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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第五章 ウェルナーの野ばら
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62 沙紀、すごいよ!

「まどかちゃん、実はあたしさあ、風の森幼稚園の卒園生なんだ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、めぐみはずっとこの辺に住んでるんだね」

「小学生まではね。でも中学校入学の時に引っ越して、今は駅一つ分遠くなっちゃったけど」

「そうなんだ」

「きれいな先生がいっぱいいるんだよ、あそこ」


 窓の外は残暑が厳しい九月の陽気だ。

 汗ばみながらクリスマスメドレーを奏でる沙紀の耳に、どこからともなくそんな会話が届いてくる。


「あたしもそれ、聞いたことある。どの先生も優しくて美人でさ。お金持ちの子どもが行く幼稚園だって誰かが言ってた。ってことは、めぐみのうちって、お金持ちだったんだ」

「やだ、美紗ってば。そんなことないよー。うちは普通のサラリーマンの家だってば。まっ、いろいろだね。お金持ちっぽい子もいたけど、だいたいフツーだったよ」

「ふーん。めぐみも、美紗も、いろいろ知ってるんだね。で、他に情報は? 」

「さっき部長が言ってたけど、すっごく音楽に力入れてるってのもホント。先生たち、みんなピアノめっちゃうまいし、歌もいっぱい習ったんだ。そう言えば、大きなお姉さんやお兄さんが歌ってくれたことがあったような……。もしかしてその時のコンサートが今回あたしたちが参加するステージかも。ってことは、あたし、幼稚園の時に北高の大大大先輩の歌を聴いていたのかな」

「それってすごくない? でも部長も言ってたよね、毎年依頼されてるって。そのころからずっと続いているんだとしたら、なんか責任感じちゃう。だって、あたしたちが失敗したら、来年から……」

「「「呼ばれなくなる!!! 」」」


 皆が一斉に声をそろえる。


「なんか責任重大。でもいい経験だよね」

「うんうん」

「にしても素敵な幼稚園だなー。めぐみの話を聞けば聞くほど、風の森幼稚園に早く行きたくなっちゃう。ねえねえ、沙紀も早く行きたいよね? 」


 突然後ろから声を掛けられて、沙紀はびっくりしてピアノを弾く手を止めた。


「あ、ごめん。びっくりした? 」

「だって、まさかまどかちゃんがピアノのすぐそばまで来てるって思わなかったから」

「悪い、悪い。でもさあ、沙紀ってすごいよね。もうほとんど完璧に弾いてるし。魔法使いみたい」


 沙紀の後ろに立ったまどかが、背後から楽譜を覗き込みながら感嘆の声を漏らす。


「うんうん。本当にすごいよ! 歌だって初めてなのにめっちゃ努力して部長にも認められてるし、ピアノもうますぎる! 」


 めぐみと美紗もやって来て、沙紀を取り囲むようにして賛同している。


「そ、そんなことないよ。歌なんか、まだまだだし、ピアノだって……」


 康太にはなかなか褒めてもらえない。

 というか、ダメだしばかりだ。

 楽しいはずのピアノのレッスンも、最近ではけんかばかりで気が重くなる。


「何言ってるんだか。沙紀、今初めて楽譜見て弾いてたんだよね。なんでいきなり両手で、それもフラットやシャープがいっぱい付いてるのにすらすらっと弾けちゃうの? あたしなんて四年生から中二まで五年間ピアノ習ってたけど、そんなこと出来ないし」

「ホント、ホント。まどかちゃんの言う通りだよ」


 めぐみと美紗のみならず、室内にいる全員が深く頷いている。


「沙紀。沙紀が小笠原先輩にいろいろ言われたりしてるけど、ここにいる一年生全員、沙紀の味方だからね。先輩の言ってること、めちゃくちゃだもの。あたしが、なんで沙紀ばかり注意されなきゃならないんですか、って聞いたら、しどろもどろになってるし。ホント意味不明だよね。たまたま沙紀がターゲットにされてるだけだからさ。気にしないでやって行こうよ」

「うん。でも、あたしだって悪いところいっぱいあるから。今日だって、ボーっとしちゃって」

「沙紀、それは仕方ないって。吉野とのありえないウワサを立てられて、メンタルやられちゃってるからね。大丈夫、大丈夫。人の噂も七十五日っていうし。みんなで力を合わせて、このコンサートを成功させようよ。そして小笠原先輩を見返してやろう。あたしたち、しっかり歌うから。こっちはまかせといて。沙紀は伴奏頑張ってね」

「う、うん。ありがと」


 まどかに思いっきり肩をポンと叩かれてよろけそうになったが、どの部員も元気で根は優しい。

 副部長の風当たりがきつい分、仲間たちのさりげない気遣いに沙紀はいつも助けられているのだ。

 まどかの弁明のおかげで、康太とのウワサ話も合唱部内ではしっかりともみ消されている。

 沙紀は楽譜をカバンに詰め込むと、その日は早めに帰ろうと誰よりも早く音楽室を後にした。

 もちろん、ピアノの練習をするためだ。

 そして部長の期待と仲間の信頼を裏切らないためにも、どの曲も完璧に仕上げるぞと意気込んで家路に着いたのだった。



 外には北風が吹き荒れ、枯れ葉がグラウンドの片隅でヒューっと舞い上がる十二月の上旬。

 期末テスト最終日の午前中、二時限目のテスト終了後の十一時前に音楽室に一年生の合唱部員全員が集まっていた。

 今日は風の森幼稚園に合唱コンサートに行く日である。

 早めの昼食を済ませると、発声練習と本日歌う曲を一通り練習して学校を出た。

 制服のリボンを整えハイソックスの位置も確認する。

 紺のブレザーにチェックのスカートは、オーソドックスな中にもかわいらしさがあり、地元では一番人気を誇るデザインだ。

 この制服が着たいがために受験する人もいると聞く。

 沙紀はテスト中であるにもかかわらず、今日という日を心待ちにしていた。

 というのも、康太が初めてピアノ演奏を褒めてくれたのだ。

 それはテストが始まる三日前のことだった。

 テスト勉強をするという名目で彼の家に出向き、二時間ほどおしゃべりとほんの少しの勉強をしたのち、伴奏曲を聴きたいと言う兼ねてからの康太のリクエストに応じて弾いてみたのだ。

 すべて弾き終えると、彼は満足そうにうなずき、拍手までしてくれた。

 同居人の雅人は仕事で不在だったため、緊張感もなく、のびのびと弾けたのがよかったのだろう。

 誰もが知っている童謡では、思いがけなく彼の歌声まで聞けた。

 それがまた、想像以上にうまく、危うく腰を抜かしそうになるところだったのだ。

 サッカー仲間とたまにカラオケに行くとは聞いていたが、まさかここまで彼が歌えるとは、予想だにしていなかった。

 部長に替わって、合唱部にスカウトしたくなるほどだった。


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