表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第三章 メンデルスゾーン 無言歌集より 春の歌
27/188

25 おまもり

「なんだ、沙紀」

「こうちゃん、お守り、ありがとう。嬉しいよ。明日の試験の時、ブレザーの内ポケットに入れておくね 」

「ああ。それがいい」

「それと、あの……」


 ドイツのことだけど、と言おうとするのだが、言葉にならない。


「なに? 」

「あ、いや、何でもない。明日、がんばるね。あたし、がんばるから。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ、沙紀」


 今度こそピチっと窓が閉まった。カーテンも引かれて明かりも消えた。

 やっぱり聞けなかった。ドイツに行くってほんとなの? と。

 もうこうなったら、何も言わない彼を信じよう。

 そして入試が終わって合格発表の後、康太に真実を確かめればいいとそう思った。


 沙紀は無事高校入試を終えて、合格発表の朝を迎えていた。

 制服のブレザーの内ポケットに、康太にもらったお守りをしのばせ、時折外側からそこに触れて確かめながら望んだ入試当日。

 思いのほかすらすらと問題が解けて、その夜の自己採点では、今までの模試でも出したことのないくらいの高得点がはじき出されたのだ。

 塾の講師に報告しに行ったところ、もし東高を受験していてもトップクラスで合格できそうなくらい良い結果だと大喜びしていた。

 過去のデータの北高の合否のボーダーラインを大きく上回り、合格間違いなしと太鼓判を押されたのだ。

 きっと康太のお守りの威力なのだろう。それと試験前日の彼の励ましの言葉が大きな力となって沙紀を包んでくれたのだ。

 彼には感謝の気持ちしかない。

 沙紀は北高前に行くバスに乗り込んだ後も、内ポケットのお守りをしきりに気にしながら、なんとか気持ちを落ち着かせようと、外の景色を眺めていた。

 今年の北高の入試倍率は非常に高かった。

 バスの中にいる中学生の三人に一人は不合格になる計算だ。

 いくら入試当日の手ごたえがあったからと言っても、あくまでも予想なのだ。

 自分の気付かないミスがあるかもしれない。

 突然不安感に襲われた沙紀は口元をぎゅっとつぐみ、祈るような気持ちで胸のポケットのお守りのあたりを手で押さえていた。

 会いたい。今すぐ康太に会いたいと心の中で何度も念じるのだが、今ここでそんなことが叶うはずもなく、沙紀は同時に溢れそうになる涙をなんとか堪えて、唇をかみ締めた。


「次は北高まえー。北高まえー。お忘れ物のないようにお降り下さい」


 独特の抑揚をつけた運転手のアナウンスが車内に流れ、バスが停車すると同時に我先にと北高の校門に向ってみんなが駆け出していく。

 地元の新聞社も取材に来ていた。腕章をつけたカメラマンが今か今かと合格発表待ち構えている。

 急にどよめきが起こったと思いきや、二階の教室の窓から受験番号が記された板がつるされ、学生たちの頭上にずらっと並べられる。

 その瞬間、あちこちから黄色い声が上がった。


 ない。


 沙紀は自分の番号の確認ができなかったのだ。

 ま、まさか……。最悪の事態を予感した沙紀は青ざめた顔でその場に立ち尽くす。

 すると同じ中学の仲間が別の場所から沙紀に声を掛けてくる。


「沙紀! なんでこんなところにいるの? こっち、こっちよ」


 そう言って一番右端の掲示板の前に連れてこられた。


「ほらね。沙紀、おめでとう! ちゃんと合格してるじゃん。あたしももちろん合格! 翠台中の十五人、全員合格だよ! 」


 中二の時同じクラスだった井原まどかが沙紀に抱きついている。

 何? 今なんて言った? 沙紀はまどかにしがみつくようにして訊ねる。


「んもう、沙紀ったら。あたしたち、みんな合格だよ」

「うそ、ホントに? どこ? あたしの番号どこにあった? 」


 沙紀はまだ信じられなかった。


「あそこ! あたしの番号のすぐ上」


 確かにあった。

 まどかの番号と縦に並んで掲示されている。

 それを確認したとたん、急に腰から下の力が抜けて沙紀はその場にうずくまってしまった。


「沙紀! 大丈夫? 」

「う、うん。でも、ちからが。入らない……」


 まどかに抱き起こされるようにして、なんとか立ち上がった沙紀は、もう一度自分の番号を確かめた。

 あった。何度見てもちゃんとそこに受験番号がある。沙紀は合格したのだ。

 今までしゃべったこともなかった同級生ともまるで昔からの親友のように、肩を抱き合って合格を喜びあった。

 一緒に来ていた親と記念撮影をする者、合格の書類が入った封筒を手にして、喜びのあまり激しく振り回している者、いつまでも掲示板の番号に見入っている者……。

 そこは様々な光景が写し出されている。

 合格の書類が入った封筒を手にした翠台中学の仲間は、引率の教師の元に再び集合して、全員が結果を報告する。

 教師からねぎらいの言葉を受け、解散の合図と共にみんながその場から散っていく。


「沙紀、帰ろうよ。同じクラスの直本さんも一緒だけどいい? 」

「あ、まどかちゃん。ありがと。でも、ちょっと用があって、その……」

「そっか。なんたって合格だもんね。お母さんと待ち合わせ? それじゃあお先に」


 一緒に帰れない理由をねほりはほり訊かれたらどうしようと思ったけど、あっさりと引き下がってくれてホッとした。

 まずは、あの儀式をしなければいけない。

 それ、何? 見せて見せて、と言われないためにはこうするしかなかったのだ。

 周りに誰もいなくなったのを確認した沙紀は、ようやくその時が来たのを知る。

 胸の内ポケットのお守りを手にすると中の手紙を取り出し、ドキドキする胸を押さえつつ、そっとそれを開いてみた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