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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十四章 フォーレ シチリア―ノ (シシリエンヌ)
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139 沙紀に何をした

康太視点になります。

 もう何日、沙紀に会っていないのだろう。

 新しいバイト先のこともまだ詳しく話していない。

 彼女の実習のこともほとんど何も聞いていない。


 でも。いったいどんな顔をして彼女と会えというのだろうか。

 康太はフロントガラス越しの対向車のライトがどうしてこんなにも眩しいのかと、意味もなく苛立ちを覚える。

 助手席には、心配そうに康太を窺い見る青山美ひろの視線があった。

 すると突然、携帯の呼び出し音が鳴った。

 表示された名前を確認すると、車を路肩に寄せ停車し、ハンズフリーを解除して携帯を耳に当てる。


「もしもし……。沙紀? 」

『康太。なんだか久しぶりだね。元気だった? 』


 しっとり優しく響く沙紀の声に胸が締め付けられそうになる……。

 が、康太の脳裏に浮かんだあの人物がそれを一瞬にして封じ込めようとするのだ。


「……悪い。今車なんだ。切るよ、電話」

 

 ちょっと待って! という沙紀の声も康太が電話を切ってしまった事でプツリと消されてしまう。


「ねえ、吉野君……。今の電話……」

「ああ、ごめん。うるさかったよね……」

「いや、それは別にかまわないんだけど。あの、さきって、もしかして沙紀ちゃんのこと? 」

「えっ? 」


 康太はしまったと思った。

 そうだった。まだ青山にはこのことは知られていなかったのだ。


「吉野君。今の電話の相手、沙紀ちゃんなの? そうだよね? 」


 青山が目を丸くして康太に詰め寄る。


「そうだ」

「じゃあ……。吉野君の彼女って、もしかして、沙紀ちゃん? 」

「ああ……」

「そ、そうだったんだ……」


 車中に気まずい空気が流れる。

 家族にも、そして、伊太郎と葉山以外の友人にはまだ沙紀と付き合っていることは公言していない。

 沙紀も井原まどか以外には誰にも言ってないはずだ。

 青山が今まで知らなかったことは当然の成り行きだった。


「沙紀ちゃんと付き合って、その、もう長いの? 」

「……うん」


  康太は車を発進させながら青山の問いかけに答える。


「じゃあ、いつから? 高校に入学してから、かな? 」

「あ、いや。その少し前から……」

「ってことは、中三? 」

「そう。中三の終わりくらい」

「そう言えば、あの時。好きな人がいるって言ってたよね」


 青山に告白されて断った時、彼女に好きな人の有無を訊かれ、そう言ったのだ。


「ああ……」

「それって、沙紀ちゃんのことだったんだ」

「うん……」


 青山はそれっきり、黙り込んでしまった。

 

 康太は今、青山の家に向っている。

 と言っても同じ翠台に住む彼女の家に康太が向うのには、わけがあったのだ。

 アルバイトに反対する青山の母親に、同僚として、そして昔からの知り合いとして説得に行くためだ。

 彼女の母親とは子どもの頃から何度も面識があった。

 沙紀と一緒に家に行ったことも数えきれないほどある。

 誕生会に招かれたことも数回あった。


 青山はもうすでに食品会社の研究室に就職の内定をもらっているのだが、彼女が本当にやりたいことはそれではなかった。

 今のバイト先のようなこじんまりとしたレストランで働くことが小さい頃からの夢だったのだ。

 出来れば将来は自分で店を持ちたいとも言っている。

 それを知っている母親が本能的に彼女の心情をコントロールし、バイトを辞めさせようと躍起になっているというのだ。

 店長の頼みもあって、康太はしぶしぶこの役回りを引き受けたのだが、今では、こうやって沙紀と会わずに済むのが逆にありがたいと感じているのだった。

 康太は青山の無表情な横顔を視界の端に捉えながら、今週の初めの出来事を思い出していた。


 

 康太が店のグランドピアノに向かい、フォーレの小曲を弾いている時だった。

 店内に姿を現した人物に、店長が、おお! と感嘆の声を上げるのが聞こえたのだ。

 まだ曲の途中だった康太は、気になりながらも振り返ることができず、気もそぞろに演奏を終える。 

 そして、ピアノから席を立った後、厨房横の倉庫の入り口前で、ある人物と対面させられたのだ。


 星川だった。


 康太よりは少し背が低いものの、スタッフの誰よりもすらりとした長身のこの男は、いつの間にかほぼ別人に変わって康太の前に姿を現した。

 まるでその風貌はロックミュージシャンのようでもあった。


「まさか、俺の後釜が君だとは……。よろし頼むよ」


 そう言って、星川が右手を差し出す。

 康太はその手を握り返すことはなかった。

 やや醒めた視線を送り、どうも……とだけ言って、立ち去ろうとしたのだが。


「お、おい。君達、知り合いだったのかい? えええ? いったいどうなってるんだ? 」


 店長である小崎に引き止められる。

 人の良さそうな丸い顔を紅潮させながら、目の前の康太と星川を嬉々として見上げているのだ。


「吉野は高校の後輩です。それと……。おやじの弟子……のはずですが? 」


 星川の厭味な言い方にカチンと来た康太は、小崎がおいおいちょっと待てよ、と言うのも聞かず、ピアノのところに戻ろうとつかつかと歩き始めた。


「俺のことがよほど気に入らないようだな……。吉野。さっき、君の彼女に会ったよ」


 康太は突如立ち止まった。

 会った? 

 沙紀に?


「教育実習で相当疲れているみたいだった。たった今、家まで送り届けてきたところだ。彼女、しきりに君のことを気にしていた。縛り付けるのもほどほどにした方がいいんじゃないのか? 」


 この男、何が言いたい……。

 康太は、星川ににじり寄り、襟首を掴みかからんばかりの勢いで、低く唸った。


「あんた。沙紀に、何をした……」と。 



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