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エピソード3:お付き合いロジスティック④

 『福岡支局』を出てから約3時間後、時刻は20時を過ぎたところ。

 政宗は屋台のカウンターで、芋焼酎を飲んでいた。カウンターがコの字型になっている席の左端、政宗の左側には大きなガスボンベが置いてある。

 芋焼酎はこれまでにも何度となく自分で買って飲んできたけれど、彼が今手にしているのは、本場鹿児島の芋焼酎。自分と苗字が同じだと瑠璃子に薦められて選んでみたのだが、さつまいもの甘味がスッキリした飲み口を実現しており、マイルドな口当たりで非常に飲みやすく感じた。

「政宗君、それ、どげんー?」

「これ、飲みやすくてヤバいです……」

 自身のグラスをしげしげと見つめる政宗に、横並びで右隣に座っている瑠璃子が笑顔で「そうやろー?」と同意する。

「『佐藤』の芋焼酎は白と黒があって、政宗君が今飲んどるのは白。次は黒も頼んでみんね」

「マジですか。スイマセンお兄さん、次は『佐藤』の黒、お願いします」

 瑠璃子の提言を5秒で実現する政宗を、瑠璃子の隣に座っている一誠がジト目で見つめた。

「政宗君……そげんピッチ早くてよかとか? 明日の朝、そこそこ早かぞ?」

「大丈夫ですよ!! あ、ありがとうございます。あと、焼き鳥の豚バラ5本追加で」

 カウンターの向こうにいる店員からグラスに入った芋焼酎を枡ごと受け取った政宗は、手元のものの中身を空にして、いそいそと次に向かう。

 ここは福岡の屋台街・中洲。冷泉公園から始まる那珂川沿いのエリアには、電源や水道を完備した屋台街がひしめいていた。

 連休初日ということもあり、観光客らしき人々が行き交っている。政宗達3人が訪れた屋台も、10席程度のカウンターが既に満席。50代くらいの男性と20代くらいの男性の2名で、客から飛び交うオーダーを捌いていた。

 ここにいるのは3人だけ。ユカや統治、そして、先程合流したセレナの姿はない。

「ケッカ達も来れば良かったのに……福岡といえば屋台だよなー」

 どこか不満そうな表情で豚バラ串を手に取る政宗へ、瑠璃子が日本酒を飲みながら苦笑いを浮かべた。

「名杙君、『特級縁故』の試験で福岡に来てくれた時、屋台街で麻里子さんが大暴れする姿を目の当たりにしとるけんねぇ……あんま良い思い出がないのかもしれんね」

「そうなんですか?」

 瑠璃子の言葉に目を丸くした政宗は、先程、3人と分かれた時のことを思い返していた。

 政宗が「屋台いこーぜ!!」と何度も声をかけたが、統治は真顔でひたすら拒絶し続けたこと。

 これは単に、統治自身が興味がないいだけだと思っていたのだが……それだけではない、根深い理由があるのかもしれない。

「私と一誠はその時、北九州におったけん、直接関わったわけじゃないっちゃけど……そうそう、ここの屋台の店主・早坂さんは、環南ちゃんのお父さんなんよ」

「環南……って斎藤さんですか!? マジで!?」

 斎藤環南(さいとうかんな)……旧姓『早坂環南』は、かつて『福岡支局』に勤めていいた女性だ。今は結婚して、夫婦で『北九州支局』に務めている。

「そうなんよー。やけんが私達の事情もある程度知っとるし、お酒も料理も美味しいし……なーんか居心地がいいっちゃんねー」

 瑠璃子がそう言ってカウンター越しに店主の男性を見ると、そんな視線に気付いた彼が、瑠璃子の前に山芋の鉄板焼きを置いた。

「瑠璃ちゃんがこれが好いとるけんな。サービスしちゃる」

「ありがとうございますー。じゃあ、黒霧島をロックでー」

「相変わらず顔色を変えんでペースが早かとな……そっちの兄ちゃんもいい飲みっぷりじゃけん、豚バラ1本オマケしとるけんな」

 そう言って政宗の前に、焼き立ての豚バラ串が6本、皿にもられた状態で登場した。

 福岡といえば焼き鳥だが、一番人気と言っても過言ではないのが、一口サイズの豚バラ肉を串に刺して焼いたものだったりする。肉の間には玉ねぎが挟まっており、焼くことで甘みを増す。塩のみというシンプルな味付けに玉ねぎの甘味が絡み合って、食べ始めると止まらなくなるのだ。

