プロローグ:スリーコード・アセンブル
この物語は、第6幕最終話(https://ncode.syosetu.com/n5862fm/38/)から続いております。初見さんごめんなさい。シリーズ第7弾なのでこれまでに1~6があるんです。
折角なのでシリーズ一覧の目次ページを掲載しておきますね!! 大丈夫、そんなに長くないです!!
■エンコサイヨウ シリーズ目次(https://ncode.syosetu.com/s6934d/)
さぁ、とりあえず始まります第7幕!! しばらくの間、お手すきの際にお付き合いくださいませ!!
大好きな人を、傷つけてしまう。
望んでいないのに。
居場所のない自分はいつだって、一番欲しいものを手に入れることが出来ない。
――……なんか生むんじゃなかった!!
そう言われて手を振りほどかれ、家から追い出された回数を数えるのはやめた。
自分を否定される回数を数えたところで……何の意味も見いだせない。
それに、自分が少しだけ、この苦痛に耐えることが出来れば、落ち着いた母親が再び家に入れてくれて……元通りになるのだから。
あの当時、父親がいる時は彼が身を挺して――時に病的なくらい過保護に接してくれていた。
でもむしろ、その時の方が心はザワザワしていたように思う。
だって、最終的にその責任は全て母親に問われ、激しく叱責され、そして――
落ちる。
古いアパートの階段を一直線に下へ下へ。全身を強く打ち付けられ、気付けば辺りに血が広がっていた。
痛い。
痛い。
全身がとても、とても――痛い。
でも、不思議と涙は出なかった。
悲しみを越えた達成感が、胸の中に去来する。
死ぬんだ。
死ぬんだ。
死ねるんだ。
良かった。
これで……中途半端な自分はおしまい。
誰の邪魔も、しない。
雷鳴が轟く中、雨にうたれながら……少女は静かに目を閉じる。
全てが終わった、そんな安堵感に包まれながら。
福岡に帰ってきてから――あの人と再会をしてから、あの時のことを夢に見ることが多くなった。
夢だからいつか覚めるけれど、心に蓄積されたモヤモヤは、日に日に重さを増していく気がする。
見慣れた洋室にあるベッド、その上に寝転がっていた彼女は……気だるげな表情で体を起こした。
ベランダにつながる窓、レースのカーテン越しに差し込む光は眩しく、それだけで時間を判断するのは難しい。ベッドサイドにある目覚まし時計で、今が朝の9時過ぎであることを知った。
もう何日、外に出ていないだろう。
近場の外出に規制は出ていないけれど、出てはいけないことは自分が誰よりも自覚している。だからこうして引きこもっているのだ。
とはいえ、ずっと部屋の中で外部との連絡を絶たれると、見境なく叫びたくなってしまう瞬間が不意におとずれることも少なくない。
叫んだところで、自分に何が出来る?
何も出来ないから、全てが終わるまでここにいるしかないのに。
だって、今の自分は――
「……」
静かに瞬きをした彼女は、ベッドに座ったまま、自分の右手を見つめる。
そして――何の繋がりも目視出来ない現実にため息をつくと、もう一度、ベッドに突っ伏した。
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大切な友人が困っている時に、手を差し伸べられない。
いつも、そうだった。
あの時も、あの時も……数えだしたらキリがないほど。
実力が伴っていないことを差し引いても、世間体に縛られ、周囲の目を気にして……思い切った行動が出来なかった。
――俺は……どうすればいいんだ……どうすれば……ユカと一緒に生きていけるんだよっ……!!
最愛の人を繋ぎ止められず、後悔に濡れる親友に何も出来ず。
――統治だって同じなんやけんね!! 本当のこと、口裏合わせて黙っとったっちゃけん……!!
黙っていたことで、彼女を不用意に傷つけてしまった。
あの時こうしていれば、何か変わったかもしれない……そんな後悔ばかりが、淡々と募っていく。
こんなことを、いつまで続ける?
そんな自分とは、いい加減、そろそろ決別したいのだ。
踏み出せない自分の背中を、少し強引に押してくれた人たちのためにも。
飛行機内でシートベルト着用のランプが点灯し、間もなく着陸するという旨のアナウンスが響く。
機内モードにしたスマートフォンにイヤホンを接続し、中に入れていた音楽を聞いていた彼は、一度その再生を止めると……シートベルトを確認した後、使っていた簡易テーブルを片付けた。
窓際の席から下を見下ろす。薄雲の下にはまだ海が広がっているが、少し遠くに陸地が見えてきた。
彼が福岡に降り立つのは数年ぶり。というか、飛行機に乗るのもそれ以来だ。基本的には『東』から出ないので、移動は車が基本、遠くても新幹線だ。飛行機でここまで飛ぶ距離に、『実家』の影響力は及ばない。
でも、だからこそ……自分の意思で、ここまでやって来た。
再び宮城に帰るまでは、家のことを考えず、己の意思と責任で行動するために。
彼が再び、飛行機の窓から外を見つめると……眼下は既に陸地になっており、目的地が近づいていることを感じさせた。
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この10年間はもしかしたら、この瞬間のためにあったのかもしれない。
彼女を助けられない現実を打開するために、後悔と贖罪を燃料にして走り続けてきた。
息切れをしても、それを表に出さないようにして。
背負えるものは全て背負い、何も取り落とさない覚悟で生きてきたつもりだ。
その結果、信頼と名誉、実績を手に入れた。
けれど……本当に欲しいものは手に入らず、真に成し遂げたいことはスタートラインにすら立てていない。
彼女を残して成長することに不安を抱くようになっても、自分の成長を止めることは出来なくて。
冷静に「平気」と言って背を向ける彼女に、かける言葉が見つからない。
どうすればいいのか分からないまま、立ち止まることに怖くなり、ひたすらに走り続けた。
頼りない理想でもいい、青臭い絵空事と嗤われても構わない。止まって振り返った時、自分の後ろに何もないことの方が怖いのだから。
そうやって振り向くのが怖いまま、息切れを悟らせないように走り続けて、考えて、考えて、そして……。
そして今、不意に――後ろから肩を叩かれた。
反射的に立ち止まって、振り返ってみると……いつの間には、自分の周囲には多くの人がいてくれていることに気付く。
1人で成し遂げようとしていたことが間違いだった、今はそんな気までしているのだ。
ビジネスホテルへのチェックインを終えた彼は、友人を出迎えるために、福岡空港へ向かう地下鉄の車内にいた。
博多からわずか15分ほどで到着する立地、そんな福岡空港に立ち寄るのは、実は本日2度目だ。本来ならば今頃、福岡支局に単身乗り込んで、彼女の行方を探していたところだけど。
心強い援軍が来てくれるのだから、丁重にお出迎えをせねば。
そして――必ず、彼女を見つけてみせる。
彼女には、どうしても伝えたいことがあるのだから。