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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第二章 ベートーベン ピアノソナタ 悲愴
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15 告白タイムはいつもの河原で

沙紀視点になります。

 沙紀は耳をそばだてて、隣の家から康太が出たのを確認した。


「あーー。なんか肩がこっちゃったなあ。ピアノ弾きすぎたかな。ねえ、ママ。気分転換に散歩してくるね。ポチ、行くよ」


 庭でしっぽを振ってるポチにリビングの窓から話しかける。


「あら、沙紀。散歩にはまだ早いんじゃない。外は暑いわよ」

「いいのいいの。あ、曇ってきた。ラッキー。これなら暑さもマシになるよ。じゃあ、行ってくるね」

「もう、この子ったら。はいはい。じゃあ、行ってらっしゃい。気を付けてね」


 母親の見送りを背中で受けながら、大急ぎで散歩用の手提げ袋を持ち、ポチを連れて小走りで河原に向かった。

 小学生の頃は康太を誘ってポチの散歩によく出かけたものだったが、最近ではそんなことも全くと言っていいほど無かったし、いつもの河原の土手で待ち合わせと言われても、即座にピンとこなかったというのが正直なところだ。

 けれど多分あの辺だろうという目星はつけてある。

 遊歩道沿いの見晴らしのいいあの土手だ。康太はもう着いているのだろうか。

 沙紀はポチのリードを引きながら、さっきの康太との会話を何度も思い出していた。

 大人っぽく見えたとか、ドキドキしたとか、急にそんなことを言われてもどうしたらいいのかわからない。

 そんなことよりも。

 よっぽど康太の方が、前よりも背も伸びてずっとかっこよくなってきていると思う。

 沙紀は頬が熱くなっているのを感じながら、尚もまだ康太のことを考えていた。

 先日、質問用のノートのことを交換日記と言った康太にいろいろと問いただしたくて彼を呼んだとき、完全に無視されたのをずっと根に持っていたのだ。

 どういうわけなのか、沙紀を見るなり目をそらして窓を閉めたっきり音沙汰無しだった康太に、沙紀は不信感を抱いてしまい、怒り心頭だった……というわけだ。

 ところがその理由というのが、さっき康太が言ったとおりだとすれば……。

 大人っぽいからびっくりしただなんて、康太はいったい何を考えているのだろうと、ますます謎が深まるばかりだ。

 そんな意味深な言葉の後の康太からの誘いに、沙紀は胸の高鳴りを押さえられなくなっていた。

 彼は話があると言っていた。それは二階の窓越しでは話せないことなのだろう。

 そしてあのノートにも書けないことだとすれば……。

 それってもしかして。告白されるのかもしれないなどと、とんでもない結論が導き出され、沙紀の心臓はマックスにドキドキと鳴り響く。

 ポチがそんな沙紀の変化に気付いたのだろうか。時折彼女の方を振り返り、クーンと心配そうに鼻を鳴らす。

 ど、どうしよう。沙紀、俺と付き合ってくれ、とか言われたら、なんと返事をすればいいのだろう。

 はい、わかりました、と言えばいいのか。

 それとも、もう少し考えさせて、と言ってじらすべきなのか。

 いやいや、そうじゃなくて、あたしもずっと康太のことが気になってて、付き合いたかったのよとストレートに告げるべきなのか。

 沙紀の一人相撲はどんどんエスカレートしていく。

 こういった呼び出しの後にはつきものの展開が予想される。

 沙紀自身、今通っている中学で二度ほどこの展開を経験済だ。

 ただし、どれも面倒くさくてあっけなくて。

 もちろんこんなに心ときめく場面は一度もなく、部活あるから無理と言って断ってきた。

 赤くなったり青くなったり……。心ここにあらずといった状態で、ポチに誘導されるようにしてどうにか『いつもの』河原にたどりついた。


