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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十三章 ドヴォルザーク スラブ舞曲
133/188

131 初対面

康太視点になります。

 その頃小学校の実習を無事最後まで終えて、充実感と感動を胸に、新しい配属先であるレストランに向っていた康太は、周りの景色にどこか見覚えがあるような気がして、あれこれ思考を巡らせていた。

 コンビニの前を通った時、その記憶が確かな物であると、断言した。

 いつだったか、夜遅くに沙紀を迎えに来た時……。

 康太の心臓がどくんと鳴り、いやな汗がこめかみを伝った。

 そうだ。沙紀が星川に送ってもらうと言ったあの夜、康太がそれを阻止するために、強引にここまでやってきたことがあった。

 そして、康太がたどり着いたその店は。

 まさしく沙紀が星川と水田にソロの激励のためご馳走してもらった不思議な店と一致する。

 沙紀があれこれ語っていた内容が今目にしている店と重なり合うのだ。


 ということは、ここは星川のバイト先だったあの店なのだろうか?

 康太は、急に重くなった足取りをどうにか前に進めて店内に入り、店長を探した。




「あっ、君。もしかして吉野君? 居酒屋の店長から聞いているよ」


 三十代後半くらいだろうか。優しそうな目をした男性が厨房から顔を覗かせた。


「私はここの店長の小崎(おざき)です。料理長も兼ねてます」


 ひとなつっこい笑顔を浮かべながら右手を差し出してくる。


「吉野です。どうぞよろしくお願いします」


 軽く握手を交わし、客用のテーブル席に向かい合って座った。


「なるほどね。君は向こうの店長が言ってたとおりの人だな。爽やかでいい青年だ。いや、実はね、こちらにずっと来てくれていた音大の院生のバイトがいるんだが、そいつが最近別件でいそがしくてね。滅多にここに顔を出せなくなってしまって。それで募集をかけたんだけど、これがまたなかなかいい人材が見つからない。ピアノを弾けるだけの人ならそれこそ山ほどいるんだが、接客マナーや身だしなみなんかも兼ね備えてもらわないとオーナーが首を縦にふらないんだよ。それですでにあの居酒屋で定評のある君がここに回されてきたってわけなんだ。ここはね家庭的な洋風料理と、ピアノの生演奏が売りの店なんだ。今夜は料理研修で店を閉めてるんだけど、大抵予約の客で席は埋まっている。まあ小さい店だけど、売上も上々で、オーナーも力を入れてくれているんだ。そういうことでよろしく頼むよ」


 小崎店長は、康太が渡した履歴書を見ることもなく、そこまでいっきにしゃべりきった。

 そして話の中に出てきた院生のバイトというのが星川で間違いないと康太は確信する。


 ただ気になることがひとつあった。

 それはその院生が滅多に顔を出せなくなったというだけで、ひとことたりとも辞めたとは店長の口から言われていないことだ。

 

「あの……。院生のバイトの方は、もう辞めたのですか? 」


 康太はさりげなく質問してみた。

 もしまだ彼に籍があるのなら、今後顔を合わせることだってありうる。

 そうであるならば、いくら尊敬するオーナーに推薦されたとはいえ、康太はここは自分の居場所ではないのではないかと思い始めていたのだ。


「いや、辞めてはいないよ。それがね、君にこんなことを言うのもアレなんだが……。そいつがこれまた特上のピアノ弾きでね……」


 客がいるわけでもないのに、突如声を潜めた小崎が康太に顔を寄せてひそひそと話し始めた。

 その内容は……。

 まさしく星川の特徴をこの上なく正確に語ったもので、小崎が真剣な眼差しで、嘘じゃないんだ、本当なんだとまるで無実の証明をするみたいに力説するのも無理はないと思えるほど、星川伝説はここでも健在だった。


「……だから、完全解雇には至っていないんだ。でもまあ、もう来ないんじゃないかと思っている。今週いっぱいは東京に行っているらしいから、来週あたり、辞めると言ってくるんじゃないかな。もちろん君だって毎晩ここに入ってもらうことは無理だと聞いている。いろいろバイトを掛け持ちしてるんだろ? 若いうちはそれくらいのバイタリティーがある方が、人間的にも幅が広がっていいとは思うよ。だから、そこは相談の上で。最低週に三日、六時から十一時まで入ってもらえると助かるんだが」


 そのあと、簡単な店の決まりごとを聞かされ、厨房にいたシェフの卵達に紹介された。

 あいさつに来て、かれこれ一時間近くたっただろうか。

 明日からよろしくと店長に再び握手を求められた時だった。

 厨房の裏の戸が開いて誰かが入ってきたのがわかった。

 そこにいた何人かのシェフ達とその人物が笑い声を交えながら話している。

 何かを思いついたように席を立った小崎が、康太をそこに残したまま厨房に入っていた。

 そしてその誰かを引き連れてまたテーブルのところに戻ってきた。


「ちょうど良かった。頼んでいた食材をわざわざ調達してきてくれたんだ。紹介するよ。彼女もここに来てまだ日が浅いんだ。二カ月くらいかな。ちょうど君と同じ学年だよ。管理栄養士を目指している青山さんだ。彼女の担当はホールスタッフなんだけど、こうやって料理のことも手伝ってくれてるんだよ……」


 綺麗な子だろ? と紹介されたその学生が小崎の後ろから一歩前に出て、青山です、よろしくと頭を下げて康太と目を合わせた。そして。


「よ、吉野……君! 」

「えっ? あおやま? 」


 透けるような白い肌を一瞬にして赤く染めた青山美ひろがそこに立っていた。



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