エピソード3.5:だってケッカは、ユカなんだから
その後、キャナルシティで屋台組と合流したユカ達は、明日の集合時間や集合場所を確認して解散となった。
……はずなのだが。
「……なして?」
夜空の下、彼女が一人呟いた疑問に答えてくれる人はいない。
勿論、ユカが単独で行動しているわけはなく、ちゃんと隣にはボディーガードとしての彼がいるのだが……。
「ケッカ見ろよ!! ほらあそこ、流れ星だぞ!!」
「飛行機やね……」
立ち上がって楽しそうに空を指差す政宗に、ユカは冷静に言い返して……ため息をついた。
ことの発端は、今から10分ほど前になる。
21時過ぎ、3人で博多駅まで戻ってきた。ここから政宗と統治でユカを百道浜まで送っていこうという話になっていたはずなのだが……。
「山本、佐藤、申し訳ないが……今から宮城へ電話をかけてきてもいいだろうか」
「あ、うんよかよ。あたし達はどこにおればよか?」
持っていたカバンからスマートフォンを取り出した統治に、ユカは首を傾げて問いかける。
すぐに終わるだろう、そう思っていた彼女を待っていたのは、予想外の言葉だった。
「秘匿性が高い内容になる可能性が高いから、一度ホテルに戻ってかけるつもりだ」
「あ……そ、そうなん? まぁ、それはしょうがなかね。ホテルって筑紫口の方やったよね?」
「ああ。往復も考えると30分はかかると思う。申し訳ないが、佐藤を引き取ってどこかで座って待っていて欲しいんだ」
「えー……」
次の瞬間、ユカの表情が目に見えて曇った。そして、隣に立ってぼけーっとしている政宗を見やり……ため息をつく。
彼は先程から2人の後ろをついてくるだけ。たまに何かを発見するとテンション高く気を引こうとするが……2人がスタスタと歩くので慌てて付いてきているようなものだ。
統治がいなくなって……自分一人で大丈夫だろうか。不安は募る。不安しかない。
ただ……こんな状態の彼を、大切な電話をする統治に任せるわけにもいかない。いないよりマシだろう、多分きっと。
「……了解。適当にスタバでも入って時間潰しとくけんが、こっちのことは気にせんでよかよ」
「すまない。佐藤、山本を頼んだぞ」
「へ? あー、うん、分かった分かった」
話をしっかり聞いていなかった政宗が、どこかぼんやりした表情で適当に頷いたから。
ユカと統治は顔を見合わせて……心の中で彼を罵ってから、平和な外面で一旦別れたのである。
そして……2人は今、JR博多シティの屋上に整備された屋上庭園・『つばめの杜ひろば』にあるベンチに並んで座っていた。
ここには休憩用のベンチや四季折々の花や木々が整備されており、旅の安全を祈願する鉄道神社もある。今の2人が座っている位置からは見えないけれど、屋上の端まで行けば高い位置から福岡の夜景や走る電車を一望出来ることもあり、この時間でもそれなりに多くの人で賑わっていた。
統治に自分たちの居場所をメールで伝えたユカは、隣で若干ふらついている政宗をジト目で見上げ……とりあえず苦情を申し立てる。
「明日、朝早いって分かっとるやろ? なしてそげん飲みすぎたとね」
今の彼は、明日の仕事を考えずに飲みすぎているとしか思えなかった。この状態にした瑠璃子にも色々思うところはあるが……彼女はどれだけ飲んでも酔わないので、政宗も「酔ったフリ」だと思っているのかもしれない。絶対違うと思うけれど。
ユカから酔いが覚めるようなジト目を向けられた政宗は、目を泳がせながら言い訳を口にした。
「いやぁ、俺と同じ名字の芋焼酎が美味すぎて……明日の仕事が終わったら鹿児島まで行きたい気分だな」
「一人で行ってこんね。新幹線ですぐやけんね」
「ハハ……無事に全部終わったら、な」
政宗は笑いながらそう言って、頭上に広がる夜空を見上げた。少し薄曇りの空は、街中ということもあって星は見えそうにない。
福岡の空を見上げたのは、これが初めてではないけれど。
果たして――隣にいる彼女は、その時のことを覚えているのだろうか。
「覚えてるか、ケッカ。福岡で一緒に星を見たこと」
どこか探るような政宗の問いかけに、ユカ静かに頷いた。
「そりゃあ……覚えとるよ。ベランダでね」
ユカもまた、迷いなく頷いた。
あの時のことは、流石に忘れられない。
――俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな。
こう言って笑ってくれた彼と、対等になった夜だから。
ユカは政宗の中に、あの時の面影を見たような気がした。そしてそのまま視線を上にずらした後……星が見えない夜空に向けて、一度、息を吐く。
薄曇りの空に……星は、見えない。
「今日は……星、見えんね」
「まぁ、街中で明かりも多いからな。雲もあるし」
「それで、あの時星を見たのがどげんしたと?」
