エピソード3:お付き合いロジスティック②
その後、政宗が通話したまま室内を徘徊した後、麻里子に呼び出しを食らって福岡支局を出ていってから……4時間後。
彼がゲッソリした様相で福岡支局に戻ってきた時、時刻は17時を過ぎていた。
「ぶ、無事に許可を……とって、きま、し、た……」
そう言ってソファに座り込んだ政宗に、瑠璃子が笑顔で冷たいお茶を出して労をねぎらう。彼はそれを一口飲んで息を吐いた後……机の上に福岡銘菓を山盛りにして休憩していた2名にジト目を向けた。
「ケッカ、統治……それは何だ?」
「お菓子。」
「見れば分かる。筑紫もちをくれ。俺は今甘いものを欲しているんだ」
昨日食べ損ねた銘菓が、目の前にある。自分で取ることを放棄してユカと統治を見る政宗へと、代表してユカが一番上にある煎餅を差し出した。
「はい、めんべい。美味しかよー」
「明太子の煎餅じゃねぇか!! それも美味いけど筑紫もち!! 今の俺は昨日食べそこねた筑紫もちがいいんだ!!」
『めんべい』は、『味のめんたい福太郎』で有名な『山口油屋福太郎』が製造している、大ヒットおみやだ。明太子の味がしっかりついているお煎餅が、手土産で食べた人などからの口コミで広まっていき、今では『ねぎ』や『玉ねぎ』などの別味や、ご当地オリジナルの味なども販売されている。
要するに、今の彼が欲している、甘い筑紫もちとは対象的な味だ。
ユカは駄々をこねる彼をジト目で見やり、呆れ顔で言葉を続ける。
「政宗はワガママやねぇ……統治、筑紫もちげなよ。希望通り渡してあげればよかっちゃなかと?」
「山本が請け負った仕事だ。完遂してくれ」
「えぇー……せからしかー」
「どっちでもいいから!! 一人で仕事してきた俺を盛大に甘やかしてくれよ!!」
その後、渋々探しだしたユカの手から筑紫もちをもぎ取った政宗が、遅いおやつを食べていると……孝高が立ち上がり、脇の棚に置いていたビジネスバッグを持った。
「……俺は先に失礼する。徳永、いつも通りにメールで報告を」
「分かりましたー。孝高さんも頑張ってくださいねー」
瑠璃子がヒラヒラと手を振って見送る中、孝高は静かに部屋を出ていった。彼女が使った言葉が気になったユカが、首を傾げて問いかける。
「瑠璃子さん、孝高さんに『頑張って』って……どういうことですか?」
今日はもう、仕事が終わったのではないだろうか。そんなユカへ、瑠璃子は笑顔で事情を説明する。
「孝高さん、今から接待飲み会なんよー。ほら、明日、大濠公園ば使わせてもらうやろ? あそこは公的な場所やけんが、使用に関するお礼とか……後は、既に施しとる術式が何も知らん人に破壊されんよう、公園内の一部が立ち入りが規制されとるはずやけんねー。麻里子さんと一緒に、管轄してる偉い人をおもてなしせんといかんってことやねー」
「そうなんですか……」
瑠璃子の口ぶりや孝高の態度から察するに、この接待は今回が初めてではない。むしろ、よく行われているのだろう。
ユカが内心「大人は大変やねぇ……」とどこか他人事のように思っていると、瑠璃子が立ち上がって「ちょっと資料とか取ってくるけんねー」と言い残し、部屋を出ていった。
それから数分後、糖分を摂取して一息ついた政宗を見つめたユカは、彼の戦績を確認することにした。
「それで政宗、麻里子様との話はどげんなったと?」
政宗は口についたきな粉をティッシュで拭きながら、「あぁ、それは……」と、話し合いの結果を共有することにした。
