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エピソード4:別離から決別へ②

 関係者の持つ携帯端末に、政宗から「配置についた」という連絡が入った時……統治は政宗達から100メートルほど離れた、園内の別の浮島内にある東屋にいた。

「……いよいよ、か」

 統治はそのメッセージに「了解しました」と手短に返信をすませると、端末をズボンのポケットに片付けて、周囲の状況を確認する。


 この東屋には4隅に柱が立っており、屋根を支えるような構造になっていた。屋根の下には木造りのテーブルと、2人掛けの椅子が2つ、向かい合わせになるような形で配置されている。休日であれば家族連れ等がここで食事を楽しんだりするのだろう。

 その椅子に座って、1人、背筋を伸ばしているのが……名雲双葉だった。髪の毛を肩の下で一つに結い、七分袖のワンピースとショートブーツを着用している。

 双葉は机上に置いたスマートフォンを確認して電源を落とした後、それを肩からかけているショルダーバックの中へ片付けた。そして、座ったまま対岸にいる統治を見つめ、穏やかに微笑む。

「始まりましたわね」

「そのようですね」

「気になりますか?」

「それは……まぁ……」

 双葉の言葉に統治が目を伏せると、彼女は「当たり前の感情ですわ」と笑顔で頷いてみせる。

 そして……東屋の屋根の内側を見上げた後、一度、深くため息をついた。

「それにしても……この類の『(まじな)い』が、まさか東側でも使われていたなんて。名雲のセキュリティも、大したことありませんわね」


 時間は昨日の昼まで遡る。統治が政宗やユカと3人で、昼食を食べ終えてから福岡支局へ乗り込む前のことだ。

 誰にも邪魔されずに話をしたいというユカの希望で天神にあるネットカフェに入った3人は、フリードリンクコーナーでそれぞれに飲み物を調達した後、多人数で使える個室に入る。そして、机を囲んで顔を突き合わせた。

「じゃあ政宗、伊達先生にスピーカーフォンで電話かけてくれん?」

「ああ、分かった」

 ユカの指示通りに端末を操作した彼は、電話の声がスピーカーから聞こえるように設定してから……部屋の中央にあるテーブルにそれを置いた。

 室内に呼び出し音が3回ほど響いた後――回線が切り替わる。


「こんにちは、伊達先生です」

 電話の向こう側にいる伊達聖人は、いつものテンポで応答した。とりあえず電話の主である政宗が最初に声を出す。

「お疲れ様です、佐藤です」

「おや政宗君。福岡をエンジョイしてるかな? でも、中洲で遊びすぎちゃ駄目だよ。あ、お土産はボンサンクの小さなショコラもちか、草木饅頭でいいからね」

「へっ!? えぇっと……な、何ですか?」

「まぁ、それはさておいて……自分に何か用事があるんだよね。早速聞いてもいいかな」

「あ、はい。それが……」

 政宗が言葉を濁してユカに視線を向けると、ユカは政宗へジト目を向けつつ、息を整えて声を出す。

「……伊達先生、相変わらずですね。逆に安心します」

 刹那、聖人が「おや……」と、どこか嬉しそうな声音で反応した。

「この声は……ケッカちゃん、だよね。政宗君が真似してるわけじゃないよね?」

「政宗にそげな器用なこと出来ませんよ。えっと……色々とご心配をおかけしました」

 恐らく聖人も、今回、2人を福岡へ送り出すために尽力してくれたはずだ。どう言えばいいのか分からず謝罪の言葉を口にするユカに、聖人は普段より優しい声で言葉を返す。

「3人が福岡で無事に会えたのならいいんだよ。それに……生存報告をしたくて、自分に電話をかけてきたわけじゃないよね?」

 この言葉に、ユカははっきりと頷いた。

「はい。単刀直入に伺いますが……4月、名波君と桂樹さんが統治を軟禁していた一件、覚えていますか?」

「勿論だよ。忘れるほうが難しいんじゃないかな」

「あの時は、外部から統治の『関係縁』を辿ることが出来ませんでした。そして、あたしと統治が乗り込んだ時も、その空間内では『縁』が視えない状態にされていました。統治の『縁』まで隠蔽したその『呪い』には、名雲直系の『因縁』を無理やり移植した名波君が関わっていましたよね」

「そうだね。それが何か?」

「その……ある一定の空間内で『縁』を視えなくする『呪い』は、今、どこまで解析されていますか? 名杙のことです、自分たちの足元を揺るがせた術式の解析と今後の対応には、かなり神経質になっていると思ったんですけど……」

