エピソード3:お付き合いロジスティック③
生者とも死者とも繋がっている『遺痕』。
一応『縁切り』の許可はおりたけれど……少しだけ、作戦を組み替える必要がありそうだ。
その後、5人は外で夕食を食べながら話すことにして……その場へ、セレナも呼ぶことになった。
「瑠璃子さん、一誠さん……よかとですか?」
どこか不安そうなユカに、瑠璃子が笑顔で「大丈夫」と頷いてみせる。
ユカはセレナを呼ぶことで、彼女の身に危険がないかどうかを心配しているのだが……ユカと物理的に離してから1周間は経過しているし、『遺痕』はもう午前中に暴れているので大丈夫だろう、というのが、一誠と瑠璃子の見解だった。
「セレナちゃんもユカちゃんのことは心配しとったし、明日は事務所の電話番をお願いしようと思っとったんよ。それに、一度『彼女』と対面しとるけん、何か気付いたことがあるかもしれん。勿論、何かあったら全員で何とかするけんが……一誠、よかやろ?」
「ああ。橋下ちゃんも大分回復しとるみたいやけんが大丈夫だと思う。俺が連絡しとくけんが、瑠璃子はどっかの個室ば抑えてくれるか?」
「りょーかーい。クーポン券もあるし、中洲川端のあそこでモツ鍋でも食べようかねー」
一誠の言葉に頷いた瑠璃子が、スマートフォンを操作してどこかへ電話をかけ始めた。一誠もまた、セレナへ連絡を取るために席を外す。阿吽の呼吸、完璧な役割分担を目の当たりにした3人は……丸くした目を見合わせて、2人の作業が終わるのを待つことしか出来ない。
そして15分後……福岡支局に施錠をして、5人は地下鉄で移動するために歩き始めた。
意識して最後尾を歩くユカは、軽く一度だけ振り返って……静かになった福岡支局の建物を眺める。
福岡の郊外にある雑居ビル。前まではここに通うのが『当たり前』で、『新鮮味は特にない、見慣れた風景』だったけれど……今は、建物も、駅までの道も、全て懐かしく感じてしまう。
それだけ自分は、仙台での時間を過ごしてきたということだ。
そしてきっと……少なくとも、もうしばらくは。
「……次は良い報告が出来るよう、頑張ってくるけんね」
独り呟いたユカは、前を向いて少しだけ歩幅を早め……4人に追いつき、そのまま歩き続けた。
中洲川端は、天神と博多の間にある地域だ。都心部として開発が進む一方、博多の昔ながらの文化を支える地域でもある。
博多祇園山笠で有名な櫛田神社や商店街、商業施設『キャナルシティ博多』や、川沿いに並ぶ屋台街もある。魅力的な飲食店も多く、新進気鋭の店から地元に根づいた老舗まで、様々な店舗が軒を連ねている。
5人は地下鉄とバスを使って、キャナルシティ博多の近くにある中洲二丁目に移動した後、その一角にある鍋料理専門店の暖簾をくぐる。顔なじみなのか、瑠璃子が入った瞬間に和装の女性店員が「いつもありがとうございます」と、笑顔で出迎えてくれた。そして、5人を店の奥にある個室へと案内した後、扉を閉じて足音が遠ざかっていく。要するに『福岡支局』に対して協力的だということがすぐに分かった。
掘りごたつになっているテーブルには、3人ずつ横並びで箸と取皿が用意されている。男女に別れてそれぞれが腰を下ろすと、政宗の正面に座っている瑠璃子が、笑顔でドリンクメニューを差し出した。
「政宗君、ここは地酒も充実しとるよー」
「マジですか!!」
刹那、政宗の隣に座っている統治と、瑠璃子の隣に座っているユカが同時に彼を睨んだ。その視線を感じた政宗は、反論をしようと口を開きかけて……2人からのあまりにも冷たい瞳に耐えられず、戦意を喪失していく。
「瑠璃子さん……と、とりあえずビールで」
「ハイハイ。じゃあみんなも、飲み物決めちゃってねー」
降参してドリンクメニューを統治へ渡す政宗に、瑠璃子が笑顔で頷いた次の瞬間……足音が再びコチラへ近づいてくる。そして――
「――お疲れ様ですっ!!」
扉を開いた橋下セレナが、よく通る声と共に合流した。
彼女の声を背中で聞いたユカが、ビクリと両肩を震わせて……恐る恐る彼女を見上げる。
「レナ……」
「ユカ……!!」
ユカの姿を見つけたセレナは扉を閉めながら、嬉しさの滲む声で彼女の名前を呼んだ。そしてユカの隣に腰を下ろすと、満面の笑みで彼女を見つめる。
「ユカ、大丈夫やった? どこも悪くなか?」
セレナの方が怪我をしているのに、しかもそれは、自分のせいなのに。
どうして彼女は真っ先にコチラの心配をしてくるのだろうか。
初めて会った時から、そうだった。
――ユカちゃん、大丈夫やった!?
