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エピソード3:お付き合いロジスティック①

 福岡タワー前にあるバス停からバスに乗った3人は、天神まで戻ってきた。

 途中、どこかで事故が発生していたり、あの『遺痕』を見かけたらどうしようかと警戒していたのだが……バスは順調にバス停を越えていき、ほぼ定刻通りに天神へと到着。3人はそれぞれ交通系ICカードで支払いを済ませてバスを降りた後、地下鉄に乗るために近くの階段から地下へと下った。

 天神は地下街が整備されており、様々な場所から地下へと下ることが出来る。時刻は間もなく11時、地下に軒を連ねる店舗の横を通りながら……ユカは道案内も兼ねて2人の半歩先を歩き、静かに考えを巡らせていた。

 恐らく今、自分が単独行動をしていることは麻里子も気付いているはずだ。根拠はないけれど、あの人は気付いた上で泳がせている……そんな確信がある。

 そしてそれは、福岡支局で今後の作戦を協議しているであろう一誠や瑠璃子、孝高も把握している可能性が高い。その上で何の連絡もしてこないのだから、こちらがどう動き、何を提言するのかを試しているのだ。


 要するに――何の策もないまま突撃するのは無謀にも程がある。情熱だけでは鼻で笑われるのがオチだ。勝算のある作戦をプレゼンしなければ、福岡を動かすことなど出来はしないのだから。


 考えろ。

 今の自分が『縁故』として動けないのであれば、せめて、せめて自分と繋がっているこの『関係縁』を使って、何か出来ないだろうか。


「関係縁……」


 ……そういえば、麻里子達はどうして、さっさとこの『関係縁』を切らないのだろうか。

 『遺痕』が自分の母親であることは、既に福岡側も抑えている。彼女に残った『関係縁』は2本。徘徊している姿は目視しているので、その場で2本とも切ってしまえば良かったのに。


 どうしてこんなに慎重になって、時間をかけているのだろうか。

 考えられる理由は――


「……」

 何かに思い当たったユカは、不意に足を止めた。そして、同じく足を止めた政宗と統治の方を向くと、静かに右手を出す。

「伊達先生に電話したいっちゃけど、どっちかスマホ使わせてくれん?」


 そして、約2時間後――時刻は13時を過ぎたところ。

 聖人に連絡をした後、3人は早めに昼食を済ませた。その後ネットカフェで今後の打ち合わせを終わらせて……地下鉄七隈駅を使って移動し、福岡支局の前に立っていた。

 これまで数え切れないほど降りた駅、登った階段、そして……開いた扉。

 その全てに今、これまでとは違う緊張感がある。

「……よし」

 福岡支局の入り口へ続く短い階段の前で、ユカは一度、呼吸を整えた。

 そして、前を見据えたまま――隣にいる2人へと声をかける。

「政宗、統治、行ってよか?」

 ユカの言葉に、政宗がまっさきに頷いた。

「ああ、さっさと言って終わらせようぜ。俺、今日は屋台飯を食べたいんだよ」

 刹那、統治が冷めきった顔で彼の意見をぶった切る。

「屋台なら佐藤一人で行ってくれ。俺は落ち着いた場所で食べるつもりだ」

「あ、あたしも屋根と壁のあるお店がいい」

「何だよ2人とも!! 福岡といえば屋台だろ屋台!! ったく……」

 政宗は肩をすくめると、帽子の上からユカの頭に軽く手を添えた。そして、少し高い場所にある扉を見上げた瞬間――内側から扉が開く。そして。


「こらこらそこの3人ー、あんま外で騒いだら、近所迷惑になるけんねー」


 中から顔を出した徳永瑠璃子が、いつも通りの笑顔で3人を中に誘った。


 3人は、福岡支局の最奥にある支局長室に通された。

 ソファと机を挟んだ応接スペースには、既に一誠と孝高が腰を下ろしており……部屋の主でもある麻里子はいない様子。

「や、山本ちゃん!? それに政宗君と名杙君まで……!!」

 分かりやすく驚いた一誠の肩を瑠璃子が叩き、「全員分の飲み物と予備の椅子を運ぶの、手伝ってねー」と言いながら彼を部屋の外へ連れ出していった。同時にソファに座っていた孝高が立ち上がり、3人にそれぞれ座るよう促した後、改めて腰を下ろす。

