表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十五章 ショパン ピアノ協奏曲第一番ホ短調
178/188

176 ずっと付き合っていました

「こうちゃん? さっき、お義父さんが言ってたこと、本当なの? 私には何がどうなってるのか、さっぱりわからなくて」


 春江がぐいっと首を反らせて康太を見上げながら言った。

 康太はこの期に及んで言い訳をするつもりなど毛頭ない。

 春江の目を見ながら、精一杯の誠意を込めて答えた。


「はい。そのとおりです……」

「あら……」

「沙紀と、ずっと付き合っていました。それで将来は、その、結婚しようと、彼女にも伝えています」

「あららら……」

「近々おじさんおばさんにも、そしてうちの両親にもきちんと報告するつもりでいましたが、おじいさんがこのようなことになってしまって、ご挨拶も出来ないまま今日を迎えてしまいました……」

「そ、そうだったの。じゃあ、そのことをお義父さんにはすでに知らせていたってことなのね」

「はい。今まで黙っていてすみませんでした。沙紀と一緒におじいさんとおばあさんの家に何度かお邪魔させていただいていて。本当に申し訳ありませんでした」


 康太は不義理を詫びて、深々と頭を下げた。


「いや、いいのよ。そんなに謝らなくても……。さあ、こうちゃん、顔を上げて。で、どうしていつの間にか二人が恋人同士になっていたのかは、またこの子に後で詳しく聞くとして」


 康太は少し肩透かしを食らったような気になっていた。

 もっといろいろと追求されて、非難を浴びるだろうと覚悟していただけに、本当にこれでいいのだろうかと、あまりにもあっさりと許してくれた春江の態度に逆に不安になるほどだった。

 沙紀はさっきまであれほど泣いていた涙をピタッと止めて、真っ赤な目を見開き、康太と春江の会話を呆然と聞いている。


「沙紀、よかったわね。ママは賛成よ。あなたがこうちゃんのことを好きなことくらい、もう随分前からわかってたけど、まさかこうちゃんも沙紀のことを思っていてくれただなんて……。とても信じられないわ。にしても、今の今まで気づかなかった。二人がそんな風になっているだなんて。パパが何て言うかわからないけど、まあ大丈夫だと思うわ。パパも私もこうちゃんのことは誰よりも信頼してるしね。でもね、でも……」


 沙紀の肩に手を添えながら気丈そうに話していた春江が、突然沙紀に抱きつくようにして、涙声になる。


「お義父さんの、あんなに嬉しそうな顔……。私、初めて見たの。おじいちゃんとパパは沙紀も知っているとおり、学生の頃から折り合いが悪くて、私たちの前ではほとんど笑顔なんて見せたことがなかった。ひどい怪我で苦しいのに……なのに、とても幸せそうな顔をして……。こうちゃんと、沙紀のことを……あんなに喜んで……。二人とも、どうも……ありがとう。私やパパが至らなかったところを、すべて二人が補ってくれた。ほんとうに、ありがとう……」

「ママ……」

「お義父さん、どんなに痛かったんだろう、どんなに心細かったんだろうって……。沙紀が病院に来るまでは、うなされるばかりで、このまま息を引き取るんじゃないかって……そう思ってったの。でも沙紀がここに来てから意識がはっきりして、こうちゃんの顔を見て、あんな風にしっかり話までできて」


 春江は沙紀から離れると、涙をぬぐいながら康太の方を向いた。


「あのね、こうちゃん。沙紀にはさっき話したんだけど。おじいちゃんはね、夜中に喘息の患者さんのところに往診に行って、帰り道に信号のない交差点で車にはねられて……。そのまま放置されてたの」

「え……」

「行きはタクシーを使って患者さんの所まで行ったんだけど、帰りは何を思ったのか、二キロほどの道のりを歩いて帰ろうとしたみたいで。田舎町だから、真夜中は車もそんなに通らないし、人通りもなくて、結局誰もおじいちゃんが倒れていることに気がつかなくて。そしたら明け方、良心が咎めたのか、ひき逃げした運転手が現場にもどって来て、ようやく救急車で運ばれたの。で、連絡もらって病院に駆けつけたら、思った以上に怪我がひどくて。沙紀の携帯にかけてもつながらないし。そりゃあそうよね。仕事中なんだもの。直接幼稚園に連絡するのもどうかと思って、どうしようってためらっているうちに、担当の先生に親族を呼び集めておくようにと言われて。それがどういうことなのかわかるわよね……」

「はい……」

「それで、あわてて、以前沙紀に訊いていた幼稚園の番号に電話させてもらったの。そしたら初等部の先生が出てくれて」

「そうでしたか……」


 それっきり康太も春江に掛ける言葉がみつからず、長い沈黙が病室前の廊下を重く包み込んだ。


 その後も皆で交替しながら長一郎の容態を固唾を呑んで見守っていたが、特に大きな変化もなく小康状態のまま、病室の消灯の時刻を迎えていた。

 容態が急変することも考えられるが、明日の運動会のことを考えればずっとこのまま病院にいるわけにもいかない。

 沙紀も本当は帰りたくないのだろう。

 握り締めていた長一郎の手をやっとのこと離し、何度も振り返りながら病室を後にする。


 春江から二人が付き合って居ると説明を受けた徹も、どこか複雑そうな顔をしながらも、康太に向かって沙紀を頼むと言い、快く病院から送り出してくれた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