32 部活争奪戦
まさか入学式の後は、沙紀と二人でデートがあるからとも言えなくて、康太はほとほと困っていたのだ。
沙紀も同じ気持ちだったようで、阻止しようとあれこれ手を尽くしてくれたようだったが、無理だった、と泣き顔の絵文字と共に携帯に連絡が入っていた。
今ごろ校門あたりで母親達に待ち伏せされているのは間違いない。もう逃げようがない。
潔くあきらめるしかないと思っていた康太だったが。
クラス集合写真の撮影も終わり、ホームルームのあと下校という段になって、何やら教室の外が騒がしくなってきた。
「では明日、雑巾二枚と提出書類を忘れずに持参するように。本日はこれまで。……いよいよ恒例の新入生獲得争奪戦の幕開けだな」
と康太のクラス担任が何やらわけのわからないことを話している。
すると生徒の一人が手を上げた。
「先生! 争奪戦ってなんですか? かなり廊下が騒々しいんですけど」
「ははは……。外に出てみりゃわかるさ。まあ君たちが無事、校門の外に出れる事を祈っているよ」
先生は意に介さないとでもいう風に、のんきに笑っている。
康太が教室から一歩出た時だった。
手にポスターや様々な小道具を持った先輩とおぼしき面々が、教室から出てくる新入生に向って何やら叫んでいるのだ。
「新入生のみなさん! 本日解禁でーーす! 我が部へ是非! 」
それはまさしく部活動の新入生獲得争奪戦の開幕の合図だったのだ。
口々に部活の名前を連呼しながら右も左もわからない新入生をだだっと取り囲む。
どこのキャッチセールスよりも素早く手ごわい。
康太はもうすでにサッカー部に入ると決めているので、うまく勧誘を交わしながら人を避けて進んでいった。
すると、前方に見慣れた後姿が目に入る。沙紀だ。
英語研究部という看板を掲げた取り巻きに囲まれているではないか。
康太は急いで沙紀のそばに駆け寄った。
ちょうど黒ぶちメガネの男子生徒が沙紀に詰め寄っているところだった。
「こ、こんなに強引ですみません。英研存続の危機なんです。是非とも英研に入部を。あなたは確か新入生代表スピーチでしたよね。あなたみたいな人に入部してもらえたら、わが部も安泰なんですが……」
「え? あ、いや、英語は……」
「楽しいですよ。英語が好きでも嫌いでも関係ありません。かえって嫌いな人の方が向いているかもです。新入生歓迎パーティーに始まり、ゴールデンウイークには映画鑑賞会、夏休みには英語圏の国々の方との交流や留学もあります。そして何と言っても文化祭。英語でのスピーチで北高祭を盛り上げ……って、え? な、なんで? 」
「すみません。こいつにちょっと用があるんで」
康太は黒ぶちメガネに有無を言わせず沙紀の腕を掴むと、階段の踊り場に向って引っ張って行く。
「お、おい! き、君ぃーー! 失礼だぞー! 先輩を差し置いて彼女に何するんだぁーー! 」
まるで迫力のない黒ぶちメガネがあたふたと康太に向って叫んでいるのだが、沙紀を奪い返す気がいもなく、すぐに観念したのか追ってもこない。
いくらなんでもあきらめが早すぎるだろうと思われるくらいの呆気ない一幕だった。
「こうちゃん。やめて。い、痛いっ! 」
沙紀の剣幕の意味がわからず、康太は困惑を隠せない。
せっかく妙な勧誘から助け出してやったのに……。
「もう、その手。腕が痛いよ! 」
「あっ、ごめん。沙紀をあの場から救い出すため無我夢中だったから……」
あわてて沙紀の腕から手を離した康太は、それでも不満だった。
あのまま放っておいたらどうなってたと思うのかと。
「悪かったよ。でもな、あのままだと英研に無理やり入部させられてたぞ。ふらふらしてたら取り返しのつかないことになるからな。気をつけろよ」
「そうか……。そうだよね。なんかね、いつの間にかあんなことになってて。あたしってなんてバカなんだろう。こうちゃん、助けてくれてありがと」
「ああ、俺だってびっくりしたさ」
「それにしてもすごいね。これじゃあ、校門までなかなかたどり着けそうにないよ。ママたち待ちぼうけだね」
「そうだな。……でもそれ、いいかも。お袋たちも、俺達と一緒に昼メシ食うの、あきらめて帰ってくれるかもな」
「それ、ありかも。このまま無傷で校門まで行けそうにないし」
「うん。それよか、沙紀は陸上部だろ? 俺はサッカー部だからとっとと入部手続き済ませちまおうよ。じゃあ後で、あのポプラの木で待ち合わせな」
そう言って康太はまた人ごみの中に舞い戻って行った。
康太は何の疑いも無く、沙紀が陸上部に入るものだと信じていた。
沙紀は陸上でインターハイへ。康太はサッカーで、全国大会へ。
その夢を果たすためにこの高校へ来たのだ。
お互いに進む道は違うけれど、夢へのあこがれや実現のために、励まし合ってこれからも一緒に歩んでいくつもりだった。
いくつもの勧誘の網をくぐり抜け、ようやくサッカー部の看板の下にたどり着いた時、夏子から、遅くなりそうだからもう先に帰るね、と期待を裏切らない安堵のメールが届いていた。