「明日の午前中……11時30分くらいまでにケリをつければいいって言われたよ。既に大濠公園の一部は、さっき瑠璃子さんが言ったように規制されている。後は俺たちがそこに、『遺痕』を呼び込めば良いんだ」
「そこに呼び込む……」
ユカは彼の言葉を繰り返して……顔をしかめた。
『遺痕』を特定の場所へ呼び出す、と、言っても、彼らは『よほどの理由』がない限り、同じ場所に居座ることはない。それこそ、その土地との『地縁』が残っていればいいのだが、今の彼女にそれはなかった。現に今も、彼女は徘徊を続けている。
福岡市の一定区域からは出ないと思うが……その『一定区域』からピンポイントで『大濠公園のとある場所』へおびき出すのは、至難の業だ。それを分かっているからこそ、孝高もあえてそこには突っ込まずに、ユカ達がどうするつもりなのかを見定めるつもりなのだろう。
「……具体的にどげんしようか」
「まぁ、そこなんだよ……罠か餌でもあればいいんだけどな」
政宗がそう言って苦笑いを浮かべた。統治もまた、その方法を模索している様子で……顎に手を当てて、一人、考え込んでいる。一誠が口を出さないところを見ると彼にも具体的な策はないし、そもそも口を出す立場にないと思っているのだろう。
そんな中、ユカには1つ……試してみたいことがあった。
成功するかどうか分からないし、リスクの方が圧倒的に高い。
けれど――もしかしたら最高の餌付けになるかもしれない、そんな予感がする作戦。
「あのさ、政宗……例えば、やけど、あたしが帽子を脱いで公園内におったら、何か変わらんかな」
「ケッカ!?」
ユカの言葉に政宗が大声を出し、他の2人が驚いた表情で彼女を見た。全員の注目を集めているユカは、彼らが言いたいことを察して……少しだけ、嬉しくなる。
この場には、自分のことを心配してくれる人がこんなにいるんだ、と、素直に受け取ることが出来たから。
自分が無謀なことを言っているのは分かっている。こんな捨て身の作戦、仮にユカが提案される側だったら、「バカを言うな」と真顔で詰め寄りたくなるだろう。
ただし、これも全て……過去の彼のせいなのだということを悟って、諦めてもらう予定だ。
穏やかな表情で反応を待つユカに、我に返った政宗が顔をしかめて首を横に振った。
「ケッカ、いくら何でもそれはリスクが高すぎる。そもそもケッカは『縁切り』のことだけを考えて欲しいし……第一、福岡の『遺痕』は彼女だけじゃないかもしれないんだぞ?」
「でも、あの人が探しとるのは……あたしなんよ。それこそ、帽子で色々隠さんでもバレるくらいに恨みを買っとるけど、もしも……もしも帽子がない状態であたしが外におったら更に気付きやすくなって、他の人には目もくれずに突進してくるんじゃなかろうか、って」
「それはまぁ、そうかもしれないけどな……」
説得している政宗自身も、『彼女』を呼び寄せる可能性が高いことは理解していた。
けれど……もしも、もしも失敗したら、今度こそユカは終わりだ。だからこそ、慎重になりたい。
そんな彼の思いとは裏腹に、ユカは晴れやかな表情で言葉を続けた。
「可能性がありそうなことは、片っ端から試してみたいんよ。あたし達には時間がないっちゃけんね。それに……」
ユカは一度言葉を切ると、政宗と統治を見つめ……口元に笑みを浮かべた。
「もう何も、心配せんでよかっちゃろ? だったら……やってみよう。あたし達の底力、麻里子様に見せつけて帰らんといかんけんね」
「ケッカ……」
――今度こそ、3人で乗り切るんだ。俺たちの底力、麻里子様に見せつけてやろうぜ!!