初めてセレナと会い、彼女の前で『遺痕』に対応した時。ユカとしてはごく当たり前に指で切って仕事を終わらせたところで……セレナは真っ先に、ユカを心配してくれた。「いつものことだ」と言っても「そげなことなかよ!!」と熱くなるくらい……本気で。
「それ……レナにそっくりそのまま返してもよか?」
手の包帯を指差して言うユカの言葉に、セレナは思わず目を丸くした後……頬を緩めて口を開く。
「それもそうやね。よーしっ、今日はユカに介抱してもらおうっと」
そう言って楽しそうに笑う彼女につられて、ユカも思わず口角があがる。
そんな二人の前へ、瑠璃子が笑顔でドリンクメニューを差し出した。
「セレナちゃんとユカちゃんも、飲み物決めて教えてねー。今日は一誠のおごりやけん、気にせんでよかよー」
「俺かよ!!」
テーブルの向こう側で、一誠が目を見開いた。そして全員で笑い合う、この空気感が……とにかく居心地が良い。
ユカはセレナと2人でドリンクメニューを眺めつつ、今は少しだけ心を緩めて……この時間を楽しもうと決めた。
福岡の鍋料理といえば、水炊きとモツ鍋の2強だ。
水炊きは、鶏ガラでとったスープに野菜や鶏団子などを入れて鍋で煮立たせ、具材をポン酢などのタレにつけて食べる料理だ。優しい中にしっかりと潜んでいる深みのある味わいで、高い人気を獲得している。豚骨ラーメンは癖が強いので人を選びがちだが、水炊きはそういったことが少ない印象だ。各店舗ごとにスープやタレの味が変わってくるので、色々と食べ比べるのも楽しい。
一方のモツ鍋は、ホルモンが主役の鍋料理だ。ニラともつをアルミ鍋で炊き、醤油をつけて食べたのが発祥と言われている郷土料理で、今ではガツンとパンチがある味わいのものも多い。
個人ではなかなか下処理が難しく、後片付けも大変になるので、美味しいお店を探して外で食べるのがおすすめ。今回やって来たのも、モツ鍋が有名なお店だ。
飲み物が届き、料理を待つ間……ユカが一誠を見つめ、先程気になったことを問いかける。
「一誠さん、先程、『生前調書』を見せてもらって……分からないことがあります。聞いていいですか?」
「よかよ。とはいえ……俺に分かる範囲なら、やけどな」
「その……先月、お父さんは事故で亡くなってます。にも関わらず、『関係縁』が繋がったまま。お母さんの『関係縁』が2本残っとるのは、今日の時点で政宗や統治も確認してます。どういうことだと思いますか?」
刹那、ユカの口から「お母さん」という言葉を聞いたセレナが、先日、自分が相対した『遺痕』がどんな人物だったのかを悟り、小さく息を吐いた。
一誠はそんなセレナを横目で見つつ……「現時点での仮説なんやけどな」と前置きしてから、口を開く。
「山本ちゃんの実の父親……緒方真悟さんは、多分、どこかで『痕』になっとるやろうな。通常なら、生きてる人間との『関係縁』が残って残留するけれど、彼の場合は死んだ奥さんとの『関係縁』が残ってしまった。だから……死んでも死にきれん」
「そげなこと……あるんですか?」
「例えば、鷹さんみたいな『親痕』は、本人の死後に俺たちと『関係縁』を結んどる。それが出来るのは、名雲の干渉や、俺達自身に『縁故』能力があるからやろうけど……突然変異みたいな形で、死後も『関係縁』が残り続けとる可能性は否定できん。生前に『夫婦』って強い繋がりがあったのだとすれば、尚更な」
名雲にも名杙にも、『親痕』という立場で存在を許されている人々(?)がいる。
『痕』に残った『縁』を切るのが『縁故』の役割だが、ごくたまに、『縁故』に協力的な『痕』もいるため、そういう彼らのことを『良縁協会』は『親痕』という名目で登録しているのだ。
彼らに残る『縁』を切らずにある程度の自由を与える見返りとして、『痕』の愚痴聞き役になってもらったり、不穏な動きをする『痕』がいれば知らせるように約束している。
福岡支局の『親痕』は、『鷹さん』と呼ばれている野球好きの初老の男性。そして、仙台支局の『親痕』は、『分町ママ』と呼ばれているお酒好きの中年女性だ。
要するに……どれだけ考えても、今は正解が分からないのだ。なんせ今の所誰も、『緒方真悟』を見ていないのだから。
一誠はお通しでやって来たポテトサラダをつまみつつ、頭を振って結論を出す。
「多分、頭でゴチャゴチャ考えても正解にはたどり着けんけんが……彼を探して『縁』を切る、これに徹するべきやろうな」
その答えに、ユカは躊躇いなく同意した。
