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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十四章 フォーレ シチリア―ノ (シシリエンヌ)
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152 風が変わる

 どこをどう走ったのか全く何も憶えていない。

 母が恋しくて、父に頼りたくて、そして沙紀にすがりたくて。

 無我夢中で車を走らせていた。

 木下との会話が夢の中の出来事であって欲しいと願いながら、空想と現実のはざまをさまよい続けているのだ。


 こんなにも心の弱い自分が存在していたことにあきれながらも、よく事故を起こさずに家まで戻って来れた物だと、康太は我ながらその無謀さに改めて感心する。


 酒を飲んでいるわけでもないのに、ふらふらとあちこちに身体をぶつけながら二階の自分の部屋に上がり、窓を開け、隣の沙紀の部屋を見た。

 もうすぐ日付が変わるというのに、まだ灯りがついていない。

 もう寝てしまったのだろうか? いや、そもそもまだ帰っていないのかもしれない。


 次の瞬間、康太は葉山に電話をかけていた。

 井原に訊けば何かがわかるかもしれないと思ったからだ。


「もしもし。遅くにすまない」


 もう寝てしまったのかと思うくらいコールを重ねて、ようやく葉山の声が届く。


『おう。なんだ、こんな夜中に』

「寝てたか? 悪かったな」

『寝るわけないだろ? これからだってのに』


 これから? 意味不明な答えに一瞬とまどいながらも話を続ける。


「ならよかった。あ、いや。ちょっと訊ねたいことがあって。井原に訊いて欲しいんだ」

『え? まどかに? 何を訊けばいい? 』


 すると、電話口の近くで、女性の声がする。

 なになに? 誰? 吉野君? と。


『まどかなら、今一緒にいるけど……』


 康太はハッと気づいた。

 そうだったのだ。確か、康太が沙紀との旅行を計画していることを知った葉山が、俺も行こうかな……と便乗に乗り気だったではないか。

 この二人は、すでに今日からそれを実行しているのだ。

 ということは、今葉山は旅先と言うことになる。

 そこに井原もいるとなれば、沙紀が一緒のはずもなく。


「あ、ごめん。そっか、おまえらも、もしかして旅行中か? 」

『ああ、そうだよ。おまえが高原に行くって言うから、俺たちは海に来てる。場所まで真似したら悪いだろ? 』

「悪かったな、そんな時に電話なんかして。じゃあ、また」

『お、おい! 吉野! 何か用があったんだろ? 相崎のことか? それとも……』


 康太は大慌てで電話を切り、友人たちの邪魔をしてしまったことを悔いる。

 ならば沙紀はいったいどこにいるのか。

 祖父母の家かもしれない。

 彼らなら、沙紀のどんな理不尽な要求も持ち前の深い愛情で受け止めそうだ。

 きっとそうに違いない。その可能性が高まる。


 が、しかし。


 沙紀の性格からして、祖父母に心配を掛けることは極力避けるはずだ。

 二人の結婚をいち早く応援してくれている祖父母を落胆させるなど、彼女にとってあってはならない事だと思う。


 ならば、あの先輩のところかもしれないと、思い当たる。

 話の中にもよく登場する高校の先輩の水田杏子のところにいる可能性が一番高いと考えた。

 もしそうであるならば、先輩の家はさっきのカフェから近いはずだ。

 もう一度風の森幼稚園付近まで車を走らせて沙紀を迎えに行こうかと思ったのだが、どういうわけか身体が動かない。

 今すぐにでも沙紀に会いたいのに、身体が言うことをきかない。

 あの地に再度踏み込むことは、今の康太には出来なかったのだ。


 明日の朝、約束の時間に車で待っているとメールを送り、沙紀の返事を待つことにした。


 康太はその夜、何度も寝返りをうち、なかなか寝付けなかった。

 いろいろな事が頭の中を駆け巡り、胸が締め付けられるのだ。

 けれど、真実だと決まったわけではない。

 たまたま木下と自分が似ていると感じるだけで、実際は父の子どもなのかもしれない。

 父方の祖母に、この子は私と口調がよく似ていると言われたことがある。

 食べ物の好みも同じだったので、隔世遺伝だね、と何度も言われた。

 祖父母は何も知らないのだろうか。本当の孫だと信じているようだった。

 と言うことは、やはり慶太が本当の父親であって、すべては取り越し苦労なのだと、楽観的に思いを改めてみる。

 母親といえども、普通の女性だったのだ。

 木下という尊敬する相手がいながらも、父親である慶太に心が傾き、浮気をしてしまった。

 残念ながら、そういうことなのだろう。


 だが、その方が都合が良すぎる思考なのだと、あらゆる事実が訴えかけてくる。

 木下が父であると考えた方が、すべての事象がうまくかみ合うのだ。


 明け方の五時には起き出し、まだ寝ている同居人の雅人を気遣いながら荷造りをする。

 そして六時には車に乗り込み、沙紀を待った。

 もちろん、まだメールの返事は来てなかった。

 夜中のうちに沙紀が自宅に帰ったかどうかもわからない。

 でも隣の家の玄関戸が開けば眠りの浅い康太の耳にその音が届くはずだ。

 何も聞こえなかったところをみると帰っていないのだろう。


 七時になり、まぶしいほどの朝日が木の梢を照らす。

 そして車内にも陽が差し込み、気温が上昇し始めても沙紀は姿を見せなかった。


 康太は四駆を借りる必要がなくなったことを雅人に告げるため、家の中に戻った。




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