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エピソード4:別離から決別へ①

 翌日、時刻は間もなく午前10時になろうかという日曜日の朝。

 地下鉄で移動してきたユカと政宗は、福岡市にある大濠公園の入り口で横並びに立ち……目の前に広がる広大な公園を見つめる。

 ユカは長袖でトレーナー生地のフード付きワンピースを着ており、下は黒のレギンスとスニーカー。隣にいる政宗は襟付きの長袖シャツに黒いチノパン、背中にはワンショルダーのカバンを背負って……目を泳がせていた。

「政宗、周囲はどげん?」

 腕時計で時間を確認したユカが彼を見上げ、周囲の様子を問いかける。今のユカは『縁』が見えないこともあって、『遺痕』の気配を以前よりもずっと感じにくくなっているのだ。

「……」

 しかし、隣で棒立ちになっている彼は無言を貫いている。ユカが呆れを濃くした目で彼を強く睨むと、目を泳がせている彼と瞬間的に目が合ったため……苛立ちが一気に最高潮に跳ね上がった。

「しっかりせんね佐藤支局長!! 二日酔いならいますぐ帰ってくれんやか!?」

「わ、悪い……ただ、その……見慣れなくて、だな……」

 観念した彼はまだ目を泳がせつつ、ようやくユカを見下ろして深くため息を付いた。

 今、政宗の隣に立っているユカは、背丈や服装こそいつもの彼女だし、今はまだ帽子を被っているが……髪の長さが違う。普段は肩に付く程度で仕事中は結んでいることが多いけれど、今日は耳より少し下の位置で2つに結っており、毛先が背中の下まで届こうとしていた。勿論これは、彼女の地毛ではない。

 彼女の母親をおびき出すにあたり、昨夜、6人でモツ鍋をつつきながら話し合った結果……ユカの髪の毛を長い状態にして帽子を外してみようか、という結論に達したのだ。

 その理由は、過去、母親と別れる直前までの彼女は、髪の毛が長かったから。母親の意識の中で、ユカに抱く潜在的なイメージは髪の長い少女である可能性が高い。その根拠としては……少なくとも政宗と統治が知る限り、彼女が襲っているのが『髪の長い女性』ばかりだったからだ。

 福岡支局で改めて確認したところ、怪我人の中には男性も含まれているらしいが……それでも9割は女性で、しかも、ベリーショートなどの分かりやすいショートカットの人はいなかったらしい。現にセレナが怪我をした時も、彼女と一緒にいたもう一人の女性――髪の毛はショートカット――は、特に怪我をしなかったそうだ。

 ユカが帽子を外して座っているだけで、『餌』としての効果は十分に果たせるだろう。しかし、確実に呼び寄せるために……出来ることは全てやっておきたかったから。


 今のユカは朝に福岡支局でセレナからのヘアメイクを済ませ、その後、政宗と地下鉄の駅で合流してここまでやって来た。政宗自身もユカの髪型が長さごと変わることは承知していたし、覚悟もしていたのだが……いざ、生身の本人を目の当たりにすると、何とも言いようがない感覚に襲われて、正気を保つのが精一杯。周囲の目がなければ、人に見せられない顔をして壁を殴り続けるだけになってしまうだろう。

 加えて、この髪型は……6月のユカを思い起こさせることもあって、政宗の心境は尚更複雑なことになっていた。


 とはいえ、今からは失敗の許されない仕事が始まる。既に統治は朝から別行動しており、彼らと同じこの公園内で双葉と共に待機しているはずだ。政宗は咳払いをして気持ちを頑張って切り替えた後、周囲を見渡して……今は異常がないことを確認する。

「とりあえず今は大丈夫だ。『鷹さん』や瑠璃子さん達も動いてくれてるみたいだし……俺達も行くか」

「了解。じゃあ……池のど真ん中で待つことにしようかね」

 ユカは軽く頷いた後、彼を先導するために少し早く足を踏み出した。


 大濠公園は、大きな池の周辺に公園が整備されている。池の中央には少し大きな島があり、歩道やベンチが至るところにあることから、散歩をする人も多い福岡市民憩いの場だ。

 池にある浮島には公園の南北2箇所から橋がかけられているので、散策しながら島に上陸して休憩をすることも可能。加えて島には木々が生い茂っているので、池の周囲から中の様子を詳細に窺い知るのは難しい。


 要するに――浮島に繋がる2箇所の橋を封鎖してしまえば、福岡市の中心部で人払いをすることが出来る。


 ユカ達は公園内にあるカフェの前を通り過ぎて、北側にかかっている橋の前までやって来た。そこには工事現場でよく見かける『安全第一』と書かれたバリケードが複数横並びに置いてあることで、橋の通行を妨げている。

