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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第七章 グリーグ ピアノ協奏曲イ短調
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79 初めてのドライブ

「沙紀、高速を使って行けばいいんだな? 」


 康太は右折、そして左折と方向指示ランプを順に点滅させながら、高速道路のゲートに向う。


「うん。ちょっと遠いけどよろしくお願いします……って、こうちゃん。全然心配ないじゃん。ウィンカーの操作も板についてるって感じ。運転うまいよ。チョーかっこいい! 」

「おい、そんなに褒めたって何も出ないから。俺、もう、いっぱいいっぱい。高速に入るまで無言になるけど許せ……」


 その後康太は、本当に何もしゃべらなくなった。

 やはり緊張する。

 雅人が横であれこれ言うのはうるさかったが、心の支えになっていたのだろう。

 自分自身ですべてを決定して判断することがこんなにも神経をすり減らすとは思わなかった。


「こうちゃん、大丈夫? 」


 沙紀にもこの緊張感が伝わったのだろうか。


「ああ、心配ないよ」


 と言ってみるものの、余裕はない。

 また沈黙が続くが、次第に肩の力が抜けて行くのがわかった。

 沙紀もそれを察したのか、再び話しかけてくる。


「こうちゃん、聞いてよ。さっきも言ったけど、朝から大変だったんだ。ママったらしつこくてさ」

「また、バレそうになった? 」


 高速に入った後、少し余裕を取り戻した康太が、ようやく口を開く。


「うん。今日は大学はどうするの? バイトは? ってうるさくて、うるさくて。まさか、こうちゃんと一緒におじいちゃんちに行くなんて言えないしね」

「それはどっちの意味で? 俺の運転だと危なっかしくて、おばちゃんを不安にさせるから? 」

「もちろんそれもあるけど……」

「って、おい! 」

「あ、ごめん、気を悪くしないでね。それより何より、こうちゃんと一緒にいるってだけで、なーーんかママの様子が変になるんだよね。あれこれ詮索されてさ」

「ああ……。俺、なんかさあ、最近すっごい罪の意識感じる……。おばちゃん、本当は俺達のこと気付いてんじゃないの? レッスンした日とか、沙紀の様子を観察してるのかもしれないな」

「どうかな……。でもね夕べ、突然、前の話持ち出して、山本君ってどうしてるの? 高三の時、サッカーで全日本ユースにも選ばれてたんだよね? 前に一度うちに来たでしょ? もしかしてお付き合いしてるの? なんて根掘り葉掘り聞いてくるんだよ。だからこうちゃんとのことは多分、疑ってないと思う」

「あのことか。あれはホント、参ったよ。ひょこひょこ他の男についていく馬鹿なお嬢さんがいるんだもんな。それも夜に」

「だって仕方なかったんだもん。翌日の試験のことで、って言われたら誰だって、えっ? ナニ、ナニってなるじゃん。まさか、あんな話になるなんて誰も思わないよ」

「沙紀はそう言ったことには疎いもんな。男なんてもんは、常に女の人のことで頭がいっぱいなんだよ。試験のことならメールで充分だろ? 直接来たってことが答えさ。おまえに来る、来ないの選択の余地を与えないんだ」

「ええ? そうなの? じゃあさ、こうちゃんも、その、ずっと女の人のことばかり考えてるの? やだ。なんか幻滅ーー! 」

「おい、待ってくれよ。でもな、俺だって男だ。もちろん、伊太郎と同じように脳内は……。でも、沙紀のことしか考えてないし。あ、いや、変な意味じゃなくて、大切な人のことは常に気になるし、守りたくなるってこと」

「そっか。そういうことね。なんかさ、山本君には悪いことしちゃったな」

「えっ? 何、同情してんだよ。あの時俺がコンビニに行かなかったら、今ごろどうなってたか。そうやって、沙紀にフラフラする気持ちが少しでもある限り、伊太郎に心が傾かなかったって保障はどこにもない。実際、教室内では、結構仲良くやってただろ? 俺が三年生の一年間、どんな気持ちだったかわかるか? なるだけ、沙紀とは近づかないようにしてたから、二人の間に入って行くわけにもいかず。おい、伊太郎、近すぎる、沙紀から離れろって、どれだけハラハラしたことか。まったく」


 突然左車線に出るとアクセルを踏み、横の車を何台か追い抜いて行く。


「こうちゃん、そんなに追い抜かなくても」

「心配するな。制限はちゃんと守ってる」 

「でも。なんかこうちゃん、怒ってるっぽいし」

「そんなことはない」


 とは言ってみるものの、伊太郎のあの行動は康太にとっては予想外で、心がかき乱されたのは事実だ。


「ならいいんだけど」

「あのな、伊太郎が沙紀のことが好きなのは、俺だって何となく気付いていたさ」

「そうなんだ」

「でも、まさかあのタイミングで告白するとはな。俺もうかつだったと思うよ」

「あたしだって、晴天の霹靂だったんだから」

「伊太郎、俺が沙紀と付き合ってるの、マジで知らなかったみたいなんだ。あの後も、何度か顔を合わせたけど、知らなかった、ばかり繰り返してた。俺はさておき、沙紀のポーカーフェイスの腕前は相当なもんだな」

「そりゃあね。こうちゃんとの関係を大事にしたかったから。誰にも知られるわけにはいかなかったでしょ? 他人のフリするのも、辛い反面、楽しかったこともあったし。でもさ、山本君も受験うまくいってよかったよね。だって、もし失敗してたら、それって、あたしのせいってことでしょ? 入試の前にあんなしうちを受けて、冷静でいられるわけないもん」

「それを言うなら。三人とも同じ状況だよ。沙紀だってそうやって心を痛めてたわけだし、俺だって相当メンタルやられたぞ。伊太郎も同じ。三人ともあの状況で、よく合格できたよな……」


 入試の前日、たまたま沙紀の密会現場に遭遇したばかりに、目の前で康太と沙紀の真実を突きつけられた伊太郎の受けたショックは相当なものだったと思う。

 逆境にもめげず受験に挑み、伊太郎もまた合格したと聞いた時は、康太は自分のことより嬉しくてホッと胸を撫で下ろしたのを昨日のことのように覚えている。

 

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