 テーブルを挟んで政宗と統治、孝高が向かい合い、ユカは近くにあった予備のパイプ椅子を引っ張り出すと、統治の隣になる場所を陣取って腰を下ろした。

 孝高はそんな彼女を一瞥すると、政宗へ視線を戻して口を開く。

「……営業時間外での訪問は、本来断っていると伝えたばかりだが」

 昨日と同じ文句で政宗を見ると、彼は孝高を見据えて、臆することなく返答した。

「瑠璃子さんが入れてくれました。それに……孝高さんが拒絶もしないということは、俺達がここに来ることが分かっていたんですよね?」

 政宗の指摘に、孝高は足を組み替えて話を切り替える。

「……用件を聞こう。そこに価値を見いだせなければお引取り願うだけだ」

「分かりました。あの、麻里子さ……支局長は今、どちらに?」

「支局長は今、外に出ている。今日はもうここには戻ってこないし、詳細を伝えることは出来ない」

「分かりました。では……俺達がここに来た理由を、お伝えします」

 政宗は姿勢を正し、孝高を見据えた。そして――

「今、福岡市を徘徊している『遺痕』の件です。先程、百道浜で『彼女』を見かけました。これは既に一誠さんに連絡したため、ご存知かと思います」

「ああ。写真まで添付してくれたことは感謝する」

「恐縮です。実は俺と統治は昨日、博多駅でも彼女とすれ違っています。その直後、倒れた人が出て周囲が騒然となりました。また、俺達がこの写真を撮影した直後に……自動車の自損事故も発生しています」

 政宗の報告に、孝高は特に何も言わない。恐らく既に、福岡側でも動いているからだろう。それはこの場に麻里子がいないこと、北九州から双葉を呼んでいることから、推測するのは容易い。

 だから、ここから――カマをかけつつ、仕掛けていこう。

「あの『遺痕』は彼女の……ケッカの母親だと聞いています。実績のある福岡支局がここまで悪化した『遺痕』の『関係縁』を切らない理由は、あれだけ悪化した複数の『関係縁』を無理やり切ることで、ケッカ自身に反動があるのではないかと危惧をして、慎重に事を進めているからだと推察しますが……いかがでしょうか」

 福岡側がどうして、ここまで慎重になっているのか。

 それは……恐らく、あの『関係縁』に干渉することで、繋がってるユカともう一人にも悪影響があると考えているからだ。

 あれだけの『遺痕』に残っている、最悪の『関係縁』。切れば消えると思うが……確証は持てない。

 だからこそ、様々なリスクを回避するために、とても慎重に用意をしているのだ……と。

「……仮にそうだとして、君はどうするつもりだ?」

「簡単なことです。ケッカ自身が『関係縁』を切ればいい。あれは元々、半分はケッカのものです。他人が無理やり干渉することでリスクが高まるのであれば、彼女自身が処理をしてしまうのが一番ですよ」

 いけしゃあしゃあと語る政宗を、孝高が冷たい眼差しで見つめた。

「……簡単に言ってくれるな、佐藤支局長。複数の『関係縁』の同時処理は、『縁故』自身に大きな負担となることを知らない訳ではないだろう?」

「勿論、ケッカが2本同時に切るわけじゃありません。ケッカが切るのは自分と繋がっている1本、もう1本は俺が切ります。流石に、名杙本家の『縁切り』を、東に無許可で実行するわけにはいきませんからね」

 本当は統治が手を下せば、この土地への悪影響も金輪際断ち切ることが出来るのだが……名杙本家筋の彼が西側で『縁切り』をしたとなれば、この土地を統括する名雲の力にも、何からの影響を及ぼす可能性がある。それに何よりも、事後処理(言い訳)が非常に面倒くさい。