自分が4月に言った言葉を返されると……過去に無茶をゴリ押ししたことも思い出して、あまり強く言えなくなってしまう。とはいえ、いざ自分がかつてのユカ達と同じ立場になってみると、こうも不安なのかということが改めて分かった。
なかなか表踏ん切りをつけられない政宗は、隣に座っている統治を見た。彼もまた、自分と同じく迷っている様子で……目を合わせても結論が出ない。
そんな2人を見ていた一誠が、足を組み替えた後……静かに口を開いた。
「俺や瑠璃子……いや、福岡支局全員で3人をバックアップする。公園や周辺に待機して、何かあればすぐに対応するけん、不測の事態は起こらんし起こさせんよ。後は……3人の作戦が成功するかどうか、だけだ」
「一誠さん、ですが……」
次の瞬間、扉が開いて瑠璃子が戻ってきた。そして、手に持っていたA4サイズのファイルを机の上に置くと、一誠の隣に腰を下ろしてお茶をすする。
「瑠璃子、そっちはどげんなっとる?」
一誠の言葉に、瑠璃子はカップから口を離して頷いた。
「うん、大丈夫やったし、むしろ張り切っとったねー。明日の朝9時半には博多に着けるやろうって」
「流石だな。いや、これも……政宗君たちの行動の結果か」
一誠は口元に笑みを浮かべると、何のことか分かっていない3人へ、朗報を告げる。
「明日の朝、熊本支局からも応援に来てくれることになった」
「く、熊本から……ですか?」
「あぁ。政宗君が前に、仙台から熊本まで駆けつけて来てくれたことがあったやろ? 山本ちゃんや橋本ちゃんと一緒に仕事をした一件だ。あの時の恩を返したいそうだ」
この言葉に、政宗とユカは思わず顔を見合わせた。
確かに……今から3年ほど前、福岡と熊本からのヘルプ要請を受けた政宗が、ユカやセレナと共に熊本の温泉地で仕事をしたことがある。
政宗にしてみれば、これは福岡の代理で行った事案だし、その後、福岡で盛大におもてなしされて意気揚々と帰宅したので、相手が恩義を感じているとは思いもしなかったのだ。
驚きを隠せない政宗を、瑠璃子が笑顔で見つめた。そして……優しく声をかける。
「ユカちゃんが『縁故』として成長して、統治君が仙台を守ってくれんかったら、政宗君はあの時、九州の仕事が出来んかったかもしれんし……全部、政宗君達が積み重ねてきた結果やね」
「っ……!!」
瑠璃子の言葉に、政宗は無言になり……膝の上で両手を握りしめた。
そんな彼の横顔を見ながら、統治は一人、『仙台支局』で感じたことを思い出す。
――俺達がやってきたことは、何も無駄じゃなかった。俺達が信じたことは全て……結果に繋がっていたんだな。
ならばきっと、これからの自分たちの行動も、結果へ繋がっていくはずだ。
統治は一人、静かに呼吸を整えると……隣に座っている政宗と、彼の向こうにいるユカを見やる。
そして……。
「俺は……山本の作戦を支持する」
彼が意思表示をした次の瞬間、ユカがどこか意外そうな眼差しで彼を見た。
「統治……本当によかと?」
「どうして山本が驚いているんだ? 他に策がないことも理由の1つだが……それくらい突拍子もないことをしなければ、突破口は開けないかもしれない。要するに……」
彼は一度言葉を切ると、口元に笑みを浮かべる。
そして……かつて、彼女が口に出した言葉を、そのまま返すことにした。
「要するに、さっさと終わらせて戻ればいいだけの話だ」
それは4月、仙台支局でユカが口にした言葉だった。
――要するに、さっさと終わらせて戻ればいいだけの話やろ? あたし達の目的は心愛ちゃんを取り戻して、桂樹さんと片倉さんの2人を止める、それだけの話やけんが……うん、問題なかよ。
政宗の奇策に対して苦言を呈した統治に、ユカが言い放った無責任とも思える一言。
ただ、この言葉があったから……肩肘に余計な力を入れることなく、目的に集中出来たような気がしている。
そう、自分たちが冷静に全てを終わらせれば――何の問題もないのだから。
統治の言葉に聞き覚えがあった政宗は、思わず吹き出して肩をすくめる。
そして……一誠と瑠璃子を見据え、背筋を正して口を開いた。
「俺たちで『遺痕』をおびき寄せて、確実に仕留めます。そのためのバックアップをお願い出来ますか?」
その言葉に、一誠が力強く頷いた。
「了解。そもそもここは……福岡支局の管轄内やけんな。こちらこそ、宜しく頼む」
こう言って右手を出した一誠と、しっかり握手を交わして。
3人はそれぞれに顔を見合わせると……心の中で、握った拳を突き合わせた。
その後、瑠璃子が持ってきた『生前調書』を全員で確認することになった。
