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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第二章 ベートーベン ピアノソナタ 悲愴
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23 伊太郎と沙紀

伊太郎視線です。

「ねえ、見た? さっきの子、絶対に松桜だよね」

「うん、見た見た。でもさ、ずるくない? 松桜から受験なんて」

「そうだよね。絶対、頭いいに決まってるじゃん。あの子が受かれば、うちらの誰かがオチル。不公平だよね」

「でもでも。カレ、結構かっこよかった」

「確かに。背も高くて、優しそうでさ」

「うんうん」


 伊太郎は受験会場でもあるこの北高の教室でひそひそと話している他校の生徒の会話に、耳をそばだてた。


「指も、なんかきれかったし。意外と細くて長かったよね」

「よく見てるね」

「だって、勉強ばっかで暗い毎日にちょっと日が射したっていうか、久しぶりのトキメキ……」

「やだ、もう好きになっちゃったの? なら絶対に合格しなきゃね」

「そうそう。合格しなきゃ、始まらない」


 松桜。背が高い。きれいな指。

 伊太郎はふと立ち上がり、皆が雑談に興じている教室を抜け出した。

 今日は北高の推薦入試の日だ。

 同じ中学からは五人ほど受験しているのだが、後の四人は別の小学校から進学してきたので、あまり親しくはない。

 一人で席について昼食を取り、午後の面接に備えて心を落ち着けようとしていたところだった。

 近くの席から聞こえて来る松桜出身だと思える人物の人となりに、伊太郎は思い当たるふしがあったのだ。

 急いで隣の教室に移動した。


「あれ? 吉野? 吉野康太か? 」


 素早く走り寄り、松桜生の前に立った。間違いない。康太だ。


「伊太郎か? おうっ、久しぶり! もしかしておまえも北高? 」

「ここにいる連中は皆北高に決まってるだろ?……っていうよか、おまえ。なんでここにいるんだよ? 」


 小学生時代に同じサッカーチームで全国大会への切符を手にしたあの時代がよみがえる。

 にしても納得がいかない。松桜は高校まであるはずだ。

 そのために康太は六年生で受験をして難関と言われる人気校に進学したはずなのに。


「えっ? 康太、おまえ、もしかして。松桜クビになったのか? 」

「ああ……。ちょっとやらかしてしまって……」


 その後の会話は、すぐにあの頃の二人に戻っていた。

 昔、隣に住んでいる相崎とのことを冷やかしたりもした。

 そのことを今でも根に持っているのか、またもや蒸し返される。

 あの時の自分は本当に幼かったと思う。

 どうしてあんなことをしたのか、さっぱりわからないというのが本音だ。

 ただ、仲の良かった康太を相崎に取られるような嫉妬心もあったのは確かだ。

 それと。活発で、明るくて。時には優しい相崎に、次第に惹かれていたというのも理由のひとつだ。

 ほら、好きなのに正直になれず、ちょっかいばかりかけてしまうと言うアレだ。

 波風を立てることで二人の仲を引き裂き、康太は友人として伊太郎と仲を深め、フリーになった相崎が伊太郎をあこがれの目で見てくれる、などと自分中心の思考しかなかった。

 あの頃に戻れるならもう一度チャンスが欲しい。

 あんなお子様な冷やかしなど封印して、サッカーに勉強にと頑張る姿を見せて、堂々と康太と相崎に立ち向かうべきだったのだ。


 でも一つだけ発見があった。

 康太と相崎は確かに仲が良かったが、それは幼なじみ特有の気心の知れた間柄というものに他ならないと。

 もし、二人が今でもつながっていて、付き合っているようなことがあれば、相崎が康太の北高受験を知らないはずがないからだ。

 これで最強な恋のライバルがカウントされないとわかると、伊太郎はほっと胸をなでおろした。 

 面接の始まりを知らせるチャイムがなり、伊太郎は再び自分の待機場所へと戻り、順番を待った



「ねえねえ、山本君」

「え? 何だよ、相崎」


 あの推薦入試の日から一週間経った日、伊太郎のすぐ後ろに座っている相崎沙紀が背中を指でツンツンと突き彼を呼ぶ。

 伊太郎は何事かと思い、後ろを振り向いた。


「北高合格、おめでとう! 」

「ああ、そのことか。ありがとう」

「もう決まったんだね。いいな。あたしはまだまだ先の話だし、なんかうらやましい」

「何言ってるんだよ。もう入試まで一カ月切ってるだろ? あっという間だよ。まあ、頑張れ」


 これからが公立入試の本番だ。みんなが最後の追い込みをかけているこの時期、いくら合格したからと言って一人浮かれているのもどうかと思い、出来るだけその話題には触れないようにしていた。

 しかし。相崎からおめでとうと言われて、嬉しくないはずがない。

 舞い上がってしまった伊太郎は、言わなくてもいいことまで、ついついしゃべってしまった。


「なあ相崎? 俺、入試の時、珍しい人に会ったぞ……」


 相崎はキョトンとしながら伊太郎を見ている。

 か、かわいい。

 彼女がますます伊太郎の意中の人になっていく。

 おっと、彼女に見とれすぎて会話が終わるのは残念すぎる。

 さあ、相崎。何でも訊いてくれ、と伊太郎は心の中で両手を広げてウエルカム体制になる。


「珍しい人? え、誰だろ。わかった。芸能人? 」

「さて、どうでしょう。入学してからのお楽しみだな」


 もちろん答えは教えられない。これは男と男の約束なのだから。


「ええっ! ずるいよ。教えてよ。誰なのさ。ねえ、教えろっ! 」


 昔からのケンカ相手である伊太郎には相崎も容赦ない。

 今にも胸ぐらに掴みかかりそうな勢いで、まくし立ててくるではないか。


「あいざきーー、おまえ女のくせに、こえーよ! 」

「女のくせにとか言った。今どき、男とか女とか関係ないんだから! 誰だって内緒にされたら怒りたくなるんだってば」      

「はいはい、そのとおりです。でもな、俺に殴りかかってくるのは後にも先にもおまえだけだからな。北高合格したら教えてやる。まあ、勉強がんばれ! 」


 そう言って、前に向き直った伊太郎の背中に、尚も、教えて、教えてと訴え続ける女子がいる。

 きっとまだプリプリと怒っているだろう彼女の顔すら、かわいいに違いない。

 こんなにも相崎のことが好きになるとは思わなかった。

 けれど、彼女にこの気持ちを伝えるのは、もう少し先になりそうだ。

 その日まで、ポーカーフェイスを貫き通そうと、伊太郎は心に誓った。

 


 







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