 現実世界での遺恨を残さないために、今回は政宗とユカで『縁切り』をすることに決めたのだ。

 とはいえ……孝高は真っ直ぐに自分を見つめる政宗へ、淡々と問いかけていく。

「それに……君は今、山本が『縁故』としての能力がないことを知っているのか?」

「把握しています。ただ、『縁』が見えないだけです。現に彼女の『因縁』は正常でした。能力が消滅しているとは考えにくいかと」

「『縁切り』の能力も消えていて、本人が切れなかったらどうする?」

「切れます」

 孝高の言葉を、政宗は真正面から否定した。そして、少し驚いた様子の彼に向けて、同じ言葉を繰り返す。

「ケッカは切れます。彼女が積み重ねてきた10年の努力が……この程度のことで消えるわけがありません。俺たちはあの頃とは違うんです。彼女の能力は消失していません。『関係縁』さえ目視して位置が分かれば、必ず切れます」

「目視……それも今は回復していないのだろう? どうするつもりだ?」

「それに関しては、道具があります」

「道具?」

「一誠さんに送った写真を見てもらったかと思いますし、以前、瑠璃子さんにも資料はお送りしましたが……仙台支局では今、『縁故』や『縁』を可視化して撮影出来るアプリとフィルムを開発しました。ケッカのスマートフォンのカメラにも、そのフィルムが貼ってあるので……スマホ越しに『遺痕』を見れば、『関係縁』を認識することが可能です。勿論、俺と統治もその場でサポートして、彼女自身がケリをつけられるよう、最善を尽くします」

「……」

 政宗の説明に、孝高が無言になったところで……一誠と瑠璃子が戻ってきて、全員の前にコーヒーとお茶菓子を置き始めた。

「はい、ユカちゃんもコーヒーで良かったよねー?」

「ありがとうございます」

 ユカの近くにコーヒーを置いた瑠璃子に会釈をすると、来客用のカップに注がれたコーヒーを見下ろした。

 以前はここで働いていたので、一誠や瑠璃子、孝高のように、自分用のカップを置いていたけれど。

 今は……仙台でそれを使っているので、政宗や統治と同じ、来客用に用意された白い陶器のコーヒーカップ。

 感じてしまった違いに少しだけ寂しさを感じながら、ユカはカップを手に取ると、慣れ親しんだ味で喉を潤す。

 その間、一誠が孝高の隣に、瑠璃子はその隣に、事務室から持ってきた予備の椅子を設置して腰を下ろしたことを確認してから……カップをソーサーの上に戻し、意を決して口を開いた。

「勿論、あたしが出ていくことでリスクが増すことは承知しています。ただ……彼女が最終的に狙っているのはあたしです。最悪の事態になる前にケリをつけます」

 孝高はユカを見やり、腕を組みながら問いかけた。

「山本を認識した『遺痕』が凶暴化した場合はどうする? 現に橋下が負傷しているし、君が怪我をすれば彼女以上の損傷になるぞ。10年前の二の舞にするつもりか?」

 その問いかけに、ユカは首を横に振った。

「いいえ。要するに……あたしだと『認識させなければ』いいんです」

「どういうことだ」

「孝高さんもご存知の通り、名雲の特性は縁の視え方を変えることです。実は今日、政宗は双葉さんから少し能力を強化してもらって……統治と一緒にいたことで、彼女と最接近をしても特に実害はありませんでした。恐らく、名杙と名雲が一緒にいたことで能力がごちゃまぜになって、結果、縁が視えない方に作用したのだと思います」

「同じ手が2度も通用するのか? そもそも、山本の『関係縁』を隠してしまえば、彼女が山本に近づけなくなるぞ」

「そうですね。なので……隠すのは『縁切り』をする直前です。ある一定の場所に罠を張って、そこに立ち入ったところで切ります」

「罠……具体的には?」

「多少はご存知かもしれませんが……仙台にはかつて、名杙と名雲の血を同時に受け継いだ女性がいました。彼女の能力は――縁を『視えなくすること』です」

 その言葉に、孝高はピクリと眉を動かしたが……すぐに何かに思い当たると、軽く頭を振った。

「知っている。ただ、その女性はもう……」

「そうです、亡くなっています。ただ……その能力について詳しく調べ、能力の再現を実際にやった少年がいます。先程、彼の関係者に連絡して、その時に彼がつかった『(まじな)い』のやり方を教えてもらいました。双葉さんの協力も必要になりますが、必ず成功させてみせます」