「ちょっと時間がかかったっちゃけど、やっと書類がある程度出来て許可がおりたんよー。ただ……厄介なことも分かったけんが、これを見た上で明日のことを詰めていこうかねー。にしても……孝高さんもコレ知っとったけんがあげん素直に応じたっちゃろうなー」
そう言って苦笑いを浮かべる瑠璃子から書類を受け取ったユカは、怪訝そうな顔で彼女を見返す。
「瑠璃子さん、どういうことですか?」
「まぁ、見れば分かると思うよー。これ、福岡でも初めての案件やし……やけんが対応が決まるまで時間がかかったのかもしれんねぇ……」
こう言って瑠璃子が手渡したその書類には、ユカも初めて見る情報が事細かに記載されていた。自分の母親があの後、どんな人生を送って……どんな最期だったのかを、まさか、こんな形で知ることになろうとは。
瑠璃子が持ってきた『生前調書』は、同じものが2部用意されていた。そのうちの1つをユカが、もう一つを一誠が確認している。
「ケッカ、その……大丈夫か?」
「……大丈夫。同情はするけど、許せるわけじゃないけんね」
政宗の言葉にユカは軽く頷くと、明日の対象者の情報を頭の中に叩き込むため、資料に淡々と目を通していく。
そこに記載されているのは、自分の母親の情報のはずなのに……何一つ実感がない。10年以上一切連絡を取っていなかったのだから当たり前かもしれないが、他人の『生前調書』を見ている時と、一切変わらない感情を抱いていた。
「……そっか、1年前に……」
『生前調書』によると、彼女は今から約1年前の冬の始まり、アパートの部屋で病死しているところを発見された。がんが進行していた彼女に病院の来院歴はなく、布団の中で死亡しているところを仕事から帰宅した夫が発見したらしい。片足が壊死しかけていたことから、相当の期間、1人で我慢をしていたことが想像出来た。
「……あの人らしい」
ボソリと呟いてみたけれど、特に何の感情もない。ユカはむしろ離婚していなかったことに少し驚きつつ、資料を読み進めていく。
そして、その中にあるとある項目、そこを目にした瞬間……ユカは一度資料から目を離すと、困惑した表情で目を伏せた。
「ケッカ? どうした?」
ユカの態度が気になった政宗が心配そうな顔で彼女を覗き込むと、ユカは無言で、読みかけの資料を政宗へ手渡した。それを受け取った彼もまた、内容に目を通して……顔をしかめる。
「は? これ……どういうことだ? なぁ統治、こんなことって……」
「2人でどうしたんだ。一体何が――」
政宗が持つ資料を覗き込んだ統治もまた、そこに書かれた内容を理解して……眉をひそめた。
「……可能性がゼロ、とは言い切れないな。生きている人間も『生痕』を生み出すんだ。それが死した人間になっただけ、とも言える」
「理屈としてはそうなんだけどな……一誠さん、瑠璃子さん、これ、俺が切って本当に大丈夫ですかね……」
政宗の問いかけに、一誠は厳しい表情でため息をつくことしか出来ない。
その資料に記載されていたのは、彼女の――緒方貴子の、家族構成。
一人娘は虐待の疑いで児童相談所が間に入って保護した後、親戚の家や施設を転々とした後に山本麻里子に引き取られている。これはユカのことだ。ちゃんと娘の本名の欄は黒塗りされているので、情報が漏洩することはない。
問題は、配偶者。彼女の夫でありユカの父親でもある緒方真悟についての記載だ。彼女に残っている『関係縁』のうち、もう1本が彼と繋がっているらしいということまでは予測されている。
この項目が予測に留まっているのは……今年の8月、真悟が事故で亡くなっているからだ。
『関係縁』は人が死ねば、基本的に全て切れる。切れなかった場合のみ、『痕』や『遺痕』として現世にとどまり、『縁故』に目をつけられることになるけれど。
これはあくまでも、生きた人間と死んだ人間の間で成立してきたことだ。
死んだ人間同士の『関係縁』は切れて消える、今まではそう信じて疑わなかった。
しかし……ここにきて、厄介な例外が発生している。
『彼女』は、生者と死者、どちらとも繋がった状態で……今もどこかを徘徊しているのだから。
『めんべい』も、福岡を代表するお土産になりましたね……初めて食べた時は衝撃が凄かったです。今はいろんな味も出ているので、辛味が苦手な人でも食べられる味がありますよ!!(辛子明太子味とは)
そしてここに来て、単に『切ればいい』という問題ではなくなってきました。いや、最終的には切るんですけど……普通に切っちゃって大丈夫なのか。っつーかユカの父親はどこで何をしているのか!!
……どこにいるのかな!!(書きます)