 政宗も「ありがとうございます」と謝辞を述べ、自分用に2本確保した後、残り4本を瑠璃子と一誠の間に置いた。そして先程やってきた『佐藤(黒)』と一緒に、九州の味を満喫していると……瑠璃子が切り分けた山芋の鉄板焼を取皿にとりわけ、政宗の前へ置く。鰹節が踊る様を見た政宗は、目を輝かせて瑠璃子を見つめた。

「これ!! マジで美味しいんですよね。もっと流行ればいいのに」

 福岡の居酒屋で定番メニューになっている、山芋の鉄板焼。すりおろした山芋に玉子と出汁を混ぜて、お好み焼きのように丸く成形して焼いたものだ。上に鰹節と刻み海苔がのっており、端についた焦げ目が香ばしさを演出している。

 熱さと戦いながら口に頬張る彼を見た瑠璃子が、酒を半分ほど飲んだところで本題を切り出した。

「ところで政宗くーん、ユカちゃんと何があったとー?」

「げふっ!?」

 この問いかけに、政宗は口の中でむせた後、慌てて水を飲んで大きく息を吐いた。

 瑠璃子の隣にいる一誠が、ズケズケと聞いていく彼女へジト目を向けながら豚バラを咀嚼しているが、そんなことで自分の発言を撤回するような瑠璃子ではないのだ。

 政宗はしばし無言で目を泳がせ、自分をニコニコと見つめている瑠璃子を横目で見た後……もう一度呼吸を整えて、苦笑いを浮かべる。

「何かあったようで……実は特に何もない、ですね」

(なん)それ、どういうこと?」

「いや、その……どさくさに紛れて告白はしたんですけど、ぶっちゃけ、今はそれどころじゃないというか……彼女を守ることに集中しないと、また、後悔する気がして……」

 政宗は手元の水をもう一口飲むと、その手で豚バラ串を持ち上げて……口元に笑みを浮かべた。

「……だから今は、明日をしっかり終わらせて、仙台にケッカを連れて帰ることだけを考えます。俺との関係はその後、改めて考えてもらって……彼女が出した結論を尊重するつもりです」

「なるほど……政宗君も大人になったんやねー」

 瑠璃子はウンウンと頷きながら、手元のグラスの中身を空にした。そして、「早坂さーん、『産山村』お願いしますー」と、熊本の純米吟醸をオーダーした後、山芋の鉄板焼を自分の取皿に取りながら……苦笑いを浮かべる。

「うーん、でもユカちゃん、この件が終わっても仙台に帰れるやかねぇ……」

「ど、どういうことですか……?」

「政宗君には言っとかんといかんよねー。実は……」

 瑠璃子が続けた言葉を、政宗は真顔で聞いた後……「マジですか……!!」という言葉と共に、カウンターに突っ伏した。


 一方その頃、屋台街からほど近い場所にある商業施設・『キャナルシティ博多』内のジェラートショップにて。

 ユカ、統治、セレナの3人は、食後のデザートとコーヒーで寛いでいた。

「トーチ君、ムネリンたちと一緒じゃなくてよかったと?」

 ユカと2人並んで座っているセレナが、マンゴージェラートを口に運びながら、正面に座っている統治を見つめる。そんな彼女の問いかけに、統治は抹茶ジェラートを飲み込んでから真顔で返答した。

「屋台にはあまり良い思い出がないんだ。屋台文化は否定しないし、屋台そのものに罪がないことも理解しているんだが……」

「あー……そういえばそうやったねぇ……」

 統治の答えを聞いたセレナが事情を察し、苦笑いでそれ以上の言及を諦める。

 数年前、統治が『特級縁故』の試験のために来福し、そこで初めてセレナと出会った。当時、政宗は大学のゼミが忙しく、統治一人での受験となったのだが……屋台街に居着いていた『遺痕』と、彼らを集めていた存在を、最終的には麻里子が文字通り粛清(半殺しに)したのだ。


 ――気が済んだけん、名杙は合格たい。


 あの時の合格発表ほど腑に落ちなかった出来事はない。その後に受けた最上位資格・『統括縁故』の試験は、政宗と共にしっかり合格したので、実力が足りなかったことはないと思いたいが……。

