表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第八章 ショパン ピアノソナタ 第三番
98/188

96 電撃婚!

康太視点になります。

「もう、この子ったら何を急に言い出すのかしら。こうちゃんもいるのに、そんなの恥ずかしくて話せないわよ。ホントに変な子、嫌になっちゃう」

「ママったら何照れてるのよ。別にいいじゃん、それくらい教えてくれたって。パパには言わないから。ね? 教えて? 」

「そんなこと聞いてどうするの? 」

「いや、べ、別に。ちょっと聞いてみただけだよ。ね、こうちゃん」


 突然、話を振られた康太は、目の前のグラスをガシッと握ると、一気に水を飲み干した。

 沙紀の言いたいことはわかる。

 今日、百合ノ葉学院で教授から聞いた、康太の母親との昔話が引き金になっているのだろう。


「沙紀ったら……。ほんとにもう、しょうがないわね。そうね、ママはパパ一筋だったから、誰ともお付き合いしたことないわ、って言いたいところだけど。高校時代に短い期間だったけど、一つ上の先輩と付き合ってたことがあったかな。でも、手もつないだことないし、それはそれは清い交際だった……」

「へえ、そんなことがあったんだ。で、その人は今どこにいるの? 」

「さあ、知らないわよ、そんなこと。確か、東京の大学に行って、その後のことはさっぱりわからないわ」

「なーんだ。つまんない」

「もう、これでいい? 何にもおもしろくないでしょ? 」


 春江は少しはにかんだような目をしながら、もうこれでおしまいというように、食器を手に立ち上がった。


「でもさ、手もつないだことないって、それって付き合ってないし。なんかママ、はぐらかしてる」

「そんなことないわよ。だって考えてもみてよ。当時は携帯もないし……って、あるにはあったけど、お金持ちの車に設置してあったくらいかしら。だから、二人で会うのも至難の業。交換日記をするのが関の山ってところね」

「交換日記って……」


 そこに反応した沙紀が康太に目配せをする。

 確かに沙紀と付き合うきっかけになったのは、あの忘れもしない窓越しの交換日記だった。

 けれどそこで同調すれば、彼女の母親に付き合っていることがばれてしまう。

 沙紀には悪いが、知らないふりを決め込み、黙々と二杯目のカレーを食べ続けた。


「なら、他にもっとちゃんと付き合った人とかいなかったの? 本当に後はパパだけ? 」

「だから言ってるでしょ。そんな浮いた話はこれ以上ないって。だってパパとは高校の同級生なのよ。高校を卒業して、パパが大学生でママが役場の職員をしてる時に同窓会で再会して付き合うようになって。ママには他の人とどうこうする時間なんてなかったのよ。今で言う遠距離恋愛ってところかしら。その頃から、こうちゃんのおじさんともずっと仲良くしてもらってて。ダブルデートなんてのもしてたわね。ねえ、沙紀。もしかして、だけど。好きな人でもできた? 」


 また元の場所に座りなおした春江が、沙紀にイタズラっぽい目を向ける。

 そして、ゆっくりと視線を並行に動かして、左隣の康太と目が合ってしまったのだが。

 春江の意図を汲み取った康太は、いかにも自分は無関係ですというように、あわてて残りのカレーを口の中へかきこみ、春江の視線をかわす。


「もう、ママったら……。そりゃあ、あたしだって、好きな人の一人や二人や三人くらいとっくに居るんだから! それとは関係ないの。ただ、ママの昔話が知りたかっただけ! 」

「お、おい、沙紀。好きな人の一人や二人や三人って……。普通一人だろ。俺はそんな浮気性な奴はごめんだな」


 ついに黙っていられなくなった康太が本音を匂わせながら、口を挟む。

 こうなったら春江にばれてもいいとまで思う。

 沙紀の今の発言は、康太を憤らせるのに充分だった。


「こうちゃんったら、何、真に受けてんのよ! そんなのあたりまえでしょ。本命は一人に決まってるし。言葉のあやってやつよ。もちろんあたしはどこまでも一途で、この人って決めた人に一生ついて行くんだから」


 沙紀はそう言って、康太にだけわかるようにウインクして合図をする。

 このとどめの一言は康太に大いなる喜びを与えた。

 春江の前であるのも忘れそうになって、ついつい、にやけてしまう。


「沙紀ったら、そんなに一途だったのね。なかなか古風だわね。……ということはそれに値する人が見つかったってわけよね? もしかして同じ大学の人? こうちゃんも知ってる人かしら? 」


 ここにも沙紀の話を真に受けた人物が約一名。

 急に、訊ねられた康太はしどろもどろになる。

 知ってるも何も、その相手は自分なのだから。


「いや……知らないというか、知ってるというか……。多分、その……」

「ふふふ、こうちゃん。沙紀に口止めされてるんでしょ。いいわよ、無理に言わなくても」

「そ、そいうわけじゃ……」

「でも気になるわ。どんな人かしら? 一度、その人に会わせてね」


 こうなったらもう、誰も春江を止めることはできない。

 今、あなたの目の前にいる人物が、まさしくその人なんです、と言いたいのをグッとこらえる。


 すると、次の瞬間、思いがけない話が春江の口からこぼれ、思わず耳を疑った。


「そうそう、こうちゃんのご両親の結婚もドラマチックだったわよね。当時は実際にお会いしたことはなかったんだけど、こうちゃんのおじさんに話だけは伺ってたのよね。それはもう、電撃的だったわ。お付合いしてるって実家にあいさつに来たと思ったら反対を押し切って一週間後に結婚なさったそうね」


 いったい誰の話をしているのかと思えば、康太の両親のことだった。

 雅人から祖父母に結婚を反対されていたことは聞いていたが、まさか、了承を得ぬままそんなに早く結婚していたとは、今の今まで知らなかった。


「……って、えっ? もしかして、こうちゃん。知らなかった? ど、どうしましょう。わ、私、余計なこと言っちゃったのかしら……」


 春江が慌てて口元を両手で覆い、康太に向かってごめんなさいと謝った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