82 決意表明
「ちょっと待ってよ、おじいちゃん、おばあちゃんっ! 」
「おやまあ、な、なんでしょう」
沙紀の剣幕に、タキがのけぞる。
「ねえ、おばあちゃん、いつあたしが結婚するって言った? 」
「それは……」
「おじいちゃんも。あたし、そんなこと言った? 」
「あ、いや……」
「あたし、何も言ってないよねっ! 」
我慢の限界を超えた沙紀が、ありったけの力をふりしぼって叫ぶ。
「そうでしたか? 院長、沙紀は結婚するって言いませんでしたか? 」
「おお、そうだな。確かに言ってないかもな、事務長」
祖父母は沙紀の叫びを聞いて、ようやく軌道修正を始めたようだ。
「今日はそんな話で来たんじゃないんだから。あたしも大学生になったし、これからのことや、将来の仕事の話なんかを聞いてもらおうと思って、ここまで来たんだよ。それ以外の理由なんて何もないから」
ホントにもう、おじいちゃんもおばあちゃんも、思い込みが激しいんだから……とぶつぶつ言いながら、沙紀はソファに座りなおす。
「そうだったの。沙紀ちゃん、ごめんね。早合点してしまったようだわ。でもね、こうやって二人で仲良くここに来てくれたから、お目出度い話だとばかり思ってしまって……。院長ともいつも話しているんだけど、その……徹のこともいろいろあったでしょ? だからもし沙紀ちゃんがお嫁に行くときは、息子にしてやれなかったことを、何でもやってあげようって決めてたんですよ。ねえ院長? 」
「いや……。わしは別に、とお……あ、あいつのことは知らんっ! 」
長一郎は急に難しい顔になって、そっぽを向いてしまった。
「ほんとに素直じゃないんですからね、この人は……。それじゃあ、二人はまだ結婚しないんだね。でも、将来の約束はしてるんでしょ? 」
「だから、まだそんな話はしてないって。こうちゃんは、あたしと高校も大学も一緒だから仲がいいだけ。って、そりゃあ、もう少し、その、付き合ってるっていうか……。それで今日も免許取り立てなのに、無理言って、ここまで連れてきてもらった……」
沙紀が言い終わらないうちに康太がタキに向って背筋を正した。そして……。
「あの、僕の中ではもう決めています。沙紀さんとはこれからもずっと付き合って行きたいと……。そしてお互いに生きていく道が決まった時、その……結婚できればいいなと思っています。あっ、あくまでも、これは僕の主観ですから、沙紀さんはどう思っているかわかりませんが」
沙紀は初めて聞く話に、心臓がドクッと跳ねた。
冗談交じりに嫁になってくれと言われたことはあるが、まさかこんなに真剣に将来のことを考えてくれているとは思ってもみなかったのだ。
徹の話でへそを曲げていた長一郎が早くも復活して、康太の話に大きく頷いている。
「うむ。そうか、そうだな。そんなことでもなければ、うちの孫と一緒にこんな片田舎まで足を運んでくれんよな」
「いや、まあ……」
康太は照れたように頭をかいている。
「春江さんには悪いが、わしとしては早く結婚してあの家を出てくれた方がありがたいんだがね。そうすればここにも誰に遠慮することなく遊びに来ることができるだろ? 沙紀。おまえの親父は、いい年をしてまだ親を馬鹿にしとるからな。あんな奴は放っといて、おまえと春江さんだけこっちに来て暮らしてもいいんだぞ。あっ、そうそう、こうちゃんも一緒にな。で、こうちゃん。君は将来はどうしようと考えているんだ? 」
長一郎が康太に負けないくらい真剣な目つきで訊ねる。
「小学校の教師になりたいと思ってます。好きな音楽や体育を生かして、体当たりで子ども達にぶつかっていけたらいいなと……」
「小学校の先生か……。わしの父親も中学の教師だったんだ。厳しい人だったが、いつも家に教え子たちが遊びに来ていて、家族に見せるのとは違う顔をして生徒たちに接していたのを思い出すよ」
「そうなんですか」
「うむ。父はわしにも教師になって欲しかったみたいだが……。世の中そううまくはいかないもんで、こんな風に町医者をやって今に至ってるわけだがね」
長一郎はどこか遠くを見ているような、寂しそうな目をして言った。
「おじいちゃん……。ごめんね。あたしも医者になれるとよかったんだけど……。どうしても幼稚園の先生になりたくて。もちろん、勉強も大変すぎるし、医大受験なんて、絶対に無理だってわかってたし……。曾おじいちゃん、中学校の先生だったんだね」
「ああ、そうだよ。幼稚園でも小学校でも教師になることは違わない。わしが叶えられなかった父の希望を、沙紀が叶えてくれようとしてるんだ。こうちゃんと二人で、教育の道を頑張って進んでいきなさい」
沙紀は感慨深げに曽祖父の話をする長一郎に、今日一番言いたかったことを話すことができた。
そして長一郎の目から、光るものが零れ落ちるのを、沙紀は見逃さなかった。
「もうお昼の時間も過ぎてしまいましたね。お寿司でもとりましょうかね。沙紀ちゃん、今日はゆっくりしていくといいよ。なんなら泊まっていくかい? 」
湿っぽい空気を一掃するようにタキの明るい声が響く。
「おばあちゃん、ありがとう。でも泊まるのは無理だよ。ママには内緒でここに来てるんだもの。それに明日大学もあるし……。お昼ごはん、頂いたら帰るよ」
「そうだったの。大学があるんじゃ、無理だね。じゃあ、今日のことはママに言わない方がいいの? 」
「うん。おばあちゃん。そうしてもらえるとありがたいよ。実はね、あたしとこうちゃんがこうやって付き合ってるのもママには内緒なんだ。もちろんパパも知らないよ」
沙紀は少し大袈裟目にしょんぼりして見せた。
皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく半分くらい話が進みました。
今後もお付き合いいただけると嬉しいです。




