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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第一章 ショパン 子犬のワルツ
3/188

1 お山の大将

沙紀と康太はどのようにして出会ったのでしょうか。

小学校に入学した頃の時代に話がさかのぼります。

 沙紀が(みどり)台にやってきたのは、小学校入学を控えた三月の終わりごろだった。

 二十倍とも三十倍とも言われた抽選倍率をくぐりぬけ、念願の一戸建て住宅を手に入れた沙紀の両親は意気揚揚とこの地に足を踏み入れた。

 大手電機メーカーに勤める沙紀の父親の(とおる)は、まだ自然の残るこの地で子どもをのびのびと育てていきたいと夢を大きく描いていた。

 職場への通勤の利便性を考えて今までは県中心部のマンションに住んでいたが、近くにあった小学校も児童減少で統廃合の煽りを受け廃校に追いやられてしまった。

 そのため隣の校区の小学校まで行かなければならず、その通学路は車の往来も激しく危険も伴うことから子どもにとって十分な環境とは言い難かった。

 思いっきり走り回れるような大きな公園も近所にない。

 2DKのマンションも手狭になってきた。

 様々なマイナス条件が重なり、ちょうど小学校入学を控えた娘を持つ徹にとって、今が引越しの最大のチャンスなのではないかと考えたのだ。

 片や教育熱心な母親の春江は、娘の沙紀を有名私立中学を受験させたいと息巻いていたが、そのためには今まで住んでいたマンションの方が通学が格段に便利だった。

 駅も近い。進学塾もあちこちに存在する。

 しかし、一戸建て住宅の魅力はそれをも上回る威力を発揮する。

 少し不便な地ではあるが、開発に併せて開通する予定の鉄道に期待を寄せつつ、この地への引越しをしぶしぶ承諾したという経緯がある。

 そんな親心を知ってか知らずか、沙紀は引っ越したら飼ってもいいと言われた子犬がいつ来るのかと、そればかりを心待ちにしていた。

 入学式も無事終わった四月のある日、いきなりクラスメイトを十人も引き連れて家に帰ってきて大騒ぎを巻き起こしたのは、まぎれもなく相崎家の長女、沙紀だった。


「おばちゃん、こんにちはー」

「おじゃましまーーっす! 」

「うわー。きれいだね、沙紀ちゃんち。新しいお家のにおいがする! 」


 と玄関先で迎えた春江に子ども達が口々に声を掛けていく。

 瞬く間に玄関のたたきは子ども達の靴でいっぱいになり、最後に部屋に入ってきた女の子が黙々と散乱した靴を揃えているのを春江は驚いた顔をして見下ろしていた。


「あらあら。あなたも早くみんなのところに行きなさい。あとはおばちゃんがやっておくからね」


 すると、色の白いかわいらしいその子が、何も言わずただにこっと微笑んで、足音も立てずに静かに廊下を歩いて行ったのだ。

 沙紀とは全く違うタイプの子どもだったが、あのようにおとなしく女の子らしい子と友達になれば、沙紀も少しはおしとやかになるのではないかなどと春江は密かに期待を膨らませていた。

 子ども達の声が飛び交うリビングは、この世のものとは思えないほどの惨状を呈していた。

 新調したソファの上を飛び跳ねる子や、テーブルに腰掛ける子。

 白く輝いているピカピカの壁紙にとび蹴りを入れる子に、続き間の和室のテーブルの周りをぐるぐる走り回って追いかけっこをする子。

 テーブルに乗って片手を挙げ、そんな皆をますますけしかけているのは……。

 言うまでもない。それは春江の娘、沙紀だった。

 春江はクラクラしながらも気を取り直し、食器棚からかき集めたコップに麦茶を入れトレーに載せると、子ども達を呼び集めた。


「さあみんな、お茶を飲んだら外に行って遊んでいらっしゃい」


 コップの載ったトレーを、さっき沙紀が乗っていたテーブルに置いたとたん、十一人の子どもの手が一斉に伸びたかと思ったら、中身がからっぽになったコップがあっという間にトレーに再集結する。

 続いて玄関で押し合いへし合いが繰り広げられ、並べたばかりの靴を踏み散らかして、僕の靴がない、私のもない、と口々に声を上げ、おしくら饅頭さながらの修羅場がそこで巻き起こる。

 そして、瞬く間にどどっとみんなが庭になだれ込んだ。

 

 子どもたちの勢いは留まるところを知らない。

 もちろん行き先は、沙紀の子分として君臨したばかりのポチのところだ。

 徹の友人である吉野からもらわれてきた子犬のポチは、今や沙紀の世界一の宝物になっていた。

 いや、姉弟と言った方がいいかもしれない。


「なんでポチなの? もっとかわいらしい、今風の名前があるじゃない。ジョンとか、ジョニーとか……」


 そんな春江の助言も虚しく、ポチと言って譲らない沙紀に、とうとう根負けしてしまったのはつい数日前のこと。

 入学式の後、沙紀が教室でクラスの仲間たちにポチの自慢したところ、このような恐ろしい事態が勃発してしまったのだが、この後もしばらくは子ども達の出入りが止むことは無かった。

 こうやって相崎家の新居での暮らしは怒涛の幕開けとなったのである。



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