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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第八章 ショパン ピアノソナタ 第三番
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97 見え隠れする過去

康太視点になります。

 康太は家に帰ってからも、今日一日の出来事で頭の中はいっぱいだった。

 ひとつ明らかになったのは、夏子と教授が予想通り、昔、恋人同士であったということだ。

 それに付随して、星川が教授の息子であることも判明した。

 ただしこれは想像だにしていなかったので、沙紀もかなり驚いていたが、木下教授がとても身近な人に感じられるきっかけにもなった。

 高校に入学したばかりの頃、星川の前でピアノを弾かされたことがあった。

 思えば木下教授と反応が一緒だった。

 やはり親子だと、音楽に対する感性までもが遺伝するのだろうか。


 ここで考えられる新たな事実が浮かび上がってきた。

 それは、星川が康太より二歳年上であるというのが大きなポイントになる。

 つまり、夏子が教授と付き合っていたのは父と結婚する二年以上前ということになる。

 ならば二十三歳くらいまでだ。

 学生の頃知り合ったと言うことだから、この線で間違いない。


 ただし、もしもだが、教授がすでに結婚していて不倫の関係にあったとすればその限りではない。

 夏子が執拗に過去に触れたがらない上、雅人の意味ありげな態度を(かんが)みるに、康太はこのパターンもあながち否定できないと思い始めてもいた。

 というか、これが真実なのではないかと。

 どのような経緯でそんなことになったのかははなはだ疑問ではあるが、理由が何であるにしろ、不倫はいただけない。


 夏子と康太の父の慶太は、大人のためのピアノ教室の教師と生徒という関係が出会いの場だったと康太は知らされている。

 その時すでに慶太は大学を出て仕事をしていたというのも聞かされていたので、慶太の方が二歳年下であることを考慮すれば、夏子はその時すでに二十四歳以上だったと考えられる。

 なので夏子と慶太は知り合って間もなく結婚したことになる。

 ならば、さっき春江に聞いた結婚までのスピーディーな行動もありえなくはない。

 

