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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十四章 フォーレ シチリア―ノ (シシリエンヌ)
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149 謎の解明

「では、先生。来週もよろしくお願いします」

『こちらこそ……と、え? ちょっと待ってくれ。おや、聞き間違いかな? 誕生日は四月二十日じゃなくて、一日とかじゃないのかい? 』

「いえ、四月二十日ですが……。何か? 」

『そうか、早生まれではないのだな……。いや、こんなこと君に聞くのもあれなんだが、もしかして、かなりの未熟児で生まれたのかな? 六カ月とか……』

「いえ。ほぼ標準体重だったかと……思います。少し早産だったとは聞いてますが」

『そ、そうなのか。いや、私も子の親とはいえ、赤ん坊の成長過程とか詳しいことはよくわからんのだが。じゃあ、まあ、そう言うことで……よろしく』

「あ、先生、待ってください! あのう……今から先生とお会いできませんか? 」


 康太は咄嗟に木下を引き止めていた。

 そうなのだ。

 康太がずっともやもやしていた物。

 ずっと引っかかっていたある物が浮かび上がる。

 それが今、はっきりと形を成した気がしたのだ。

 木下が康太の生年月日に不信感を抱き、こだわる理由が何なのか。

 康太が見ず知らずの人であるはずの木下教授に惹かれるのはどうしてなのか。


 もう間違いないと、あるひとつの答えを導き出していた。


 木下も同じ思いだったのだろう。

 康太の誘いにすぐに応じ、風の森幼稚園近くのカフェで会うことになった。

 そこならば康太の卒業した北高からも近く、土地勘があるので迷わずに行ける。

 三十分後に落ち合うことで話がついた。


 康太が店に入ると、すでに木下が来ているようで、店員に奥の個室のようなところに案内される。


「吉野君……。よく来てくれた。さっきは私がつまらないことを言って君を困らせてしまったね。申し訳ない」


 いつもの温和な空気はどこにもなく、思い詰めたような表情をした木下が握りこぶしをテーブルに載せて、目を合わさずにそう言った。


「いえ……。あの……」


 向かいの席に着いた康太が木下を見て話を切り出そうとするのだが。

 言葉が続かない。


「多分……。君の言いたいことは、私が思っていることと同じだと思う」

「あ、はい。そうだと、思います」

「ただ、今から私が話すことは、すべて憶測だ。どこにも断定できる要素はないし、証拠もない。だから、そのことで君が悩む必要も無いし、そのことに縛られることもない。いいね」

「はい……」


 やはり木下も康太と同じ事を考えているのがありありとわかる。


「前にも言ったが、私は君のお母さんの夏子さんと、恋人同士だった。君が産まれる前の年の十月まで……。いや、私は十一月の初めまでそうだと信じて疑わなかった」

「僕が産まれる前の年の十一月? 」


 康太はこの簡単な暗算を間違えるはずがないのに、何度も計算してみる。

 もし、木下の言う事が事実なら、母は実際に結婚した父と目の前の木下と同時期に交際していたという事になる。

 そしてその渦中に母は妊娠し、父と結婚しているのだ。

 事実をそのまま考察すれば、父との浮気で康太が宿り、木下と結婚することなく、子どもの本当の父親であるであろう慶太と人生を歩むことになった。

 この流れが、一番自然だと思う。というか、そうあるべきなのだろう。

 けれど康太の判断の結果はそうではなかった。

 木下も康太と同じ結論を導き出しているからこそ、ここで膝を突き合わせて話しているのだ。


「私はね、十一月の初めに、オーストリアに仕事で渡ることになって、君のお母さんについて来てもらおうと、そう約束していたんだ」

「そうなんですか……」

「驚いたかい? でもね、夏子は来なかった。その日、空港に来なかったんだよ」

「はい……」


 康太の脳内に浮かんだ年表には、母がオーストリアに行っている時間は確かに存在しない。

 十一月の終わりに、両親の結婚記念日があるからだ。


「私には、何がなんだかさっぱりわからなかった。どうして夏子が空港に来ないのか。家に電話してもいないし。大学に連絡を取っても誰も知らないと言う。そうこうしているうちに、搭乗手続きが始まってね。仕事に穴を開けるわけにはいかないし、苦渋の決断を強いられて、一人オーストリアに渡ったんだ」

「そうですか……」


 康太を身ごもっている母は、その事実を知られたくなくて、木下に付いて行くのを辞めたということなのだろうか。

 そして、その子の父親は、浮気相手である慶太であると信じていたとも考えられる。


「それで、街がクリスマスの灯りで彩られる頃、手紙をもらったんだよ。夏子から……。結婚したと」

「あ……」

「別れを切り出される覚悟は出来ていたが、まさかもうすでに結婚までしていたとはまさしく寝耳に水だった。私はその後、生きた(しかばね)状態になってしまってね。仕事は失敗ばかり。食事も喉を通らなくてガリガリに痩せてしまうし。声なんて、全く出なくなってしまって。そんな私のことを聞きつけた妻が篤也を伴ってオーストリアにやって来て、今に至っているというわけなんだ」

「先生。と言うことは、母が先生を裏切ったんですね? 」

「表目にはそう見えるかもしれないが。でもね、私も恋愛と音楽がごちゃ混ぜになってしまっていて、私が好きだったのは夏子の奏でるピアノだったみたいでね。女性に対して、失礼極まりない。夏子も私の声と音楽性に惹かれていたらしい。お互いが愛し合っていただなんて、錯覚だったのだと、夏子が手紙にそう書いていたんだ。あの時、一緒になっていても、きっと続かなかったのかもしれない。それに……。私が今の妻をずっと思っていることに気付かせてくれたのも夏子だったんだ。妻とはね、中学時代からの腐れ縁でね。同棲していた時期もある。まあこれ以上の話は妻のプライバシーの問題もあるので、ここまでにしておくが……」


 母親のこんな話など、本当は聞きたくはなかった。

 でも真実の糸を手繰り寄せると決めたからには、そこを避けては通れないのだ。


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