「俺はあの時……本当に合格していたのだろうか……」

「だ、大丈夫だよトーチ君!! その後にムネリンと『統括縁故』には一発合格したやんね!! ね、ユカ?」

「へっ!? あ、あぁ……えっと……」

 急に話を振られたユカは、持っていたスプーンをチョコレートジェラートへ盛大に突き立てた。そして、慌てて周囲を見渡して……きまりが悪そうにセレナを見つめる。

「ごめん、レナ。何の話やったっけ……」

「もー、ユカ、ちゃんと聞いとってよね。ユカがムネリンに告白された話やろ?」

「そうそうあたしが政宗に……って、えぇっ!? なして知っとると!?」

 刹那、ユカは己の失言を盛大に悟る。とはいえ、察しの良いセレナにいつまでも隠せるとは思っていないし、正直、話を聞いて欲しい気持ちの方が強いのだ。

「……レナには敵わんね」

「ユカは分かりやすいけんね。食事中も2人はいっちょん目ば合わせとらんかったし」

 こう言ってセレナはマンゴージェラートを自分のスプーンで一口すくうと、それをユカの口の前に持っていった。

「こっちも美味しかよ。食べる?」

「ん」

 ユカは静かに口を開けて、マンゴージェラートを口の中に招き入れた。マンゴーの濃厚な甘みが広がり、冷たさに少しだけ頭が冴える。

 静かに嚥下した後、ホットカフェラテを一口飲んだユカは……カップから口を離して、ため息を付いた。

「あたし……政宗の気持ち、本当に知らんかった。今日、直接聞いて、大事に思ってもらえてることも分かって、嬉しいはずなんやけど……」

「ユカは今、何を不安に思っとると」

「不安っていうか……戸惑っとる、っていうのが本音かもしれん。10年知り合いやっとって、確かにずっと離れとったけど、音信不通やったわけじゃない。政宗はその間、あたしのことを思ってくれとって……でも、あたしは……今も、その……特に、そうでも、なくて……」

「ユカ……」

「政宗のこと、今、嫌いかって言われたら違うって言えるけど……それって恋人とか、そげなことじゃなくて、統治やレナと同じレベルな気がするっちゃけど、でも……まだ(なん)か、忘れとる気がするとよ……。頭の中ぐちゃぐちゃで、分からん……」

 ユカはどこか疲れた表情で首を横に振ると、溶け始めたジェラートにスプーンを入れて食べ始める。

 セレナはそんな彼女の横顔を見つめながら……ユカの見えない位置で零れ落ちそうになっていたジェラードを、自分のスプーンですくった。そしてそれを口に入れて飲み込んだ後、自分の分も食べながら……口を開く。

「私は、ムネリンがユカを好きなことは知っとったよ。熊本で一緒に仕事した時……ムネリンと私が2人で星を見に行ったこと、覚えとる?」

「う、うん。あたしは行かんかったけど……」

「そこはね、満天の星空の下なんよ。他にもカップルがおって、その時は寒かったけんが、ムネリンは自分のコートを私に貸してくれて、2人で星を見て……それで、なんて言ったと思う?」

 思い出して苦笑いを浮かべたセレナは、困惑しているユカを見つめて……口元に笑みを浮かべる。

「ムネリン、私にこう言ったんよ。『これからもケッカのこと、宜しくね』って。私がどれだけ隣におっても、ムネリンが考えてるのはユカのことばっかりだって……よく分かったんだ」

「そげなことが……」

「ちょっとだけ悔しかったよ。でも……私が、ユカのことも知っとる。やけんが……しょうがないなって、諦めることも出来た」

「あたしの……」

「ユカがずっと、ムネリンからもらったSuicaを大事に使っとること、ガラケーの写真を機種変更しても持ち歩いとること、北の空を一緒に探したこと……全部知っとる。その時のユカは、誰のことを考えとった?」

「あたし、は……」

「勿論、トーチ君のことは忘れとらんと思う。けど……トーチ君とムネリンのことを一緒に考えた時間はあっても、トーチ君だけを考えた時間って、ムネリンだけを考えた時間よりも短いんじゃないかなって……私は思っとるよ」

 セレナはこう言って、自身のジェラードを食べきった。そして、淡々と自分の分を食べ終えた統治を見つめ、頬杖をついて問いかける。

「トーチ君はどげん? 仙台でのムネリンの10年、ずっと見てきたやろ?」

「……そうだな」

 統治はコーヒーを飲んで一息つくと、何かを知りたいと自分を見ているユカに気付き……苦笑いを浮かべた。

「10年間思い続けた結果が、『仙台支局』と今回の行動だ。佐藤は山本を追って福岡に来た、これだけでは足りないか?」

「それは……」

「この半年で状況が変わっているし、無理に今すぐ結論を出す必要はないと思っている。明日のこともあるからな。ただ……佐藤を奮い立たせたのは、佐藤を生かしたのは山本だ。それだけは疑わないでやって欲しい」

「……」

 統治の言葉に、ユカは無言でジェラードを食べる。

 口の中に残らない、絶妙な甘さのチョコレートは、すぐに溶けて消えてしまった。

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