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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十三章 ドヴォルザーク スラブ舞曲
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138 部長のこと好きでしょ

「他に何か言ってなかった? 彼のお父さんのこととか」


 気を取り直したのか、水田が顔を上げ訊ねる。


「いえ、別に。あたしが聞いたのはそれだけです」

「そう……」

「でも不思議なんです。あんなに素敵なご両親なのに、なんで部長が誰にも愛されてないなんて言ったのか。こんなことあたしが聞く権利はないと思いますが、何か家族に問題でもあるんですか? それに、水田先輩も変です。なんで……。なんであたしなんかを部長とくっつけようと応援なんかするんですか? 水田先輩こそ部長の相手に一番ふさわしい人だと誰もが思っているはずです。いったい、何があったんですか? 」

「あ、相崎さん。ちょっといいかしら。あなた、今、素敵なご両親って言ったけど、どうして彼のお父さんのことも知ってるの? 」


 そうだった。

 これは康太との暗黙の了解で、星川の父親である木下教授と知り合いであることは誰にも言わないと決めていたのだ。

 だが星川もすでに知っていることなので、今さら言い訳をする必要もないだろう。

 沙紀は水田の目を真っ直ぐに見て言った。


「はい。知ってます。彼が教授にピアノのレッスンを受けているので……」

「ま、まあ! そうだったの? 吉野君が……。それは篤也も知ってることなの? 」

「はい。知ってます」

「そうだったんだ」

「だから、あんなに素敵なお父さんなのに、どうして部長は愛されないとか、そんな風に思うのか不思議で……」

「そ、そうね。不思議よね……」


 再び水田は沙紀から目をそらし、言葉を濁す。


「それに、今も部長が心の奥に仕舞いこんでいる大切な人っていうのは、前に先輩が話してくれた失恋の相手のことですよね? 」

「ええ? ああ……。多分、そうね」

「その人とは、本当にもう、うまくいく可能性はないのですか? 」


 沙紀が水田を覗き込むようにして念を押すように訊ねる。


「ないわ。多分……。きっと」

「じゃあ、簡単です。あたし、いいこと思いつきました。水田先輩、水臭いこと言いっこなしですよ」

「相崎さん。いったい、どうしたの? 」

「えへへへ。先輩、実は部長のこと好きでしょ? 」

「な、なに。いったい、何を言ってるんだか……」


 明らかに挙動不審になった水田が、頬を染めて、沙紀を遠慮がちに見る。


「ほらね。隠しても無駄ですよ。早く告っちゃてくださいよ。そうすればうまく収まるんだから。部長だって先輩のこと、悪く思ってないに決まってます。だってお似合いなんですもん、二人はとても……」


 沙紀はこれ以上のいいアイデアは他にないと真剣に思っていた。

 相手が水田なら星川も異存はないだろう。

 いつまでも昔のことにとらわれていないで、前に進んでもいいんじゃないかとそう思ったのだ。


「相崎さん、せっかくの提案を否定するようで悪いけど。前にも言ったとおり、私は篤也とは本当にただの親友なの。それ以上でもそれ以下でもない。私はこれからは仕事一筋でがんばって行くつもり。勉強もしないといけないしね。……でも。篤也はあのこと、知っていたってこと? だから愛されていないと……」


 水田は沙紀に訊ねるわけでもなく、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 まるで言葉にしているのも本人は気付いていないかのように見える。


「えっ? 今なんて? 部長は何を知っていたのですか? 」


 沙紀が聞き返すと同時に水田はあわてて立ち上がり、カバンの中の包みを手で指し示すようにして言った。


「あっ……。あたし、何か言った? 何でもないわ。そう、何でもない。気にしないで……。相崎さんから預かったこのプレゼント、今夜にでも篤也に渡しておくわね。私、そろそろ帰らないと。今月いっぱいは彼がこっちにいるの。晩御飯を作らないと間に合わないわ。相崎さん。なんか言い訳みたいになっちゃうけど、うちで一緒に食事をするのは、小さい頃からの習慣みたいなものなの。私たちが小さい頃は、母が仕事の合間に帰宅して夕食を作ってくれていた。それを二人で食べていたの。小学校高学年になったくらいからは篤也と二人で作るようになって。でも彼はあまり料理が得意じゃないのよね。最近は私が作って、篤也が片づける、そんな分担になってるわ。だから……。私と篤也は特別な関係にはなり得ない。そう決められてるの。昔から……」


 そう言って、レジで二人分のカフェオレ代を支払った水田は足早に店を後にした。

 

 沙紀は突如、ひどい脱力感に見舞われていた。

 実習が終わったばかりで疲れきった身体に、今の水田との不毛なやり取りが堪えたのだろうか。


 話せば話すほどわからないことだらけで、最後の水田の言葉もどこか意味ありげで、沙紀の心に重くのしかかる。

 いったい昔から何が決められているというのだろう……。


 今日は金曜日。康太のバイトは休みだ。

 こんな時くらい甘えてもいいだろうと、携帯を取り出し、彼に電話をかけてみる。

 迎えに来て欲しいと思ったのだ。

 今まで康太と付き合ってきて、沙紀が自分から迎えを頼むのは初めてのことだった。

 沙紀はいつも康太に言われていたのだ。

 たまには甘えて欲しいと。自分をもっと頼って欲しいとも。

 でも、親の経済的負担を軽くするために複数のバイトを掛け持ちして、身を粉にして働いている康太を見るにつけ、できるだけ彼に迷惑をかけないようにとそればかりを考えていた沙紀は、見方によっては甘え下手だと受け止められていたとしても仕方がない。


 もう何日、康太に会っていないのだろう。

 新しいバイト先のことも詳しく聞いていない。

 実習のことも何も聞いてもらっていない。


 沙紀は康太が電話に出るまでの数秒すら待ちきれないというように、必要以上に携帯を強く耳にあて、コールが止むのを待った。


『もしもし……。沙紀? 』


 やっと、繋がった。なつかしい康太の声が沙紀の耳をくすぐる。


「康太。なんだか久しぶりだね。元気だった? 」

『……悪い。今、車なんだ。切るよ、電話』

 

 ちょっと待って! といい終わるまでにすでに電話は切れてしまった。

 どういうことだろう。

 いつもなら運転中はハンズフリーにセットしていて、用件だけ手短にやり取りして、後でかけ直すと言って切ることがほとんどだ。

 でも今日は違った。何も話せないまま一方的に切られてしまった。


 何か急ぎの用事でもあるのだろうか?

 それとも、誰か他の人が同乗している可能性は?

 

 いろいろ考えてみるけれど、これだという理由にたどり着かない。


 沙紀は、康太の迎えを早々にあきらめると、最後の気力を振り絞ってバスに乗り込み、空いている席にどさっと腰を下ろした。


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