表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
番外編
188/188

番外編 年下のひと 2

 そして、そのテレビボードの下の収納棚に目をやると……。

 見慣れないテキストのようなものと、使い古したピアノの楽譜がぎっしりと隙間を埋めるように並んでいた。

 視力だけは昔から誰にも負けない。

 じっとその背表紙を見ると、小学校過程カリキュラム、と表記してある。


「ねえねえ、沙紀。ここのテレビの下にあるテキスト。小学校過程ってなってるけど。いつの間にか、小学校に変わったの? 転勤した? 」

「えっ? あ、そ、それね。だってあたし、大学の時、小学校の免許も取ったから。昔の、その、テキストだよ」

「ふーーん。なんだ、そうなんだ。てっきり、幼稚園から小学校に鞍替えしたのかと思っちゃった。ピアノの楽譜もいっぱいだね。今でも練習してるんだ。えっと、なになに、……コンチェルト? なんか難しそうなのが並んでる」

「あ、そそそそれはね。あたしは弾かないんだけど、ほら、CD聴くときに、楽譜があった方が勉強になるしね、あはは、はははは……」

「そっか。そう言えば昔、ピアノ習ってた時に、吉野先生が楽譜を見ながらCDを聴くといいよって言ってたね。沙紀ってば、ホント、真面目なんだから。あたしなんか一度もそんな風にやったことないよ。吉野先生、せっかくのご指導をおろそかにしちゃってごめんなさーい、なんちゃってね」


 沙紀が用意してくれたオレンジジュースを飲みながら、昔話に花が咲く。

 けれどこんな楽しい話ばかりもしていられない。

 今日こんな遠くまで車を飛ばしてきた目的を達成しなければならないのだ。


「ねえねえ、沙紀。クリスマス音楽会のことなんだけど。うちの四歳児クラス、何か楽器を使った演奏をしようと思うんだ。何かいいのない? 沙紀は去年、四歳児だったよね? 四歳児に鍵盤ハーモニカとか、早すぎるかな? 」

「うーん。どうだろうね。風の森幼稚園ならやってそうだけど」

「なつかしい。そうだね。あそこなら四歳児でもやってそう」

「そっか、クリスマス音楽会ね……。あ、思い出した! ちょうどいいのがある。楽譜とか指導案が向こうの部屋にあるから探してくるね。ちょっと待っててね」


 そう言って沙紀が隣の部屋に入って行った。

 やっぱり来てよかった。

 彼女から資料を借りれば、鬼に金棒、虎に翼。もう怖いものはない。

 残りのジュースを飲み、彼女が戻って来るのを待つ。

 五分経ち、十分経ち……。

 どうしたのだろう。


「ねえ、沙紀。見つからないのなら、もういいよ。ヒントだけもらえば、楽譜はこっちでなんとかするからさ」


 リビングの床に座りながら声だけ沙紀のいる部屋に向かって話しかける。


「ごめんね。見つかると思うから、もうちょっと待ってて」


 ドアの向こうから、沙紀の声が聞こえる。

 なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 せっかくの休みの日に押し掛けて、無理難題を押し付けてしまったような気がしていたたまれなくなる。


「沙紀。もういいよ、ごめんね……」


 まどかは立ち上がり、沙紀のいる部屋のドアの前で声をかけた。

 すると部屋の中で携帯の着信音が鳴った。


「沙紀、電話? あたしのことは気にしないで、そっちで話してね」


 そう言って、リビングのテーブル前に戻ったところ、目の前に沙紀のスマホがちょこんと鎮座しているのが目に入る。

 あれ? どういうことだろう。もしかして二台持ち?

 仕事の関係で所有しているのかもしれないが、幼稚園や保育園で日常的に携帯が貸与されることは珍しい。


「まどかちゃん、遅くなってごめん。あったよ、これ」


 そう言いながら部屋から出てきた沙紀は電話をしている様子はない。


「あれ? 電話は? 」

「あ、大丈夫。あれはね、古い方の携帯が鳴っちゃって……」

「え? 前のを解約してないの? 」

「そ、そうだよ。ははは、あははは」

「リッチすぎる! でも、それって必要? 」


 その時だった。

 寝室のドアの向こうで、今度は着信音が無いままブルルっ、ブルルっと携帯が震えている。

 何度目かのコールのあと、小さな声が聞こえた。もしもし、はい、吉野です……と。


「沙紀、ごめん。ちょっと失礼! 」


 そう言って、開かずの間のドアを開けると。

 そこには、これまでに見たこともないような驚いた顔をした吉野康太が、携帯を耳に当てながら、ベッドの上に座っていたのだ。



 テーブルの前に二人を座らせて、事件解決さながらに事情を説明してもらった。

 たまたま吉野が遊びに来ていて、邪魔をしてはいけないからと、寝室に隠れていたそうだ。

 ところが、だ。

 その寝室には、段ボールが高々と積まれ、ブティックハンガーには紳士ものの衣類が所狭しとぶら下がっていた。

 ベランダに視線を移せば、あきらかに男性用と思われるトレーニングウエアが風にはためいている。

 まどかの厳しい取り調べに白旗を揚げた二人は、そのあとすぐに同棲していることを認めたのだ。


 

 パジャマに着替えて、バスルームを後にしたまどかは、スマホを手にして、ふうっと息を吐いた。

 そうそう。あの驚いた顔は、兄の吉野康太にそっくりだったのだ。

 二人の同棲がバレた時のドタバタ劇を弟の翔太は知っているのだろうか。

 結婚した二人にはこの過去の恥ずかしい出来事はもう時効になっていると思う。

 無性に翔太に話して聞かせたくてたまらなくなっていた。


 

 今日は送って下さって、どうもありがとうございました。

 次の休みの日は、来週の土曜日です。

 月曜日は祝日なので三連休ですね。

 横浜、行ったことないので楽しみです…………。



 まどかは翔太に、さらりと承諾のメッセージを送っていた。

 


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