 ただ康太が春江の話で驚いたのは、親に慶太を紹介したあと、たった一週間で結婚したと言う点だ。

 結婚記念日は康太の生まれた年の前年の十一月だ。

 そして康太が生まれたのが翌年の四月。

 誰がどうみても計算が合わないのだが、早産だったの一点張りで、康太もそんなものだろうと別に疑うこともなく気にも留めていなかった。


 でも……。

 母子手帳を見たわけでもない。

 そして、親に紹介してわずか一週間後の慌しい結婚。

 もしかして俺は、両親の結婚前にこの世に生を受けた子なのか? と、康太が瞬時にそう思ったのも仕方ない。

 早産だったというのも、幼かった康太を思いやっての夏子の方便だったのかと考えると、十九歳になった今では、逆に微笑ましくすら思える。

 今で言う所の授かり婚というものだろう。

 春江の一言に驚きはしたものの、冷静に考えてみると、すべての過去の状況が丸く収まるような気がして、今となっては聞いてよかったとも思い始めていた。

 今度、両親が帰国したら、流行の先端をいってたんだな……などと冗談交じりに聞いてみてもいいかなと思う。


 もうすぐ大学生になって初めての夏休みを迎える。

 七月末から九月の終わりまでの約二ヶ月の休みは長いようでもあるが、バイトで稼ごうと息巻いてる者には好都合な時期でもある。

 学生課の掲示板に『小学生サマーキャンプリーダー募集』というチラシが貼られていた。

 康太は普段小学生の家庭教師をしているのだが、夏休み中は仕事も減るため、リーダー募集の日程はちょうど仕事の空いている期間と重なる。

 日当五千円はそんなに高い手当てとは言えないが、旅費はすべてキャンプ企画元が支給してくれるという点に心が動かされる。いわゆる有償ボランティアのようなものだ。

 そして生の子どもたちと触れ合える研修の場にもなるのだ。

 五泊六日という長丁場も、体力と気力は誰にも負けない自信がある康太にとって、何の不安もない。

 願っても無い機会とばかりに、学生課を通して早速キャンプリーダーの申し込みを完了させた。


 一方楽器店でのバイトを夏休み中も続ける予定の沙紀は、康太がキャンプリーダーを引き受けたことに少なからず驚いているようだった。

 というのも、夏休み期間中だけ康太も同じ楽器店で昼間のバイトをすることになっていたからだ。

 そして夜は家庭教師と居酒屋の店員もシフトに組み込んでいる。

 これ以上バイトを入れて身体の方は大丈夫なのかと、沙紀は康太を気遣ってくれていた。


「そんなに心配すんなよ。大丈夫だって。ちょうどキャンプの時は家庭教師も入ってないし居酒屋も楽器店もシフトは入っていない絶好の空き日程だったんだよ。沙紀はバイト入ってるんだろ? 」

「もうっ、こうちゃんったら……。前にあたしが言ったこと、もう忘れてる」

「え? なんて言ってた? 」

「そのあたりこうちゃんが休みになるって聞いてたから、あたしも仕事入れてないのに。それにちょうどドイツのおばちゃんたちも帰ってくる時期でしょ? 」

「そうか、そうだったのか。すっかり忘れてたよ。沙紀もフリーなのに、それは残念だなあ……」

「だから前もって休むって言ってたのに」

「だよな。ああ、二人で旅行に行くチャンスだったのに……。もったいないことしたよ」


 康太はキャンプの申し込みをしてしまったことを、すでに後悔し始めていた。

 沙紀と一緒に旅行に行けたかもしれないのにと思うと、奮発した学食のAランチも箸が一向に進まない。


「旅行か……。いいよね。南の島とか、あと、北海道もいいな」

「北海道か。うまそうな物もいっぱいありそうだな。信州とかもいいよな」

「うん。それいい。なら清里も行ってみたいな」

「それもいいな。清里って山梨か? 標高もあって、涼しそうだよな。確か近くに天文台もあったはずだ」

「こうちゃん、詳しいね。ああ、行ってみたいところばかり。でもね、こうちゃんが一緒ならどこでもいい」


 沙紀が笑顔でそんなことを言ってくれる。

 康太だって同じだった。

 沙紀が一緒ならどこでもいい。

 誰も知っている人のいないところで、二人だけで過ごしてみたい。

 そして。

 二人だけの秘密の夜を心行くまで堪能してみたいなどとよからぬ思いまで脳内を満たし始める。

 そして、はたと気付いたのだ。

 今、沙紀が言った言葉に一縷の望みをかけてみる。


「なあ、沙紀。俺と一緒ならどこでもいいのか? 本当に? 」


 康太が大きく身を乗り出して、沙紀に再確認する。


「う、うん。いいよ、どこでも」


 沙紀は、ややたじろぎながらも、コクコクと返事をする。


「じゃあ沙紀も俺と同じキャンプ、申し込んでみない? ならば一緒に行けるぞ。旅行! 」

「そっか、そうだね……って。いや、待ってよ。それって、つまり、小学生も一緒のキャンプだよね? 」

「ああ、そうだ。格安価格どころか、バイト代も出る。いいと思わないか? 」

「いいけど、でも……」


 沙紀が幾分頬を赤らめてもじもじし始める。

 そして、小さくつぶやいた。


「……二人っきりになれないよ」と。


 そうだった。

 康太が一番望んでいる目標が達成できない、というか、そもそもそんな(よこしま)な考えを抱きながら参加するプログラムではない。

 ああ、どうすればいいのだろう。


「ねえ、こうちゃん。やっぱり、あたしも一緒にキャンプに行く。子どもたちと触れ合えるこんなチャンス、めったにないし。二人だけの旅行は、また次の機会にね。そうしようよ。だったら善は急げ。ランチ食べ終わったら、すぐに申し込んでくるね」


 決めてからの沙紀の行動は早かった。

 その後、大学近くのショッピングモール内にあるキャンプグッズの店に寄り、店員のアドバイスを受けながら、必要な衣類やバッグを買いそろえたのは言うまでもない。

 





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