 ユカの問いかけに、電話の向こうの聖人は少し閉口した後……こころもち淡々とした口調で現状を告げた。

「解析はほぼ終わっているよ。後は、同じことが出来るかどうかを実証したいみたいだけど……流石に宮城にはもう、名雲直系筋の『因縁』を持った人物がいないんだ。だから、結果的に手詰まりになってる、っていうのが現状だね」

「なるほど……」

 ここまでは予想通りだった。だからこそ、予想外のことを仕掛けて味方を募れる。

 そんな方法でコチラの提案を一番前向きに考えてくれそうなのが、電話の向こうにいる人物だ。

「伊達先生、もしも、あたし達にその手順を教えてくれたら……福岡で実証実験してきますよ。しかも、名雲直系の人を使って」

「名雲直系……麻里子さんかな?」

「それ以上は言えませんが違います、とだけ。勿論これは、名杙には正式に報告出来る内容じゃありませんけど……協力してくれた伊達先生には、報酬として写真付きで報告します」

 聖人へ提案をする場合には、彼にとって魅力的な報酬を、なるだけ具体的に告げるのがポイントだ。

 曖昧すぎる話に便乗してくれるような人ではない。要するに曖昧ではなく、それでいて彼の興味を引くことが出来れば、彼を引き込むことなど実は案外造作もないことだったりする。

 そんなことを言うと、彼がいじけてしまうかもしれないから口には出さないけれど……ユカ自身も半年近く彼と接してきて、ある程度は彼の扱い方を覚えてきたつもりだ。

 恐らく聖人も全て把握した上で天秤にかけ、判断をしているだろう。

「なるほど……興味深い内緒話は大好きだよ。それに、自分がそれを知っておくことで、蓮君への牽制にもなるからね」

「じゃあ、この話……受けてもらえますか?」

「勿論。それに、今のケッカちゃんにこの仕組み(からくり)が必要ならば、少しくらい手助けしてあげたい気持ちもあるからね。本当だよ。嘘じゃないからね」

「そげん言うと嘘っぽいですよ、伊達先生……」

 ユカのツッコミに聖人は「しくしく。」とお馴染みのテンプレでお茶を濁した後、「さてと」と自分から話を切り替えていく。

「その場には統治君もいるんだよね。メールで送ったほうがいいかな?」

「いえ、証拠を残したくないので、口頭でお願いします。政宗がメモしますので」

「俺が!? ちょ、ちょっと待ってくれ……!!」

 急に話をふられた政宗は、自分のカバンからスケジュール帳を取り出すと、その中のメモ帳部分を1枚切り取って机の上にセットした。そして、聖人が語り始めるのを待つ。

 電話の向こうにいる彼もまた、何やらゴソゴソと用意をしている音が聞こえた。そして……。

「名杙の報告によると……桂樹さんと蓮君が施した『(まじな)い』は、直系筋の『関係縁』と、それを固定する『依代』を使って実施されたみたいだね」

「依代……」

 聖人から聞いた言葉を反すうしたユカは、反射的に統治を見つめた。しかし、彼自身がピンときていないところを見ると、統治が囚われていた空間に、それらしいものは見当たらなかったらしい。当然と言えば当然だけど。

 福岡側では誰も思い当たることがないので、今は聖人の説明を聞くしかない。聖人も電話の向こうで資料らしき紙をめくりながら言葉を続ける。

「何でも……『依代』にしたものに、名杙直系と名雲直系同士が繋がった『関係縁』を絡ませて、『縁』を隠したい空間に置いておくといいみたいだよ。加えて、特定の人物だけの『縁』を隠したい場合は、特定人物と繋がっている『関係縁』も一緒に『依代』に繋いでおけば、『依代』から一定の範囲内で効果があるみたいだね」

 連や桂樹がどこまで事実を告げたのかは分からないが、名杙側がここまで把握していることにユカは内心で強く驚いていた。

 春先にあれだけしてやられたことに心底悔しがっていることを、ヒシヒシと感じ取ることが出来る。

「4月の場合は、蓮君が華さんの『因縁』を持っていたから、彼女と同等・同様の力が彼にも使えたと仮定して……蓮君と桂樹さんの『関係縁』を、桂樹さんが『縁切り』をする時のナイフに絡ませておいた。加えて、桂樹さんと統治君の『関係縁』も同様に絡ませておいたことで、統治君の『縁』だけを視えなくすることが出来た……って、自分の手元にある報告書には書いてあるね」

