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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第四章 ショパン バラード 第一番
57/188

55 まどかの暴走

「いや、そ、その……。北高合格して良かったなあって思い出しちゃった。だってあの時は絶対に落ちたと思ったんだもん……」

「そう言えばそんなこともあったね。沙紀ときたら全然別の掲示板見て、ないないって、顔面蒼白だったし。でもさ、蓋を開けてみれば沙紀ったら、北高トップ合格なんだよ。すごいってば。もっと自信もっていいんだから。……って、話がちっとも進まないじゃん! で、青山さんなんだけどさあ」

「ご、ゴメン。それでひろちゃんが……何か言ってたの? 」

「うん……」


 まどかが音楽室の前で急に(かが)みこむと、同じように低くしゃがんだ沙紀の耳元で小声で話し始めた。


「吉野の好きな人って誰だろうって。誰か付き合ってる人とかいるのかなって、あたしに聞くの。もしかして彼女って吉野狙いなのかな? 沙紀は何か知ってる? 」

「さ、さあ……。塾は一緒だったけど、中三の時はクラスも違ったし、あまりそういう話はしなかったし……」


 まさか彼女が康太に告白してフラれたなんて口が裂けても言えない。

 沙紀はまどかに対して、慎重に言葉を選ばざるを得なかった。


「へえ、青山さんって案外秘密主義なんだ。でもさ、それを言うなら沙紀だって、あたしにちっとも教えてくれないしね? 」

「えっ? なんのこと? 」

「まーーた、しらばっくれちゃってさ。ほら。沙紀のカレシのはなしだよ」

「だから……。いつも言ってるけど、カレシはいないってば」

「ホント? 」

「うん。ホントだよ」

「まあね。これだけ沙紀と一緒にいても、それっぽいことは何一つ発見できないってのも正直なところ。やっぱ、合格発表の時にファミレスで見かけた人、沙紀じゃなかったのかも」

「ずっと言ってるでしょ、人違いだって」

「まあ、そういうことにしておこう。でさあ、吉野って、実のところはどうなの? 彼女とかいるっぽい? 」


 沙紀は瞬時に固まった。どうして話がそこへ行くのか、全くもって、意味不明である。

 別に美ひろが誰狙いでもまどかには関係ないはずなのだが。


「いる……かな? どうかな? よくわかんないよ」

「そうだよね。いくら隣同士でもそこまではわかんないよね。ただね、青山さんの口ぶりからして、吉野には好きな人がいるみたいなニュアンスを感じたんだ。誰だろうって、いろいろ考えてみたんだけど……」

「だ、誰なんだろうね? こうちゃん……いや、よ、吉野の好きな人って」


 もしかしてまどかは何か気付いたのだろうか? 

 沙紀は心臓がドキドキするのを必死で隠しながらまどかの出かたを窺っていた。

 すると、頬を上気させうっとりしたような目をしたまどかが、沙紀に向ってゆっくりと口を開くのだ。 


「ねえねえ沙紀……。あたし前から思ってたんだけど、吉野の好きな人ってもしかして……」


 沙紀の心臓はもうこれ以上ないってくらい大きく鳴り響き、息をするのも苦しくなってきた。

 ああ、もうこれでおしまいだ、すべて気付かれてしまったと思ったのだが。


「もしかして、あたしのことかな? やだーー。なんか恥ずかしいな。沙紀はどう思う? 」

「ほぁ? 」


 沙紀はあまりのまどかの珍解答に、はぁ? と聞き返したつもりが、ほぁ? とこれまたへんてこな発音になってしまった。

 何でそうなるの? 康太の好きな人が、なぜ、まどかになるのだろう。

 沙紀の鼓動は、今度は全く別の意味で早鐘を打ち始める。


「だってさ、あたし中学二年までは吉野のお母さんにピアノ習ってたし、中学は学校違ったけどちょくちょく顔も合わせてたのよね。カレって少し照れ屋じゃん? だからあたしに何も言えずに今まできちゃった……てのはどう? あたし、二年の時から北高受けるってずっと宣言してたから、彼もそれに合せて受験し直してくれたとか」

「な、なるほど。なくもないね」

「でしょ? そんな気がしてしょうがないんだけど、沙紀はどう思う? でもさあ、彼って高校生になってかなりモテてるし、あたしが早くはっきりした態度を示さないと、誰かにとられちゃうかもね? 」

「そ、そ、そうだね」


 沙紀はまどかの暴走ぶりに返す言葉も見つからなかったが、康太との関係がバレてないだけでもこの場はよしとしようと、それ以上まどかに逆らうのは辞めておくことした。


「というわけだからさ、吉野の様子をそれとなく探っておいて欲しいんだ。沙紀、お願い! 」

「わかった。出来る限りのことはしてみるね」

「でもさ……。小学校の時の彼ってちょっと暗い感じで、目立つタイプじゃなかったよね。どっちかと言えば、山本伊太郎の方が、ひょうきんでおもしろかった気がする。あの頃は別に何とも思わなかったのに、最近の吉野は子どもの頃とは別人だよね。沙紀はそう思わない? 」


「ど、どーだろう? 」

「もう、沙紀ったら全く吉野の良さがわかってないんだね。そばに居過ぎて、彼の素敵さがわかってないんだよ。一度客観的に見てみて。もうさ、めっちゃしびれるからさ」


 はい。いつもしびれています……。

 彼に見つめられるだけで身体がとろけそうになるし、抱きしめられた日には、足の力が抜けて立っていられないほどだった。ましてや彼の唇が頬に触れた時には、それはもう……などと思わず口走ってしまいそうになるのをなんとか抑える。 

 沙紀はこの時ほど、噂は本当で康太と付き合っているのは自分なのだと堂々と宣言したいと思ったことはない。

 沙紀はひとり心の中で、言いようのないもどかしさと対峙していた。

 康太の良さは自分が一番理解しているんだと。

 そしてその康太が愛してくれているのは、他の誰でもない、この自分なのだとまどかに胸を張って言いたかった。


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