132 君たち、知り合い?
「もしかして。君達、知り合い? 」
小崎はびっくりしたように二人を交互に覗き込む。
そして、手に持っている履歴書を初めて読み始めた。
「あっ、はい。青山とは小学校が一緒で、家も近所なもので……」
康太も驚きのあまり、やっとのことそれだけ答えることができた。
「へえーー。そうだったのか。確かに、住所が青山さんとほぼ同じだ」
小崎は履歴書を食い入るように見つめ、へえー、そうか、そうだったのかと何度もうなずく。
「世の中狭いね。あのね、吉野君。青山さんはね、まだここに来て日が浅いのに、もうお客さんの心をつかんじゃってね。スタッフからも人気者なんだよ」
「そうですか」
「とにかく接客が丁寧で、笑顔も一級品。一度来られたお客さんの事は、顔はもちろんのこと、オーダーしたメニューもすべて覚えていてね。本当に助かっている」
「店長。わたし、そんなじゃないです。まだまだわからないことだらけだし、私の方がお客様に助けられる日々で……」
「ほらね。こんな風に、とても控えめなんだ。青山さん、もっと自信を持ってよ。私を含め、スタッフ一同、これからも期待しているからね。というわけで吉野君。彼女にわからないことは何でも訊いて、一日も早くここに慣れてくれると嬉しいよ」
「はい、わかりました。青山、よろしくな」
「あ、はい。こちらこそ、よろしく」
「吉野君、これから遅くなる日は彼女を送ってやってよ。そうしてもらえると私もありがたい。深夜は物騒だしね。じゃあ、今日はもういいから、青山さんも吉野君と一緒に帰りなさい。では、明日から頼むよ」
そう言って、小崎は無情にも厨房に消えて行った。
無理やり青山を押し付けられた形になった康太は、その場に残された昔なじみの同級生とどこか気まずい視線を交し合う。
もう何年も前になるが、中学生の時この目の前の青山に。そう、実は初恋の人でもある彼女に告白されたことがあるのだ。
そして、すでに沙紀を愛し始めていた康太は当然のごとく彼女の申し出を断り、それ以来、ほとんど顔を合わせたことはなかった。
なのに、何の前触れもなく突然康太の前に姿を現した青山に、どこか後ろめたさを感じてしまい、うまく言葉をかけられない。
青山とて同じだったのだろう。
気ぜわしく視線を泳がせるのみで、その場からすぐにでも逃れたいような態度があからさまに感じられる。
消せない過去を知られている相手を前に、彼女もいたたまれないのだろう。
妙にぎこちない空気をまとったまま、どちらともなく帰ろうかと言って店を出た。
電車で来ていた康太が駅に向って歩き出そうとすると、青山が遠慮がちに声をかける。
「あの、吉野君。よかったら乗っていかない? わたし車で来てるの」
「そうなのか? でも遠慮しておくよ。その、俺が乗ったら迷惑だろ? 」
康太は昔の沙紀と星川のことを思い浮かべていた。
青山にもそういった相手がいれば、自分が彼女の車に乗るのはマナー違反だと咄嗟にそう思ったのだ。
「そんな、迷惑だなんて……。どうせ同じ方向に帰るんだし。ね? 」
「でも……。その……。青山にもカレシとかいるんだろ? 気を悪くしないか? 」
「えっ? 」
青山はきょとんとした顔をして康太を見ていた。
康太は不覚にも少し胸がどきっとした。
この人が本当に昔のあの青山美ひろなのかと。
さっき小崎も言っていたが、青山の美しさは群を抜いているのが康太にもはっきりとわかったのだ。
だからどうだと言う訳でもないが、すっと通った鼻筋に続く濡れたような真紅の唇が大人の女性を意識させる。
相手の男性にとってもきっと自慢の彼女なんだろうなと、客観的に見ていたのだが。
「もしかして吉野君、誤解してない? わたし、カレシとかいないから。もう一年くらい誰とも付き合っていないのよ。本当よ。だから気にしないで。それとも、吉野君の彼女に遠慮してるのかな? それならば無理は言えないけど」
「いや、それはないけど……」
「あ、そうなんだ。あの、吉野君、彼女いるんだね」
「ああ、まあ……」
「そっか、そうだよね。やっぱ、いるよね。じゃあ、逆に、わたしの車に乗ってもらうわけにいなかいのかな? 彼女さんに悪いもんね」
康太は一瞬沙紀の顔を思い浮かべたが、まさか青山に送ってもらうくらいで騒ぎ立てたりはしないだろうとも思う。
それにわずかとは言え、この職場においては彼女は康太の先輩になる。
いろいろと教えてもらうこともあるだろう。
いつまでも過去をひきずってぎくしゃくしているいるわけにはいかないのだ。
ここで無碍に誘いを断るほうが、変に意識していることにならないかと、康太は考えを改めた。
「あ、いや、そんなことはないと思う。じゃあ、送ってもらうよ。翠台の駅前に自転車置いてるから、そこで降ろしてくれると助かる」
「わかった。じゃあ、行きましょう。あの、小さい車でごめんなさいね」
そう言って謝る青山の少し目じりが垂れたところは、昔のまんまだと、康太の胸になつかしさがこみ上げてくるのだった。