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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第四章 ショパン バラード 第一番
43/188

41 キャプテン参上

沙紀視点になります。

「横田? なんか用か? 」

「ああ星川……。練習中にすまない。ちょっと頼みたいことがあって……」


 横田は戸口に立っている康太の方をちらっと振り返り、それから星川に懇願するような眼差しを向けている。


「横田、なんかいつものおまえらしくないな。何があった」

「それが、新入部員のことなんだが……」

「あのドアのところに立っているやつか? それで俺にどうしろと」


 星川は腕を組み、康太と横田を代わる代わる見た。


「いや、実は。俺にはちょっと専門外でどうしたものかと……。吉野、こっちへ来い」


 横田に呼ばれた康太は、シューズをぬぎ中に入って来た。そして沙紀と目が合う。

 彼は、沙紀、なんでこんなところに……と、声には出さず口だけを動かして訊ねてくる。


「あ……こう……」


 でもこれ以上は何も言えなかった。

 星川と小笠原、そして、横田と言う大きな身体の威圧的な人物まで登場したものだから、沙紀の心臓は一段と縮み上がってしまった。

 康太もその雰囲気を察してくれたのか、沙紀のことは全く視野に入ってないそぶりで、星川に向って失礼しますと頭を下げていた。

 沙紀は目の前で何が起こっているのか全く理解できないまま、隣で同じようにぽかんとしている小笠原と一緒に三人の様子を眺めていた。

 ようやく平常心を取り戻したのだろうか。小笠原が沙紀にひそひそと話しかけてきた。


「相崎さん。あなた、なかなかやるわね。なんて曲かよく知らないけど、結構弾けてたんじゃない。……多分部長からスカウトされるわよ」

「スカウト……ですか? ということは、合唱のピアノ伴奏を頼まれるのでしょうか」


 沙紀も小笠原に負けないくらい小さな声で答える。

 というのも、三人の男性の会話をなんとか聞きだそうと耳を澄ませている最中だったからだ。

 これから本題に入るという所なのに、小笠原に話しかけられて迷惑だった。


「伴奏じゃないと思う。合唱を勧められるかも。だって伴奏は部長自らやるんだもの」

「えっ? 星川部長は指揮者じゃないんですか? 」


 男性三人の会話が気になって半分上の空だった沙紀も、今の小笠原の言葉には素早く反応する。

 伴奏じゃないとすれば……。沙紀の背中に嫌な汗が流れ落ちるのがわかった。


「コンクールの時、指揮は顧問の先生がやるのよ。そして伴奏は彼が。だから相崎さんはきっと合唱メンバーとしてのスカウト。あなたの声質の良さは、私も認めるわ。かなりハイトーンのソプラノね。それに音楽性があれば歌の表現も期待できるから……」

「えっ……。合唱なんて、そんな……」

「おい、小笠原」


 沙紀の言葉をさえぎるように、星川のひと声で瞬く間に副部長との会話も終焉を迎えさせられてしまう。


「今から、こっちの一年にピアノを弾いてもらう」

「へっ? じゃあ、相崎さんは? 」

「しばらく席に着いて待ってもらってくれ。……相崎、いいな」

「は、はいっ! 」


 突然、星川に名前を呼ばれ、緊張のあまり、つい体育会系のノリで大声で返事をしてしまった。

 すぐに気付いたがもう遅い。恥ずかしさの余り、星川の顔をまともに直視できない。

 沙紀が何気なく目をやった先には、遠慮がちに肩を小刻みに揺らしている康太の姿がはっきりと見えた。


「ははは! 元気だな、君は。演奏が途中になって悪いが、こっちのサッカー少年を優先してもいいかな? 」


 星川の意外にも優しそうな笑顔に少しドキッとしたが、沙紀は気を取り直して「はい、いいです」と真っ直ぐに部長に向って返事をした。


「悪いけど、少し待っててくれ。それにしても、まさかサッカー部のメンバー選考に俺が必要になるとはな。横田、俺の一存で判断すべきではないかもしれないが、とにかく聴いてみるよ。話は、それからだ」

「頼む。俺もどうしていいかわからないんだ。もし、吉野が将来ピアニストになる素質があるんなら考慮してやらないといけないしな。是非とも星川の意見を聞かせてくれ」

「わかった。吉野……だったか? 相崎と変わって何か弾いてみてくれ」

「あ、はい」


 康太は、手を開いたり閉じたりしながらピアノの側にやって来た。

 沙紀はどうしても黙っていられなくなって、すれ違いざまに康太に話しかけてしまった。


「……いったい何があったの? あたしも今まで弾かされてたんだ……」

「聴いてたよ。最後、ピューモッソ前の転調して上がって行くところ、一ヶ所、音はずしたろ? で、そっちこそ、なんでここに? 」


 完璧主義な康太は、こんな緊急事態でも決して妥協しない。

 確かに沙紀は、康太の指摘したところで一音はずしたのだ。


「……君たち、知り合いか? 」


 音楽室後方に陣取った星川が、ピアノの前でこそこそしゃべっている二人に割り込むようにして訊ねる。


「は、はい。その、同じ小学校だったので……」


 沙紀がしどろもどろになっていると、すかさず星川が康太に聞く。


「で、吉野……。何を弾く? 」と。

「では、ショパンバラード第一番で……」


 瞬間星川は顔を上げ、康太をまじまじと見つめた。


「なるほど、そう来るか……。楽しみだな。小笠原! 相崎。教室の窓とドアを全部閉めてくれ! 部外者入室禁止だ」


 星川のぴりぴりした緊張感が隣に座るキャプテンの横田にも伝わったのか、大きな体を持て余すようにそわそわし始めた。


「なあ、星川。俺なんかがここにいてもいいのか」

「ああ。いてもらわないと困る。俺のカンだが。こいつ、面白いものを見せてくれそうな気がするんだ」

「俺にはよくわからんが、まあ、おまえの言う通り、ここにいるとするか……」


 

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