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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
プロローグ
2/188

プロローグ  2

 ようやく着いたお目当てのカフェ、ポムポムは、主婦や家族連れで賑わいをみせていた。

 割引クーポンの付いた雑誌で紹介されていたお勧めのランチプレートを頼み、スープを飲みながら、恒例の近況報告を始める。


「うーん。これといって報告するようなことはないんだけどね。もうすぐ運動会だから、家に帰る時間はかなり遅い、みたいだよ。こうちゃんが担任してる六年生は出番も多いし、競技別に指導案を作るだけでも大変なんじゃないのかな? 」


 沙紀は出来る限りさりげなく言ったつもりだった。

 特に帰宅時間のあたりにはたっぷり神経を使ったはずだ。

 ただし、遅いみたいという言い回しに変な間が空いてしまったのは誤算だった。

 怪しまれなかっただろうか。

 絶対に気付かれてはいけないのだ。

 本当は沙紀が康太とほぼ一緒に暮らしている状態だなんてことだけは。


「そうなのね。毎年この時期は忙しそうだもの。あの子ったら夏休みに一日帰ってきただけで、ゆっくり話しもしてないんだもの。ところで沙紀ちゃん。康太は他の先生たちともうまくやってるのかしら? 」


 夏子は息子の康太のことが心配でたまらないのだ。

 こうやって小学校に勤務している息子の様子を沙紀から聞きだすしか、近況を知るすべがない。

 二十七にもなった大の男が母親に逐一報告するのもあまり褒められた話ではないが、母親にとって康太は、いつまでたっても小さい息子のままなのだろう。

 沙紀もその辺はよくわかっていて、夏子にはなるべくありのままの康太の様子を報告するようにしている。

 もちろんこのことは彼も全て承知している。

 夏子としては、息子に知られないように、こっそりと沙紀に聞いているつもりなのだろうけれど……。


「あのさ、こうちゃんは先生たちにも人気があるし、保護者にも頼りにされてるよ」


 これも本当だ。

 教師の資質という物があるなら、きっと康太はすべて持ち合せているのではないかとも思う。

 研究授業で康太のクラスを参観した時、沙紀は自分に無いものをすべて兼ね備えている彼に本気で嫉妬したくらいだった。


「沙紀ちゃんはいつもそうやって、康太のことを褒めてくれるけど。いいことばかりじゃなく、悪いことでも何でも気兼ねなく本当のことを言ってくれていいのよ」

「わかってるって。いつもありのままを正直に伝えてるよ。でも、本当にこうちゃんってすごくいい先生なんだってば! 」


 沙紀のしゃべり声がアルトからソプラノに移行した瞬間、夏子の眉毛がピクッと上がった。

 沙紀のソプラノは隠し事をしている時に知らぬ間に出てしまう、幾分うわずった声。

 そんな沙紀の微妙な心の動きを夏子に悟られたのだろうか。

 沙紀は声が上ずったのは喉の調子が悪いせいだとアピールするため、わざとらしく咳払いを何度かしてみせる。


「先生、ごめんなさい。ちょっと喉の調子が」

「あら、大変。運動会の練習で、大きな声を出すからじゃない? 大丈夫? 」

「うん。えっへん、おっほん、んっ、んっ。大丈夫みたい。そうなんだ。いつも大声張り上げてるから。運動会が終わると、今度は音楽会があるし。もうね、毎年二学期はずっと喉の調子が悪くて」


 よし。これで前振りは完璧だ。


「身体、大事にしなきゃね。先生が倒れたら、子どもたちが一番かわいそうだから。のど飴なめたり、ひどくなる前にお医者様に診ていただくことも考えてね。康太にも言っといて」

「はい、わかりました! 」


 沙紀が夏子と会うのが楽しいのは、こうやって仕事のこと、康太のことを心置きなく何でも話せるからだ。

 沙紀の勤める職場では職員同士の恋愛はなんとなくご法度のような雰囲気が漂っているので、日頃彼とは他人のフリをしている分、その反動が大きいのかもしれない。

 夏子が息子の康太と沙紀の結婚を望んでいることも何となく気付いている。

 こうちゃんはあたしの一番大切な人です、とひとこと言えば、夏子が手放しで喜ぶのもわかっている。

 でもそれがなかなか言えないのだ。


「ほーらね。やっぱり二人はこうなる運命だったのよ」なんて言われた日には、いたたまれなくなりそこから逃げ出したくなるに決まっている。

 康太にしても同じだ。

 自分の両親にも沙紀の両親にもできるだけぎりぎりまで二人のことは知られたくないと常々口にしている。

 今更どんな顔をしてカミングアウトすればいいというのか。

 私たち、ずっと一緒に生きていきます、だなんて。言えるわけがない。

 沙紀はどれだけこの一言をさっさとみんなに告げて、気持ちが楽になりたいと思ったことか。

 子どもたちにはあれほど嘘はついてはいけないと言っておきながら、このありさまだ。

 全くもって情けない。

 まだ結婚を急ぐ気持ちのない沙紀は親に知らせるタイミングを図りかねてもいた。

 親達は小さい頃の二人の全てを知っている。

 大声で泣き喚いたことも、叱られて外に放り出されたことも、ケンカして何日も口をきかなかったことも、靴をどこかに置き忘れて裸足で帰って来たことも……。

 さんざん今まで、お互いに全く関係のないフリをしてきた努力は、到底無駄にはできない。

 

 沙紀と康太。二人のポーカーフェイスは、あまりにも完璧だった。


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