 4月、ユカが仙台に行くキッカケになった事件で使われた、名杙直系である統治の『関係縁』をも隠した協力な『呪い』だ。

 それの詳細に関しては……先程、聖人へ電話をして詳細を確認している。


「……その『呪い』を一定フィールド内に発動して『遺痕』との『関係縁』を隠し、縁切りをするということか? 斬新な切り口であることは認めるが、やはりリスクが高すぎる」

「そんなもの承知の上です。あたし達は成功のために尽力する、それだけですから」

 そう言い切ったユカを見据え、孝高は手元のコーヒーを一口すすった。そして、隣に座る一誠を見やり、彼の見解を問いかける。

「……川上、どう考える?」

 この問いかけに、一誠は顔を上げて口を開いた。

「そうですね……あの『遺痕』は無差別に人間を傷つけます。その影響力を考えると早めに手を打ちたいところですが……山本ちゃん、仮にその作戦でいくとして、いつ実行するつもりなんか?」

「明日の午前中です。今日は下準備に使いたいので」

「午前中……」

 一誠は少しうつむきながらしばし思案した後、膝においた両手を握りしめ……顔を上げた。

「今、麻里子さんと双葉さんが、『遺痕』を誘導して追い詰めるために、福岡の要所ごとに術式を施しとる。予定なら術が浸透した明日の夜に、麻里子さんが大濠公園で対処する予定やったけど……山本ちゃん達の方が早かな」

「それじゃあ……!!」

「ただし、福岡の仕掛けた術式を使うかどうか、使う場合の使用許可は、自分たちで取ってくれ。勿論、利用したほうが成功する確率は上がると思うけんが、頑張って交渉するとよかよ。孝高さん、俺からは以上です」

 刹那、孝高が一誠を睨んだ。

「……誰が福岡の内情をペラペラ喋れと言った?」

「俺の考えは、仙台と協力して対処することです。既に怪我人が何人も出ているので、1つでも多くの可能性にかける必要があります。それに、仮に彼らが上手くいかなければ……俺達(福岡側)で本来の計画を実行すればいいだけですよ」

「……」

 一誠の言葉に、孝高はしばし黙り込み……統治を見つめた。

「名杙本家の君は、この計画に加担出来るのか?」

 その問いかけに、統治ははっきりと反論する。

「今の俺は、仙台支局の副支局長としてここにいます。かつて学んだ地で自分の仕事をする……それだけです。仮に名杙が何か言ってくることがあれば、全て俺に回してください」

「……分かった」

 静かに頷いた孝高は、もう一度コーヒーを飲んだ後……スマートフォンを取り出し、3人を見つめる。

「……君たちが大濠公園で用意している術式を活用したいという旨を、麻里子に話しておく」

「孝高さん……!!」

「時間短縮のために概要を説明するだけだ。佐藤支局長、後は――同じ立場の君が、話をつけてくれ」

「分かりました」

 孝高の言葉に、政宗は居住まいを正して頷いた。

 そして、目の前で電話をかける彼を見て……その交渉が今から始まることを悟る。

「って孝高さん!? 今から麻里子様と交渉ですか!? 俺、用意が何も――!!」

「――時間短縮のためだ。っと……ああ、突然すまない。実は、仙台支局の佐藤支局長が、福岡と話をしたいと言ってうるさいんだ。少しくらい聞いてやってくれ」

「それ全然説明になってな――あ、あああど、どうも、お久しぶりです、佐藤で……え? 地酒!? あ、それはあります勿論ですよおまかせください……ってそうじゃなくてですね……!!」

 孝高が放り投げたスマートフォンをキャッチした政宗は、反射的に立ち上がってウロウロしながら通話を始めた。

 そんな様子を見ながら、ユカは内心でエールを送りつつ……長くなりそうだったので、お茶菓子の二〇加煎餅(にわかせんぺい)を口に入れるのだった。

第1幕で出てきた内容を、ようやく掘り下げる気になりました。

本編で散々「名杙は超チート」と語ってしまったので(1幕の頃は何も考えていなかった)、「どうしよう……」と狼狽えていましたが……遂に、遂に、蓮と桂樹の奥の手が明かされます!!


多分!!(頑張ります)

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