 その両脇には孝高ともう1人、昨日はいなかった男性が立っていて、人の出入りがないように見張っていた。それぞれの右腕に『福岡市公園環境整備部』という架空の腕章をつけ、白いワイシャツとグレーのスラックス、足元は黒い革靴という出で立ち。加えて孝高の脇には『現在園内の消毒中。終了まで立ち入り出来ません』という立て看板まで設置されているため、散歩をしていた人や遊びに来た家族連れなどが、その看板に気付いて踵を返していく。

 その流れに逆行するように近づいてくる2人に気付いたもう1人の『彼』が、軽く手を上げて口を開いた。


「佐藤君、山本さん、久しぶり」

「加東支局長……!!」


 彼が誰なのかに気付いた政宗が、居住まいを正して深く頭を下げる。ユカもまた、政宗に倣って頭を下げた後……穏やかにこちらを見つめる彼に、改めて事の大きさを実感していた。


 彼は、加東幸清(かとう・こうせい)。西日本良縁協会熊本支局の支局長だ。

 年齢は40代前半、堀の深い顔立ちと180センチ以上ある身長で、立っているだけでとても威圧的に見える。

 その実態は……小学生の1人娘に頭が上がらない、とても優しい男性なのだけど。


 幸清が束ねている熊本支局は、九州の中央部にあり、各地に観光名所を要していることから……福岡と協力して事案の対処にあたることもあった。それこそ政宗が2年前に九州で仕事を手伝ったのも、言ってしまえば熊本支局の依頼になる。

「佐藤君、2年前は熊本で本当にありがとう。直接礼を言うのが遅くなって、ほんなこつ、申し訳なかね……」

「いえ、こちらこそ……大切な土地を任せてくださって、ありがとうございました」

 政宗は改めて軽く頭を下げると、幸清を見上げて一度頷く。

 政宗自身も彼と同じ立場になってから……自分以外の誰かに仕事を任せることの難しさを感じることが多々あった。


 部下の失敗が自分の失敗につながるのであれば、自分で何とかするほうが結果も受け入れやすいし、割り切ることも出来る。

 けれど、政宗は1人しかいないから……どうしても、オーバーワークになってしまいがちになるけれど。

 今は、自分が仙台を数日間離れても問題なく対処してくれる、そんな仲間に恵まれたから。


 幸清は政宗にもう一度「ありがとう」と告げた後、彼の隣に立つユカを見下ろした。

「山本さんも久しぶり。今年はグリーンランドでの掃討作戦に名前がなかったけんが、どげんしたとかと思っとったけど……仙台に赴任しとったとやね」

「そうですね。今年は遊べなくて残念でした」

「落ち着いたら、仕事は関係なく遊びに()んね。勿論、佐藤君も。今日は宜しくお願いします」

 3人の顔合わせが終わったところで、孝高が2人へ向けて、自分たちと同じ腕章を差し出した。

「……佐藤支局長が、見える場所につけておいて欲しい」

「げなよ政宗、宜しくね」

 孝高から腕章を受け取ったユカは、それを政宗へ手渡した。そして、彼が腕章をつけている間に現状を確認する。

「孝高さん、双葉さんと統治は、中におるとですか?」

「ああ。既に待機している」

「一誠さんと瑠璃子さんも、動いてますか?」

「ああ。特に問題が発生しているという報告は受けていない」

「了解です。ありがとうございます」

 ユカが軽く会釈をすると、用意を終えた政宗が彼女の隣に並び立った。そして幸清と孝高を交互に見据えると――口元を引き締め、己の決意を告げる。

「必ず成功させます。宜しくお願いします」

 彼の言葉を受けて、幸清が先に力強く頷いた。

「何かあったらすぐに行くけん、とにかく気をつけてな」

 孝高も腕時計で時間を確認した後、2人を見据えて首を縦に動かす。

「……こちらも最善を尽くす。宜しく頼む」

 それぞれに声をかけられ、政宗は改めて気を引き締めた後……ユカと共に、目の前に続く橋の先を見つめた。

 その先にある場所で、全てを終わらせる――その決意と共に。


 あまり人目につかぬよう、足早に橋を渡り終えた2人は、島にある『浮見堂』の入口付近にあるベンチに並んで腰を下ろした。

「政宗……始めてよか?」

「ああ。全体への連絡は俺がしておくよ」

 ユカの言葉に頷いた政宗は、スマートフォンを取り出してメッセージアプリを起動した。それを確認したユカは、一度大きく深呼吸をした後……被っていた帽子を静かに脱いで、それを政宗の膝の上に置く。

「ケッカ?」

「それ、政宗が持っとってくれる? あたしだと思って大事に守ってよね」

「何だよそれ……俺がカバン持ってるからって……」

 政宗は苦笑いを浮かべつつ、背負っていたカバンを下ろした。そしてその中に帽子を入れてチャックをしめると……背負い直した後、改めて周囲を見渡してみた。

 周囲を池に囲まれた島の上。人払いをしていることもあって、公園の喧騒とは程遠い静寂に包まれている。時折聞こえる鳥の鳴き声に耳を澄ませていると……横から、視線を感じた。

