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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十四章 フォーレ シチリア―ノ (シシリエンヌ)
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166 俺にかまうな

「今まであの人に育ててもらったことは……感謝している。でも、過去におふくろを捨てた償いだかなんだか知らないが、自分が違う女に捨てられたとたん、またおふくろにすがって、あたりまえのように生きているその姿が、俺にはうざいんだよ。他の男の子どもなのに、さも自分の本当の子どものように愛情を押し付ける。そんな見せ掛けの親子ごっこは、もうたくさんなんだ。俺はアメリカの水無瀬(みなせ)さんのところに行って、指導を仰ぐつもりだ。生まれ変わった気持ちで人生をやり直す。杏子。だからもう……。俺に構うな」

「水無瀬さん? も、もしかして……」

「ああ、そうだよ。多分、いや水無瀬さんこそ、俺の本当の父親だと思っている。杏子だってそう思うだろ? 俺が生まれたばかりの頃の写真は、水無瀬さんが撮ってくれたものばかりだ。それに、今でも帰国したら母と会っている。あの人はまだ独身だしな」

「でも……。たとえそうだとしても、篤也は星川のおじさんの子どもだってば。いつだっておじさんは篤也のことを考えていらしゃった。血の繋がりなんてこの際どうでもいいことよ。ね? だから早まらないで。よく考えて。ね、お願い……」

「血の繋がりなんてどうでもいいだって? 杏子。それを言うならあそこにいる吉野に言ってやってくれ。あいつこそ、あの人の本当の息子なんだよ。陰であの人とこそこそ会いやがって……」


 驚きのあまり水田は目を見開き、康太をじっと見入っていた。

 まさか康太が木下の本当の子どもだったとは、夢にも思っていなかったのだろう。


「星川……さん」


 今まで黙ってことの成り行きを見守っていた康太が、星川の前に進み出た。


「なんだ。君まで俺に同情の眼差しを向けてくれるのか。そのうち、あの人に認知でもしてもらうんだろ。まあ俺はここから消えるんで、なんとでも君の好きなようにしてくれたらいい」

「星川さん。いや、兄さん……。何を言ってるんです。意味がわかりませんよ。あなたが木下教授の子どもじゃない、だって? 誰がそんなこと言ったんです。教授が自分から言ったんですか? それとも教授の奥さんが? 」

「はあ? んなこと、誰だっていいだろ。とにかく君に兄と呼ばれる筋合いはどこにもない。そういうことだから。そろそろ行かないとな」

「待ってください。俺聞いたんです。吉野の父にすべてを。俺の母は、教授に息子がいることは、つまりあなたがいることは、最初から知っていたそうです。教授もそう言っていたと。あなたの幼少期の姿は、教授の子どもの頃の写真にそっくりだったとも。それに何よりも、俺とあなたは似すぎてる」

「なに? 」


 星川が怪訝そうに眉をしかめる。


「本当のことを言えば、高校の入学式の時、あなたのピアノ演奏を聴いて、他人だという気がしなかった。説明のつかない不思議な感覚に包まれて。今でもあの時のことは忘れません。音楽に対する思いはもとより、顔だって、背格好だって……。俺の弟よりあなたの方がはるかに似てますよ」


 星川は何か言いたげに少し口元を動かしたが、そのまま何も言わずに視線を地面に落とす。

 すると、家の中から出てきた人が、康太の後に続くように言葉を繋げた。


「外で何を騒いでいるんだ。書斎まで筒抜けだぞ」


 木下だった。

 皆が一斉にその人を見た。


「……篤也。吉野君の言ったとおりだ。おまえは正真正銘、私の子どもだよ。水無瀬は関係ない」

「そうよ。水無瀬さんは、あなたの父親ではないわ」


 木下に続いて出てきたのは母親だろうか。

 康太は初めて見るその人に、釘付けになる。

 雰囲気が夏子にそっくりだったのだ。

 声も、話し方も。

 まるで自分の母親がすぐそこに存在するかのように、星川の母親が教授の横に寄り添う。


 星川は顔を上げて目の前の両親をただ呆然と見ていた。


「ただね、私が橙子(とうこ)と別れる時、篤也に対する責任を私に負わせまいと、なかなか私の子だと認めなかったんだ。それが後々尾を引いてしまってね。周囲にも誤解を与えてしまった」

「まさか、あなたをここまで心を傷つけているなんて思ってもみなかった。あの頃、お父さんは音楽の仕事が忙しくて、そのためには、いっぱい歌の練習も積み重ねなければならないし、子どもを育てるとなれば、その道もあきらめなくてはならくなる。この人はそう言う人なのよ。歌の道はあきらめて、ピアノ指導者として大学に残り、妻子を養っていくって言うから……。ああ、このままでは、この人はダメになってしまう。そう思って、篤也を身ごもったまま実家に戻って、出産後には幼稚園の仕事を再開して。篤也は私一人で育てて行こうって、自分自身を奮い立たせて生きていたのだけど。まだたった二歳の子どもだったあなたが、街中で男の人を指さしては、パパ、パパ、と言うの。私は知らなかったのだけど、私の両親が、お父さんの写真を見せて、篤也に教えていたみたいなのよね。この人がパパだよって。そして、水無瀬さんを通じて、お父さんがオーストリアで体調を崩して、命すら危ないって知らされて。気が付いたら、篤也を抱いて、飛行機に乗っていたわ……」

「母さん……」


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