「そうなんですか……『依代』は、名杙直系が『縁切り』に使っている道具がいいんでしょうか」

「名杙でも名雲でも、直系筋が使っているものであれば大丈夫だと思うけど……実例が名杙しかないから、無難なのは名杙の道具だと思うよ。名雲の道具で失敗しましたーっていう報告でもいいけどね」

 冗談だか本気だか分からない物言いに、ユカはため息を付いて返答した。

「……それは困るので検討します。なるほど……そこまで難しくなさそうですね」

 『(まじな)い』の手順はもっとおどろおどろしかったり、複雑怪奇なものなのかと思っていたけれど……特に事前準備は必要なさそうだ。

 そう思ったユカに、聖人はしっかりと釘を差しておく。

「実際にやってみると、どうか分からないよ。この術を行使している間は大分力を持っていかれるらしくて、特に名雲側――『依代』にしていない側の蓮君は息も絶え絶えなことがあったらしいし」

 聖人の言葉に、3人はその場で黙り込んだ後……それぞれに視線を合わせて、自然と頷いていた。

 対抗手段を1つ、手に入れることが出来た。

 後は……それをどう実行して、活かしていくか。

 ユカは政宗、統治と視線を合わせて、全員でほぼ同時に一度だけ頷く。これで十分。要するに3人の認識が同じになったのだから。

「伊達先生、ありがとうございました。ちょっと用事を片付けたら……3人で帰ります」

「お土産、楽しみにしてるからね」

 そう言って電話が切れる。ユカが相変わらずマイペースな彼に苦笑いを浮かべていると……ボールペンの動きを止めた政宗が、メモを見ながら口を開いた。

「こういうからくりだったのか……それでケッカ、伊達先生にコレを聞いて、どうするつもりなんだ?」

「あたしと『遺痕』は、『関係縁』で繋がっとるやん? でも……あたしが麻里子様の部屋に居る時は、あたしの居場所を特定出来とらんと。麻里子様の部屋は『福岡支局』と同じように対『遺痕』用の術が施されとるけど……それって要するに、あたしとの『関係縁』を追えなくなっとるってことだと思ったと」

「まぁ、そうなるよな。ケッカの居所を知る手がかりは、『遺痕』と繋がってる『関係縁』だろうし」

 頷いた政宗へと、ユカはドヤ顔で言葉を続ける。

「ってことは……『遺痕』の目の前でその痕跡が消えたら、すっごく動揺すると思わん?」

 刹那、政宗は盛大に顔をしかめた。

「……そうか?」

「なして!? だって『関係縁』が消えるとよ!? 手品みたいに一瞬で!! やけんが少しは動揺して隙が出来るに決まっとるやんね!!」

「それは、うーん……そうか……?」

 ユカの力説に、政宗はなんとなくそんな気分になりつつ……統治を見やり、彼の意見を求める。

「統治はどう思う?」

「そうだな……正直、やってみなければ分からないことが多すぎて何も言いたくないんだが……名杙と名雲直系が生み出した空間におびき寄せることで、多少は影響を弱体化出来る可能性がある」

 統治の言葉に政宗が「なるほど」と頷いた。しかし彼は表情を変えることなく、「ただ……」と逆説の接続詞と共に言葉を続けた。

「視えなくするのは『遺痕』の『縁』だけだ。そのためには、『遺痕』との『関係縁』が必要になるが……それはどうするつもりだ?」

 この問いかけに、ユカは真顔で一度だけ頷いた。

「それは勿論、あたしと繋がっとる『関係縁』を使うよ。あたしがその『呪い』をしとる場所に入って、ギリギリまで引き寄せて……自分と『遺痕』の『関係縁』を『依代』に引っ掛けてみる。まぁ、あたし側の『縁』も視えなくなる可能性があるっちゃけど……握っとる『縁』を、彼女が動揺しとる間に切れば、きっと終わる。終わらせてみせる」

 ユカは自分に言い聞かせるように繰り返すと、最後にもう一度、自分自身へ念を押す。

 この場にいる全員が、最も危惧していること。それは……。


「彼女が怒り狂っとる時に切るわけじゃないはずやけん……多分、あたしも生きとると思うよ。やけんが、この仕事は……あたしが、やる」


 この場にいる全員が、最も危惧していること。

 それは……彼女の『生命縁』が切れてしまうことに他ならない。


 ユカの決意に、統治は何か言いかけたが……口をつぐみ、一度息を吐いた。

 エンコ特有、伊達先生の解説回です。伊達先生は何でも知っている!!

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