 恐る恐る隣を見ると、ユカが無言で彼の方を見つめていることに気付くしかない。

「……け、ケッカさん? 何でしょうか……?」

 心当たりがありすぎるため、思わず敬語になって問いかける。そんな政宗をユカはじぃっと見つめた後……長くなった髪の毛先を指先でクルクルと遊ばせながら、苦笑いを浮かべた。

「なんか……これ、慣れんなーって思って。政宗も挙動不審やし」

「悪かったな挙動不審で……」

 的確な指摘にきまりが悪くなる彼を見つめたまま、ユカは髪から指を離すと……視線を彼から池の方に向けた後、ポツポツと思いを吐き出していった。

「この名前を名乗ることにして、もう(・・)髪は伸ばさないって決めて……そんなあたしが長髪で母親をおびき出して『縁切り』せんといかんげな、本当、『関係縁』ってどげんなっとるとやかね」

「ケッカ……」

「仕事やし、自分の命もかかっとるけんが、割り切ってやるつもりやけど……あたしのこと、あげな『遺痕』になるくらい恨んどったなら……なして……」


 どうして、自分を生んだのか。その答えは分かっている。

 幸せな家庭を築けると、母親自身が信じていたからだ。

 けれど……実際は恐らく、彼女が願った『幸せな家庭』とは程遠い結果になっただろう。理想と現実の相違に耐えられず、死してなお、異形の姿で徘徊しているのだから。


 ユカは言葉を切ると、ワンピースの脇についているポケットに手を入れて、ハサミを取り出した。

 今年の6月、仙台で購入したものだ。使い始めて3ヶ月ほど過ぎたけれど、思った以上に自分の手に馴染んでいる気がする。

 このハサミであれば、きっと――


 刹那、ユカと政宗は同時に顔を上げて立ち上がった。

 背後から感じる禍々しい気配。ユカは一旦ハサミを片付けると、自身のスマートフォンを取り出してアプリを起動し、その画面越しに彼女と対峙する。

 振り向いた2人の視線の先にいたのは……池から上半身を出した状態で音も立てずに近づいてくる、髪の長い女性の姿だった。

 長い髪が俯いた顔に張り付いており、その表情を伺い知ることは出来ない、そう思った次の瞬間――


 彼女が少しだけ首を動かして――ユカを、真っ直ぐに睨みつける。

 暗い眼差しで、自分の方を、見ている。

 自分(ユカ)を、憎悪の対象として、彼女は――母親の貴子は、そう、認識している。


「っ――!!」


 この目を見たのは、この目で見られたのは、いつぶりだろうか。

 10年、いや、それよりもずっと前――優しさが反転して憎悪になる、その時の目だ。

 そして、この後はいつも同じ。

 ただ――真っ直ぐに、否定されるだけ。



 大好きな人から、全てを拒絶されるだけ。

 自分に出来ることは、彼女の気が済むのを待つことだけだ。



 必死に閉じ込めていたはずの記憶が鎌首をもたげ、ユカの中で暴れ始める。


 怖い。

 怖い。

 謝ればいい? そんなことで許してもらえる?



 ――期待に応えられずに見捨てられたのは、自分なのに。


 家族を不幸にしたのは……自分の存在なのに。



 体が硬直して、足がすくんだ。スマートフォンを持つ手が震える。鼓動が早く脈打って、呼吸が乱れそうになった。

 駄目だ、ここで相手に飲み込まれるようでは、『縁切り』なんて出来るわけがない。必死に唇をかみしめて思考を切り替えようとした。

 今考えるべきことは、目の前の『遺痕』を、冷静かつ確実に処理するための段取り、その復習だ。昨日あれだけ打ち合わせをしたんだ。大丈夫、冷静に行動すれば、いつもどおり体を動かせば、全て上手くいく。

 分かってる、頭では全て理解しているのに――




 体が、動かない。




「ケッカ? おい、ケッカ?」

 次の段取りへ移るために、政宗が彼女へ視線を向けて……彼女の変化に気付き、大きく目を見開いた。


 これまで、どんな困難にも毅然と立ち向かってきたユカが、全身を小刻みに震わせて、動けなくなっていたのだから。

 大濠公園は、福岡の中心部にある大きな公園です。少し前までは夏に大規模な花火大会が実施されていたのですが……色々問題が重なって、今はやってないんじゃなかったかな。福岡の夏の風物詩でしたので、ちょっと残念ですね。

 周囲には美術館もあったりして、人の往来も多い印象です。なんで決戦の場をここにしたかというと……広い場所だったんで……。(ヲイ)

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