 土手の真ん中くらいに康太が腰を下ろし、隣にはポチと同じ顔をしてちょこんと座るコロも一緒だった。

 康太の叔父であり、沙紀の父親の親友でもある相太が妻を連れてドイツに渡った時、彼の家に預けていった雑種犬だ。つまりポチの兄弟になる。

 コロを見つけるとポチは一目散に駆け出し、しっぽをふりながらコロとじゃれ合っている。

 そんな仲のいい二匹を横目に、沙紀はまだ康太をまっすぐに見ることが出来なかった。

 そんな中、先に口火を切ったのは康太だった。


「沙紀……」


 康太の声が沙紀の心を震わせる。

 いつも聞いている慣れ親しんだ声であるはずなのに、なんでだろう。

 まるで砂糖菓子のように、甘くとろりと(とろ)けるような感覚が沙紀の体全体を包み込むのだ。

 伏目がちに康太の方を向き、少し上ずった声で、何? と聞き返した。


「塾の問題集と講義のノート、俺に貸してくれないか? 」

「…………」


 今なんとなく、塾って言葉が聞こえたような気がしたが。

 沙紀は緊張のあまり、彼の告白を聞き間違えたのだと思い、もう一度胸をときめかせながら康太に訊ねてみた。


「ごめん、こうちゃん、もう一回言って。何? 」


 これでよし。彼の告白を受け入れる準備は万全だ。


「だ、か、ら。塾の問題集と講義のノートを貸してくれって言ってんの。しっかり聞けよ」


 沙紀は耳を疑った。塾の問題集と講義ノートを貸せと言ったような気がするからだ。

 いや、完全にそう言った。思い切って顔を上げて目の前の康太を見た。

 いつもの康太が、いつものように涼しげな目元を沙紀に向け、これまたいつものようににっと口の端を上げた。

 そこには沙紀が期待していたロマンチックのカケラすら見当たらず、最近とみに上から目線になっている康太が、沙紀の百面相を楽しんでいるかのようでもあった。

 沙紀は自分の赤面物の早とちりを康太に知られたくなくて、突如、両腕をくるくる回したり、肩を左右交互に上げ下げしたりする。

 さっき母親にした言い訳のように、肩が凝って仕方ないのよとでも言わんばかりにその動作を繰り返した後、さも何も意識していないようなそっけない返事を康太に返す。


「うんいいけど。でもどうして塾の問題集? 」


 なぜに問題集? 何で講義ノートなわけ? 沙紀の疑問はますます膨らむばかりだ。

 こんな河原にまで人を呼び出しておいて、結果話はそれだけだなんて、乙女心を(もてあそ)ぶのもいい加減にしろと叫びたくなる。

 沙紀の鼻息が人知れず荒くなっていった。

 ついさっきまで思い描いていたとんでもなく甘い妄想とはかけ離れた現実に激しく落胆すると共に、虚しさがこみ上げてくるのだ。

 泣きたい気分だったが、沙紀が自分勝手に想像していたことだから、康太には何の罪もない。

 そんな沙紀の心中などお構いなしに、康太は続ける。


「ああ……。何で問題集を借りたいかって? それは今後、沙紀の勉強に貢献しようと思ってるからだよ。先に問題集解いておいた方がすぐに説明できていいだろ? 基本から応用まで網羅してあってなかなかいい問題集だと思うからな。それに俺にとってもいい復習になるし受験勉強にうってつけだし」

「こうちゃんったら。何言ってるんだか。こうちゃんは受験なんてもう関係ないでしょ? 」

「あ、俺、なんか変なこと言った? あ、いや、そうじゃなくて、沙紀の受験勉強にぴったりな教材だなって、そう思って」


 康太が慌てふためいている。でもこれくらいの言い間違いくらい誰にでもある。

 彼は高校受験はしなくても進学できるが、それは小学生の時に中学受験で誰よりも勉強を頑張ったから平穏な今があるのだ。

 ちょっと言い間違えたくらいで慌てる康太がかわいく思える。

 

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