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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第五章 ウェルナーの野ばら
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63 夢のカタチ

 サッカー部は歌好きが多く、カラオケに通ううちに歌えるようになったと言う。

 元来の音感の良さが功を奏したのか、コブクロやゆずのハモリも彼の右に出るものはいないらしい。

 普段のレッスンではなかなか見せない彼の素顔に触れられたことも嬉しかったし、何よりも褒められたことが沙紀にとって最高の励みになっていたのだ。


「ねえ、沙紀。何、にやにやしてんの? 大丈夫?? 」

「えっ? ああ、大丈夫だよ。そ、その……。テストが終わって、ホッとしたなって」

「ならいいけど。緊張しすぎて、変になっちゃったのかと思ったよ」


 危ない危ない。

 康太のことを考えるといつもこうだ。

 頬の筋肉が緩まないように常に気を引き締めておかなければ……。


「あたし、なんかどきどきしてきた。子どもたちって、どんな風にして聴いてくれるのかな? ……実のところ、あたしちょっと心配なんだ。だって今日歌う曲って、幼稚園児には難しいのも多いよね」


 まどかは人差し指を顎に添えながら、思案顔になる。


「うん。あたしもそう思った。絶対最後まで静かに聴けないよね」


 沙紀もまどかに同意する。

 この数カ月で練習してきた曲はクリスマスキャロルと童謡を除いて、後は高校生以上、大人用の曲ばかりだった。

 もちろん、どこかで聴いたような馴染みの曲も入っているが、幼稚園児が楽しめるジャンルの曲ではない。

 おまけに鑑賞用のピアノソロの小曲演奏もプログラムに組み込まれている手の込みようだ。

 シューマンの子どもの情景より二曲披露する予定になっている。

 康太も、観客が保護者ではなく園児だと知ったとき、かなり驚いていた。

 園児に高校生のための合唱組曲はないだろう……としきりにぼやいていた。


「そうそう。無理だよ。途中で暴れ出すよね。取っ組み合いとかも始まったりなんかして。子どもたちって、もっとわかりやすくって簡単な童謡なんかが好きなはず。アニメソングとかも人気だよね。だからきっと、あたしたちの歌に退屈しちゃって、いつしかお昼寝大会になってたりして」

「やだ、お昼寝大会って……。でもさ、まどかちゃんの言う通りだよ。いくらなんでも子どもたちにはあんなに長時間、我慢できないって」

「星川部長も、なんで引き受けるんだろうね。もし自分たちが出て子どもたちにとんでもない態度を取られたら立ち直れないじゃん。だから、一年生に押し付けたんじゃない? 損な役回りだよね、全く」

「でもね、不思議なんだ。先輩達の過去の記録を見てみたら、毎年かなり難解な曲やってるんだけど、好評だったって感想が書いてあるの。荒城の月とか、流浪の民とか。なんでそんな小難しい曲を聴かせるのか、意味わかんないし。それを真剣に聴ける子ども達っていったいどうなってるんだろうって、逆に興味が沸いてきちゃってさ」

「それ、言えてる。ホント、興味津々だよ。それとさ、あたしもあれからいろいろ考えたんだけど、やっぱ保育士になるって決めたんだ」


 まどかが、誇らしげに胸を張って宣言する。


「幼稚園の先生じゃなくて保育士? 」

「そう。だって保育士なら赤ちゃんの世話もできるんだよ。あのプニュプニュしたほっぺに頬ずりしたくならない? 」

「……よくわかんない。最近、赤ちゃんなんて抱っこしたことないもん」


 沙紀は一人っ子なので、姉妹の世話をした経験もないし、小学生の頃だったか親戚の赤ちゃんを抱いたのを最後に、小さい子どもに関わることもほとんどなかった。

 まどかの言いたいことはなんとなく理解できるが、赤ちゃんに対する思いは、まだ沙紀の中では漠然とした物しか描けない。


「そうか、沙紀は一人っ子だもんね。赤ちゃんのことよく知らないんだ。じゃあ、沙紀は将来は何になりたいの? おじいちゃんの後継ぐの? 」

「どうかな。それもわかんない。だって、よく考えたら医者になるには医学部に入らないといけないわけだし、あたしにそんな頭脳があるとは到底思えないんだ。最近ますますそう思う。だって、成績、下がりまくりだよ? 」


 入学当初こそ一番だったかもしれないが、一学期の順位は、かろうじて三十番以内に入っているという苦戦を強いられたのだ。

 この調子で行けば、二学期は五十番以内も危うい。

 学年一位に輝いたのは、もちろん康太だった。それもぶっちぎりの一位だった。


「もちろん成績も大事だけど、もっと大事なのは自分が何をやりたいのかってことだよね。沙紀が何が何でもお医者さんになりたいのなら、部活をセーブして勉強に打ち込めばいいだけだし」

「まどかちゃん、あたし、そこまで医者になりたいとは思ってないよ、多分。本当はね、ピアノと歌を活かした仕事に就けたらそれが一番いいなと思ってる。まだ、はっきりとはしないけど、最近特にそう思うんだ。歌もなんだか楽しくなっちゃって。だから、まどかちゃんのまねっこになるけど……」

「まねっこ? ってことは沙紀も保育士になりたいのかな? 」

「うん。そんなところ。幼稚園の先生になりたいなって、思ってる。だから今日は、子ども達に会えるのがすっごく楽しみなんだ」


 沙紀はまだ康太にも言ってない将来の夢を、風の森幼稚園に向う道の途中でまどかにそっと告げたのだ。

 少し驚いていたまどかも、すぐに笑顔になって、飛び付くようにして沙紀に抱きついてきた。


「それ、いい! いいよ! 沙紀にピッタリかも。これから一緒に頑張ろうよ。夢に近づけるように頑張ろう! 」

「うん」

「あのね、大学によったら、幼稚園教諭と保育士の両方とも資格が取れるところもあるみたいだよ。あと、幼稚園と小学校とか」

「へえー。そうなんだ。冬休みの間にいろいろ調べてみるね」

「そうしよう。来年になったらオープンキャンパスとかも行ってみようよ」

「うん。そうする。いろいろ情報交換しようね、まどかちゃん」


 それは、沙紀の将来への夢がしっかりと形作られた瞬間だった。


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