「いや、ケッカが覚えててくれて良かった。その直前の……体調が悪かった時のことは、覚えてなかったからさ」
「あ……」
彼の言葉に、ユカは当時のことを改めて思い出す。
10年前の合宿時、具合を悪くしたユカを政宗が近くで看病してくれていたけれど。
ユカはどうして政宗が自分の近くにいるのか分からず、彼にひどいことを言ってしまったことがある。
あの時のことは事の顛末を聞いてすぐに謝罪したけれど……そう思うと、自分は忘れていることが多いのだということに思い至ってしまった。
同じようなことが……つい数ヶ月前にもあったから。
大切なことなのに。
思い出したいのに。
心が――何かが全力で『拒絶』しているような、強い抵抗を感じる。
「あたしって、自分が思っとる以上に政宗との思い出が多いのかもしれんね。忘れとることも……多いけど」
「ケッカ……」
自嘲気味に呟いたユカは、政宗の声を聞きながら、視線を目線の高さに戻す。
こみ上げるのは、自分への苛立ちと……悔しさだった。
「悔しいな。政宗は全部知っとるのに……あたしには絶対に何か欠けとる。いっつもそうやもんね、今年の6月のことも……ちゃんと、思い出したいのに」
そう言って視線を下に向けたユカを、政宗はしばらく見つめた後……膝の上で両手を握りしめた。
いつ、この事実を告げようか、悩んでいたけれど……きっと、こういうタイミングなんだと思うから。
――きっと、政宗がこの手紙を読んでいる時、あたしはもう『ケッカ』に戻っていると思うけど。
『ケッカ』もきっと、記おくがないことにとまどって、最初のあたしみたいにこまることがあると思うんだ。
だからもう一通、そんなあたしへも、手紙を残しておきます。
もしも、未来のあたしがこまっていたら、その手紙をわたしてください。政宗が読んじゃダメだからね!!
6月の彼女から、今を生きる彼女に宛てた手紙。
今、仙台の彼の私室に保存してあるそれが、何かのキッカケになるかもしれない。
「あの、さ……ケッカ、落ち着いて聞いて欲しいことがあるんだが……」
「政宗?」
突然改まった彼の言葉に、隣に座っているユカも思わず居住まいを正した。政宗はそんな彼女に向けて、単語を選びながら言葉を続ける。
「その……実は、6月のケッカから……ややこしいな、とにかく過去のユカから、今のユカに向けて書かれた手紙を預かってるんだ」
「えっ!?」
次の瞬間、ユカは政宗の方を向いて服を掴んだ。そしてそのまま真っ直ぐに彼を見据え、詳細を問いただす。
「手紙!? ど、どこにあると!? 今すぐ読めると!?」
「お、落ち着いてくれ。手紙は仙台の俺の部屋にある。この件が終わって、仙台に帰ったら……それを渡すから。それを読めば、何か思い出せるかもしれないぞ」
「そ、そうやね……手紙、手紙か……あたしからの、手紙……」
ユカは同じ言葉を何度となく口の中で繰り返すと、掴んでいた服から手を離して……ベンチに座り直した。
予想外だった。
過去の自分が、そんなことをしてくれていたなんて。
――今の自分は、彼女と同じ状況になった時、そこまで気が回せるだろうか。
手紙なんて自分は年賀状以外に書いた覚えがない。そこまでの気遣いが出来るだろうか……?
やっぱり――違う。
心に生まれた違和感が、ズレが、ユカの中で少しだけ大きくなる。
そして、彼女は彼をチラリと見上げた後……少しだけ、ほんの少しだけ悪意を添えて、意地悪な問いかけをした。
「政宗が好きな『山本結果』って、本当にあたしなん?」
「え?」
「いや、その……6月の『山本結果』は、写真を贔屓目に見ても可愛いって思ったし、そうやって手紙まで残してくれるくらい気遣いが出来て……普通、男の人が好きになるなら、そういうタイプなんじゃないかなって……」
彼らが――政宗や統治、聖人が、ユカが成長した事実を伏せていたのは、その時の彼女の方が人間として魅力的で、今の自分に……元に戻って、劣ってしまった自分に遠慮しているのではないか。
成長も出来ず、仙台では体調を崩してばかりで……心配ばかりかけて。
自分は結局、どこにいたって確固たる自信が持てない、そんな中途半端な状態のままなのだから。
そう言って黙り込んだユカを、政宗は静かに見下ろした。
そして……スッと立ち上がると、困惑する彼女を手招きする。
「ケッカ、ちょっとこっち」
「え? な、なして?」
「いいから。ほら、行くぞ」
政宗はそう言って彼女の右手を取ると、半ば強引に立ち上がらせて歩き出した。ユカは転ばないように何とか足を動かしつつ、彼に追いついて視線を上げる。
「ちょっ……政宗? 政宗ってば!!」
名前を呼んでも、彼は前を見て歩くだけ。ここでは何も語らないという答えを行動で示す彼に、ユカはただ歩いて付いていくことしか出来ない。
