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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十四章 フォーレ シチリア―ノ (シシリエンヌ)
152/188

150 父

「そうでしたか……」

「それで、君の生年月日がどうしても、どう考えても、腑に落ちないんだ。こんなこと、夏子の、いや夏子さんの子どもである君に言っていいものかどうなのか、私も大いに悩むところなのだが。妊娠月数からしても、君は私の子供じゃないかと、そんな気がするんだよ。それとね、夏子さんは、同時に別の男と付き合うとかはないと思う。いや、絶対にそんなことはしない人だから、そこは君も信じてあげて欲しい。たとえ、心のありかは、君の父親にあったとしても、だ」


 康太は目の前の父親かもしれない男の顔をじっと見た。

 似ていないこともない、と思う。

 戸籍上の父親である慶太よりは、似ている……のかもしれない。


 そして何よりも。

 テーブルの上に載っている木下の手は、康太のそれと瓜二つと言っていいほどよく似ていた。

 指の長さも、爪の形も、手の大きさそのものも。

 そして、ピアノを奏でる時のフォームがそのまま生き写しのようにそっくりなのだ。


 康太は木下の言葉に少しドキッとしたが、それ以上の驚きはなかった。

 むしろ、そう言ってもらえてよかったとも思っていた。


「先生。どうみてもそう考えるのが自然だと思います。両親の態度をみても、親族の不可思議な様子を見ても、僕が先生の……子どもだと考えるのが一番納得できる結論だと思います。でも母はそれを隠し通した。父もそれを知っていて、母をかばい通した。偶然にも父がO型だったので、母と同じA型の僕は血液型の面でも不思議に思わずに育ちました。子供の頃は何の疑いも持っていなかったので、それはそれで幸せだったと思います。でも、先生。なぜ母は、先生にこのことを黙っていたのでしょう。それとも、本当に父の子どもを妊娠したと思って先生との別れを選んだけれど、実際生まれてみれば、先生に似ていて、先生の子どもだと確信した、ということはないでしょうか? 」

「私もさっきからいろいろなパターンを考えてはみたんだが、彼女が同時に別の男と関係することだけは、やはりありえないと思う。そして、君にも、夏子さんにも申し訳ないが、本当に今日まで、夏子さんが私の子供を身ごもっていたなんて全く知らなかったんだ。彼女はその事は何も言わなかった。そこは隠したまま、別れを切り出されたんだ。ただ考えられるのは、私の妻を思いやってくれたのかなとは思う」

「先生の奥さんのことを、ですか? 」

「ああ、そうだ。私が妻とずっと付き合っていたのも、同棲してたのも、夏子さんは全部知っていたからね。自分が妻から私を奪ったってそれも事あるごとに言っていた。でも、それは違うと何度私が言っても、彼女はずっと負い目に感じていたのかもしれない。その頃妻は、篤也を抱えて、実家の幼稚園で働き始めていたからね。夏子はそのことも知っていて、心を痛めていたのかもしれない。それと……。私の血液型も、O型だよ。君のお父さんと一緒だ」

「あ……。先生……。あの、気を悪くなさらないで下さい。僕は事情は何もわかりません。ただ一般論として言わせていただきますが、どうして先生は子どももいるのに、母と、その、そういった関係になったのですか? 」


 康太は自分も生身の男である故に、木下の行動がわからないわけでもないが、ここはどうしても聞いておきたいところだった。

 現在の妻とすでに同棲をしていたのなら、子どもが出来た次点で本来の妻と籍を入れるべきだろうと正論を唱えているのだ。

 教授がただの浮気男であるとはどうしても信じがたい。


「妻の意向なんだよ。まあいろいろあってね……」


 何か言いにくそうにお茶を濁しているのがありありとわかる。

 男と女のことはどの時代も不可解極まりないということなのだろうか。


「妻がどうしても籍をいれるのを拒むものだから……。彼女が僕から去って行った。妻が妊娠したことは、本当に嬉しくてね。これを機会に仕事もセーブして、家庭も大切にしていこう、と思ったんだ。あっ、くれぐれも誤解のないように言っておくが、その時は夏子さんとは仕事のみのつながりで、個人的な付き合いは全くなかった。どちらかといえば、音楽にのめりこんで家庭を顧みないくらいの、私も世間知らずな青二才だったからね。でもそれではダメだとわかっていたし、これからは妻と子どものために生きていくんだと、心を入れ替えていたのも事実なんだ」


 そう言って遠い目をしている木下だが、康太は、どうも納得がいかなかった。

 この人が妻と子を黙って放り出すことなど絶対にないと断言できるほど、木下を尊敬もしていた。

 なので、今彼が言っていることも真実なのだろうと思える。

 ならば、どうして先生の奥さんは、そこまで籍をいれるのを拒み自分から離れていったのか、謎は深まるばかりだ。

 まだ康太にも見えてこない何かがあると感じてはいたのだが……。


 その時ふと、あるゆるぎない真実が康太の心を支配し始めたのだ。

 そう、何の遠慮もなくそれはずかずかと土足で康太のエリアに侵入してくる。

 

 星川篤也。

 彼が康太の兄であるということが、情け容赦なく次第に大きくクローズアップされていくのだった。



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