「そうですね。お父さんが『痕』になっているとして……場所に心当たりはありますか?」
「多くの『遺痕』は、生前の自分が住んでいた場所や、思い出がある場所の周辺におることが多い。しかし今回は、『遺痕』として報告が上がっとるわけじゃなかけんが……候補をいくつか回ってみるしかないな」
「その……あたしの『関係縁』、何かに使えませんか?」
ユカはこう言って、自分の右手を出した。しかし一誠は……首を横に振る。
「あのな、山本ちゃん……君とお父さんとの『関係縁』は、もう切れとる。多分、彼が亡くなった時に……」
「あ……」
一誠から告げられた事実に、ユカは軽く目を見開くと……机上に出した右手を引っ込めて、ため息をついた。
親が死んでいることにすら、気付かなかった。
それだけ自分は彼らに関心がなかったし……逆もまた然りだったということだ。
少し落ち込んだユカの肩に、セレナが優しく触れた。その様子を見た一誠は、場の空気を戻すために自分から口を開く。
「やけんが……明日の朝、俺と瑠璃子が一足先に動いて、真悟さんを発見次第、残っとる『関係縁』を切っておこうと思う。そうすれば山本ちゃんも目の前の『縁切り』に集中出来るし、政宗君は山本ちゃんのフォローに徹することが出来るけんな」
一誠がこう言って瑠璃子を見ると、彼女が笑顔で一度だけ頷いた。いつの間にこんな打ち合わせをしていたのだろうか……ユカは驚いた表情で彼らを見つめることしか出来ない。
「一誠さん……」
「俺たちに出来ることで、しっかり支えんと。10年前に何も出来んかった分、今回は俺達の意思で動かせてもらうけんな」
彼はこう言ってユカを見た後、机を挟んだ向かい側でビールを飲んでいる瑠璃子へと改めて視線を向けた。彼女もまた、ジョッキを机の上に置くと……ユカ達の方へ視線を向けて、眼鏡の奥にある目を細め、自分自身へ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ユカちゃん達だけに頑張らせるわけにはいかんけんねー。それに……私と一誠も出来るってことをここで証明しとかんと、私達も、あの日から本当の意味で前に進めん気がする」
「瑠璃子さん……」
「要するにこれは、私達のけじめでもあると。やけんが……そっちは任せたけんねー」
この言葉に、3人がそれぞれ頷いた時、店の店主がモツ鍋セットを持って個室に入ってきた。そして、慣れた手付きで6人分の鍋料理をセッティングすると、瑠璃子と政宗が空にしたジョッキを持って退室する。
「瑠璃子……ペース早すぎんか?」
「腹が減っては戦は出来ぬって言うけんねー」
「いや、まだ何も食べてな……」
一誠のジト目を無視して、瑠璃子は全員分の取皿を配布していく。そんな彼女に一誠は苦笑いでため息をつくと、沸騰しそうになった鍋の火加減を調整した。
「これが……福岡の、モツ鍋か……」
目の前にあるそれを見下ろし、統治が静かに呟いた。
一人分の取皿に配膳されたのは、濁りのあるスープに浮かんでいるモツとニラ、そしてニンニク。後々しっかり口の中をケアをしておかないと大変なことになりそうな組み合わせである。
物珍しげに見下ろす統治を横から政宗が覗き込み、不思議そうな表情と共に、自分の近くにあったビールジョッキを手にとった。
「統治、食べたことなかったか? ビールとの相性が抜群だぞ。ほら、俺なんてもう2杯目だし」
「佐藤は何でもそう思うだろうが……」
一切悪びれない政宗にジト目を向けつつ、統治は正しい箸使いでモツを1つ持ち上げると、息を吹きかけて熱を飛ばしながら、口の中に入れた。
奥歯でも一度では押しつぶせない弾力と共に、肉に絡みついたスープが口の中に広がる。旨味成分が凝縮されているスープには、もう一度食べたくなるような癖になる後味。念入りにモツを口の中で噛み砕いてから飲み込んだ統治は……近くにあった水を飲んで、口に残った熱を落ち着かせる。
そして、取皿に残ったスープをマジマジと見つめながら……1人で唸っていた。
「……実に濃厚な後味だ。動物性の味を引き出しつつ、臭みを上手く抑えている……このモツの下処理といい、これらを自宅で再現するのは、非常に難しいだろうな……」
「なんで再現すること前提で食べてるんだよ……」
今度は政宗が統治へツッコミを入れつつ……彼ならばいずれやってくれるのではないか、そんな期待を抱きながら、次なる日本酒を探してメニューを手に取るのだった。
モツ鍋は……自宅で食べるよりお店がいいと思います。後処理がすっっごく脂ギッシュです……。




