情は分かりました。ただ……ウチが今、福岡支局の要請で動いていることはご存知ですわよね。ですので、福岡側と皆さんが話をつけてくだされば、協力しますわ」
「ありがとうございます……!!」
双葉の前向きな返答に、ユカは思わず目を開いて頭を下げた。政宗と統治もまた、各々頭を下げた後……双葉を見やり、疑問が大きくなっていく。
名雲直系筋の彼女は、どうしてここまで……自分たちに協力的なのだろうか。
特に統治は、これだけ自由に意思決定が出来る双葉の境遇に、強い関心を抱いていた。だからこそ、聞かずにはいられない。
彼女はどうして、実家を離れて九州にいるのだろうか。
「名雲さん、その……差し出がましいようですが、名雲へ確認せずに独断で決めて大丈夫ですか? そもそも……名雲直系の貴女が、どうして九州へ?」
統治の問いかけに、双葉はしばし思案した後……少しだけ憂いを帯びた眼差しで目を伏せると、肩の力を抜いた。
「簡単にお話しますと、ウチは……そうですね、名雲から売られたようなものです」
「売られた……」
「ウチは元々、周囲へと自分の能力を伝播させる力が強い体質ですの。それは午前中の件でも察して頂いているかと思いますが……それは時に、名雲の中では迷惑な能力でした。名雲の主な特性は『縁』の視え方を操ることですが、それがウチのせいで出来ないと訴える声が大きくなって……大学を卒業すると同時に、北九州支局での勤務を命じられましたわ」
名雲が双葉を北九州に送った大きな理由は、彼女の持つ稀有な能力にあった。
名雲家は代々、『縁』の視え方を自在に操る能力を持っている。加えて一般人に対して霊的に干渉し、相手の持っている顕在化していない能力を引き出したり、畏敬の念を抱かれて萎縮してしまったりするのだ。
双葉は、後者の能力が圧倒的に強かった。それこそ、彼女が街を歩いているだけで一般人は潜在的に「彼女には敵わない」と悟り、大人しくなってしまうくらいに。
その特性故に、名雲では煙たがられていた。彼女の影響力は名雲本家の人間にも伝播するため、彼女が近くにいることで『縁故』としての能力が不安定になる事案が多発したのだ。
そこで名雲は、双葉を北九州に送り……彼女の特性を生かして、荒くれ者を霊的に制圧することにした。その作戦は今の所順調に成果を上げており、下っ端同士の抗争も少なくなっている。
そして、名雲としては……北九州で権力を持っている小笠原家から出向している男性・忠と双葉の縁談を進め、九州での地盤を強めて……福岡で独裁状態の麻里子を牽制したい、という思惑と共に。
「当時の北九州は、揉め事が多くて荒れていました。その分……権力を握ろうと暗躍している大人も多かったんです。ウチはその渦中に放り出されて……恐らくもう、名雲本家に戻ることはないと思いますわ」
「そう、でしたか……」
込み入った事情に立ち入ってしまったことで、統治は言葉を濁しつつ話を切り上げた。そんな彼に双葉は笑みを向けると、吹っ切れた表情で言葉を続ける。
「だから、ウチはウチの責任で自由に動けるんです。霊的にも決して弱くない部類ですので、皆さんのお役に立てると思いますわ。ユカちゃんの交渉、期待していますわね」
「分かりました」
ユカは改めて双葉を見据えて頷いた後……直系筋には色々と複雑で、どこか身勝手な事情がつきまとうものだとため息をつく。
そして、政宗が代表して双葉と連絡先を交換している間、隣に座っている統治を横目で見たが……彼は何も言わず、ブラックコーヒーを飲んでいるだけだった。
そして――今。
統治は双葉と共に『呪い』を成立させ、東屋の中でその時を待っていた。
計画では、ユカと政宗が対象となる『遺痕』をここまでおびき寄せた後、『遺痕』周辺の『縁』を全て認識出来ない状態にする。双葉から再度「その状態だと、ユカちゃんまで『縁』が視えなくなるのでは? 本当によろしいですか?」という指摘があったが、それに関しても考えていることがあった。
リハーサルが出来ないぶっつけ本番になるが、自分たちならば出来る――そう思わなければ、この場に立つことなど出来はしない。
統治自身も既に、昨日に感じた禍々しい気配の一端を感じ始めていた。決着の時は近い。どちらが生き残るか――あと十数分で、全てが決まるだろう。
「……生きるのは、俺たちだ」
彼は一人でそう呟くと、顔を上げて2人がいる方向を見やる。
己の役割を果たす、その瞬間への覚悟と共に。
双葉がどうして北九州にいるのかは、2019年の瑠璃子誕生日小話(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/83/)をご覧ください。そこまで詳しく語っているわけではありませんが……若かりし彼女がキリキリしている様子が分かります。
折角なので、北九州支局について少しだけ補足をば。
いずれ本編や外伝で登場する……かも、しれませんね。
■西日本良縁協会北九州支局(事務所は小倉北区)
・支局長:名雲双葉
・副支局長:斎藤光流
・総務:斎藤環南
・外部職員:小笠原忠
・その他、『縁故』として働く職員が数名
現時点で出番があった・ありそうなのはこの4人かなぁ……と。
環南はユカの過去編で福岡支局にいた、陽気なお姉さんです。政宗が飲んだくれていた屋台の店主の娘でもあります。光流さんと結婚して北九州に行きました。ちなみに妹もいて、過去の外伝で一足先に登場済みだったりしますね。
こんな感じで、仲間がどんどん増えていきますわ!! 宮城側は特に増えてないのになんてこった!!
そして、ここで統治が抱いた感情が……第8幕への布石になっていく予定ですわ。
予定は未定です。
からの。かーらーの!! 挿絵が増えましたー!!
文末に素晴らしい絵を描いてくださったのは、ユカ役をお願いしているおが茶さんです。ユカの手元を見て「そっか、この子……道具使うんだ!!」って感慨深くなりました。(2年前から道具使ってますよ)凛々しい表情で政宗と2人で双璧をなしている感じと、後ろで控えている名杙・名雲の両人がカッコよすぎます……!! 本当にありがとうございますー!!




