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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第五章 ウェルナーの野ばら
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61 思いつき

「今年の一年はハーモニーがいい。そしてソプラノがよく響く。まあ、その筆頭の相崎が今回は伴奏に回るから何とも言えないが、とにかく度胸づけのためにも一年に行ってもらうことに決めた。この経験が来年、再来年のコンクールへの(いしずえ)となるだろうし。もちろん顧問の佐賀先生の許可も取っている」

「そ、そんな……」


 小笠原はまだ納得できないのか食い下がろうとするが、星川の意思が変わることはなかった。

 沙紀は今、どさくさに紛れて、とんでもないことを耳にしたような気がしていた。

 ソプラノがよく響く……と。

 確かにパートリーダーの水田から今年のソプラノは粒揃いだと言われたことはある。

 しかし……だ。相崎を筆頭にというのはいったいどういうことなのか。

 沙紀は初心者の自分がそんな風に言われることに全く合点がいかなくて、真実を確かめるべく隣のまどかにすがるような眼差しを向けた。


「沙紀、やったね。ついに認められたんだよ。だって、沙紀の声、すんごくきれいだもん」


 まどかがにっこり笑って、沙紀の横で小さくガッツポーズをする。


「で、でも……。あたしなんか、すっごくヘタだし、副部長に叱られてばっかだし……」


 沙紀が周りに聞こえないように、こそっとまどかの耳元で言った。


「だ、か、ら。副部長の言うことは気にしちゃダメって、いつも言ってるでしょ! 」

「ま、まどかちゃん。声が大きいよ……」


 沙紀はまどかに向って人差し指を口元に当てながら、シーっと言って見せたが、もう遅かった。


「そこ! 何か質問でもあるのか? 私語が多いぞ」


 容赦なく星川の怒りを含んだ声がまどかと沙紀に向かって響き渡る。


「部長、すみません。あの……。やっぱり質問あります! 」


 何を思ったのか、突如まどかが高々と手をあげ、星川に質問し始めた。


「幼稚園で歌うってことですが、童謡とかアニメソングとか歌うんですか? 実はあたし、将来保育士か幼稚園の先生になりたいって思ってるんです! だから今回の公演依頼で何を歌うのかなって、気になってしかたないんですけど……」


 さすがまどかだ。注意されたこともいつの間にか聞き流して、誰もが知りたくてたまらないことをいとも簡単に聞いてしまうこの度胸のよさに、惚れ惚れしてしまう。

 が、しかし。彼女が保育士か幼稚園の先生になりたいというのは、沙紀にとっては初耳だった。


「歌の楽譜は今ここに持ってきた。童謡も何曲かあるが、ドイツリートやイタリア歌曲、過去のコンクール課題曲もある。幼稚園サイドではクリスマスコンサートという位置づけらしい。なのでクリスマスにちなんだ曲もいくつかピックアップしている。音楽にうるさい幼稚園だから、こちらも相手が子どもだからと言って手を抜くつもりはない。気分を引き締めて取り組むように。井原、君は将来の目標がもう決まっているんだな? 」

「あ、はいっ! 」

「ならば、しっかりと自分の目で確かめてくるように」 

「わかりました! 部長、ありがとうございます」


 まどかの威勢のいい返事が室内に心地よく響く。


「では今日はこの後、各自で譜読みをすること。明日からパート練習に入る。小笠原、三年は今からコンクールの練習だぞ。ここはもういいから……」

「ぶ、部長! 待ってください。本当に一年生だけで大丈夫なんですか? いくらコンクールの練習があるからって言っても、期末テストの時にはコンクールも終わってるし、あとで追い込み練習すればいいじゃないですか。あたしだって、幼稚園に行きたかったし。ねえ、ちょっと待ってよ! 部長! 待って! 星川君! 聞いてるの? 星川君ってば! 」 


 振り返ることもなく音楽室をさっさと出て行く星川と、叫びながら部長の後ろをちょこまかとついて行く小笠原に向ってペコリと頭を下げたまどかは、沙紀に向き直ってすかさず舌をチョロっと出してみせた。


「あたしさあ、実を言うと、さっき急に思いついたんだよね」


 まどかが何かを企んでるような目で沙紀を見てそう言った。


「何を思いついたっていうの? まどかちゃん……」

「へへへ。たった今、保育士か幼稚園の先生になりたいって思ったとこ、っていうか、思いつくままに適当にしゃべっちゃったっていうのかな」

「えええ! じゃあ、前からずっと幼稚園の先生とかになりたかったってわけじゃないってこと? 」

「うん。口からでまかせ、的な」

「そ、そうなんだ。にしてもすごい発想だね」

「だから部長に将来の目標がもう決まっているとか言われて、ちょっと背中がムズムズしちゃった。でもあの切り替えしなら、おしゃべりしてたって先輩も許してくれるでしょ? あたしってすごいと思わない? こういうことだけは機転が利くのよね、ふっふっふっ……! 」


 まどかは自分の咄嗟の応対に満足したのか、鼻歌まで歌い出す始末だ。


「ま、まどかちゃん……」


 沙紀は、まどかの機転というよりも、そのありえないほどの強靭な心臓と度胸に改めて感心するやら驚くやらで、しばらくの間、開いた口がふさがらなかった。


「さあ、みんなに楽譜を配って、譜読みしなきゃね。沙紀、初見で弾けるよね。取りあえず、全部の曲を弾いてみてよ。そしたらどんな曲かわかるからさ。なんだかわくわくしちゃう。クリスマスコンサートだよ。あたしたち、北高生になって初めての単独ステージ。楽しみだなー」


 一年生のまとめ役を任されているまどかがはりきって陣頭指揮を執る。

 全部で十五曲ほどの楽譜を全員で仕分けして配り終えると、沙紀はピアノの前に向かった。

 クリスマスキャロルメドレーの楽譜を譜面たてに置き、しばらくの間音符を読みこんだ後、ゆっくりと弾き始めた。


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