程なくして、福岡市を一望出来る展望テラスへ到着した。転落を防止しつつ景観を楽しめるよう、ステンレス製の手すりに強化ガラスがはめ込まれたものが周囲をぐるりと取り囲んでいる。ピラミッドのように段階的に高くなっているテラスやその周辺には、ベンチや飲み物を置く小さなテーブルが設置されており、既に何組かの先客がそれぞれの時間を過ごしていた。正直……この中に割って入るのは少し気恥ずかしい。
「政宗……どげんしたと?」
「ケッカはここからの夜景って見たことあるか?」
「え? あ、いや、博多駅にはこの時間、あんま来たことなかったけんが……」
「そっか。じゃあ、俺と同じだな」
どこか嬉しそうに語る彼は、人がいない手すりの前で立ち止まると、自分が握っていたユカの右手を、その手すりに添えた。
そして彼自身は彼女の後ろに立つと、彼の両手で手すりを掴む。風よけには丁度よいが、密着しすぎている気もした。要するに唐突に政宗と手すりの間に挟まれたユカは、何事かと思って背後にいる彼を見上げるしかない。
「ちょっ……政宗!? なんねいきなり!!」
「なんでこっち見るんだよ。前を見てくれ、前を。ほら」
彼はそう言って、どこまでも楽しそうに前を見つめるから。
気恥ずかしさをひとまず抑えて、ユカが視線を前に戻すと……目の前に広がっていたのは、眩い光の束。
福岡の夜を彩る明かりが、どこまでも遠くまで広がっていて……思わず、目眩がした。
視線の先には希望しかないと、前向きにそう思える力があるように感じる。
「綺麗やね……初めて見た」
「やっぱ、仙台とは全然違うな。仙台は割と近くに山があるから、高い場所から夜景を見ても光の範囲が狭かったりするんだよ。あ、でも、青葉城跡まで行けばいいのか……?」
一人で首をかしげる政宗は、無言で前を見ている彼女の頭上を見下ろして……肩をすくめた。
さっき、彼女に尋ねられた質問には、自信を持って答えられる。
6月に散々悩んで、彼女を傷つけて……やっと見つけた、そんな答えなのだから。
「さっきの質問だけど……『山本結果』って結局、今ここにいる1人だよな?」
「え? あ、まぁそれはそうなんやけど、そうじゃないっていうか……」
当たり前のように指摘され、ユカは思わず口ごもった。
彼の言っていることは正しい。正しいけれど……ユカはどうしても、6月の彼女と今の自分を同一視出来ないのだ。
記憶もなければ、姿形も違う。
そして、何よりも――詳細を口ごもって反論出来ないユカを見下ろし、政宗は終始楽しそうに、彼女の心配を笑い飛ばすのだ。
「そうじゃないわけないだろ? 『山本結果』は一人なんだ。姿が変わっても、記憶が一部あやふやでも……ユカはここにいる1人だけだ。仮に本当に2人になることがあったら、俺が嬉しいだけだぞ?」
「何それ……」
「まぁとにかく、俺が好きな『山本結果』は、ここにいる1人ってこと。質問の答えはこれでいいか?」
「っ!?」
そう言って、彼が少し意地悪に彼女を覗き込もうと腰を屈める。ユカは苦し紛れにわざと別の方向へ顔を背けつつ……手すりを強く握りしめた。
6月の彼女と、何よりも違うこと。
それは――彼に対する感情だと思っている。
6月の彼女のことは当然だが詳しくは覚えていないけれど、過去に一時的に思い出してしまった内容を考えると……どう考えても2人は両思いだ。悔しいけれどそこは認めるしかない。色々言いたいことはあるけれど認めるしかない。
だからこそ……今の彼の気持ちを素直に受け入れることが出来れば、足りないピースを補えるような、そんな気がしている。
――ユカがずっと、ムネリンからもらったSuicaを大事に使っとること、ガラケーの写真を機種変更しても持ち歩いとること、北の空を一緒に探したこと……全部知っとる。その時のユカは、誰のことを考えとった?
先程のセレナの言葉が、脳裏をかすめた。
彼女の言葉選びは、本当にズルい。そしてとても巧妙だ。
思い返すと、全部――政宗のことしか考えていなかったことに思い至ってしまうから。
「……無理ぃぃぃ……」
けれど、羞恥心が圧倒的に勝る今は……彼に対する反抗心しか出てこなくて。
恋愛感情が何なのか、どうすれば彼を統治やセレナ以上の『特別』に思えるのか、この現状を笑顔で受け入れられるのか……何も、何も分からない。
ユカは眼下に広がる夜景を見下ろしながら、統治からの連絡を心待ちにするのだった。
博多駅にある『つばめの杜ひろば(https://www.jrhakatacity.com/tsubame/)』は、駅での時間つぶしにピッタリです。冬は寒いですが、空気が澄んでいるので夜景も綺麗に見えるはず!! 勿論昼間も楽しいと思いますので、博多駅にお立ち寄りの際は、ユカ達が座ったベンチとか探してみてください!!(笑)
そして政宗、お前……ちゃんと言えるじゃないか!! 酔ってるから!!




