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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十二章 ショパン ノクターン変ロ短調 作品9-1
130/188

128 遭遇

康太視点になります。

 もう二十年以上も連れ添っているだろう妻のことを、まるで恋人のように目を細めて康太に話して聞かせる教授の言葉に嘘偽りはないと自信を持って断言できる。

 そして妻のことをこよなく愛しているだろうことは一目瞭然だ。


 康太の母である夏子とて、それは同じだった。

 過去にこの教授と関係があったなどとは微塵も感じさせないほど、父の慶太と仲睦まじい。

 長い人生にはいろいろなことがあり、それをすべて昇華した上で、人間は常に前をみて生き続けていくのだろう。

 康太は教授からピアノのことだけでなく、人生の師としても何か惹きつけられる物を感じていたのだ。


「それはそうと、先日の北高音楽部の演奏会はどうだった? 妻と近所のきょうこちゃんからチラッとは聞いていたのだけど、あの息子のことだ。私には何も教えてくれないからな。まあ、学会もあったので、どっちみち見に行けなかったが」


 きょうこちゃん? 先日も沙紀が話していた水田先輩のことだろうか。

 近所に住んでいて、その上星川とはまるで同棲しているかのような生活を送っているとも言っていた。

 なのに、沙紀をくどき、隙あらば彼女をそばに置こうとする。

 全く意味不明な星川の立ち位置なのだが、父親までもがそのように親しく名を呼ぶ水田という存在がやはり気になる。


「僕も招かれたので行くには行ったのですが。実はその日もバイトが入っていたので最初のOB演奏のところだけ聴いて、席を立ったので……」

 

 本当は最後まで会場にいても充分に間に合うシフトだったのだが、星川と同じ空間に長時間いる事に耐えられなかったというのがその答えだ。


「そうだったのか。君も忙しいね。で、そのOB演奏はどうだった? 息子がきょうこちゃんと一緒に曲を作ったと聞いていたんだけれど」

「ああ……。そうですね、素晴らしかったですよ。僕にはない才能だと思います」


 康太はどうしても星川の話になるとつっけんどんになる。

 いくら恋敵(こいがたき)の父親であると言っても息子の星川とは別人格の師とも呼ぶべき相手に向ってこのような態度を取るべきではないのだが。


「そ、そうなのか。君に言われると、信憑性が高まる気はするが。息子はピアノそのものよりも、作曲やプロデュースの方に興味があるようでね。まあ、私が何を言おうと耳を傾けることはないし、あいつもそれは望んでいないようだしね。実は前から思っていたのだが、息子は、その、やはり皆に嫌われているのかな……」


 突然何を言い出すのかと思いきや、康太も自分の取ったあまりにも素気無い態度が教授を不安に陥れたのではないかと、後悔する。


「いや、そんなことはないと思います。僕の彼女の相崎も、先輩を尊敬しているようですし。ただ、僕の場合、学年も違いますし、ほとんど接点がないので星川さんのことはあまりよくわかりませんから」

「それもそうだな。最近ますますあいつの考えてることがわからなくなってな。昔から友達も少ないし、唯一親切にしてくれてたきょうこちゃんにも愛想をつかされているようだし。そうだ、相崎さんにそれとなくあいつのことを聞いてもらえないだろうか? 他人とうまくやっていけているのか気になって仕方ない。いくら成人した息子だと言っても、親というものは一生涯心配のし通しで。あの子には幼少時代から辛い経験をいっぱいさせてきたものだから……」

「辛い経験? 」

「あっ……。い、いや別に何でもないんだよ。まあ、私も海外勤務とかもあって、あの子を散々振り回してきたからね。ははは、なんてことだろう。君の悩みを聞くつもりが、私の子供相談になってしまった。すまない」


 なんとなく話をはぐらかされたような気もするが、康太は教授のこの頼みだけは聞くわけにはいかないと瞬時にそう判断した。

 それがどんなに些細なことであったとしても、沙紀の口から星川のことを語らせたくなかったのだ。

 きっと教授は自分の息子が、弟子の恋人を横恋慕しているなどとは思ってもいないのだろう。

 康太はやり場のない憤りを感じながら、時計に目をやった。

 教授も同じように時計を見る。


「おや、もう時間のようだね。じゃあ今夜はこれで終わろう。次、このバラードの四番を仕上げて来ることと……そして、どうだろう。ショパン以外に何か弾いてみたい曲はないかな? スカルラッティやフォーレなんかもいいんだが」

「スカルラッティは、母がよく……」


 康太は言ってから少し後悔したが、もう遅い。


「そうだったな。夏子が……いや、夏子さんが好きだった作曲家だ。君の性格だと嫌だろうな、スカルラッティは。まあいい。何か弾きたい物があればそれを持ってきなさい」

「はい」


 康太は教授の鋭い指摘に、苦笑いを隠せない。

 スカルラッティが嫌いなのではなく、それを弾いていたのが母であったのが気に入らないだけなのだ。

 全くもってこの教授には敵わないと、レッスン室から出て行くその後姿を尊敬の眼差しで見ていた。

 では失礼します、と康太が教授に頭を下げた時、教授が前方をじっと見たまま動かなくなった。

 何事かと、康太も後ろを振り向き、教授の視線の先を追う。


「よしの……」


 康太が今一番会いたくない人物がこちらを見ていた。

 そしてその人物は教授をにらみ返して、質問をあびせかける。


「なんで吉野がここに? 吉野と知り合い……なんですか? いつから? いったいどういうことなんです? 意味がわからない」

「あ、篤也……。おまえ、どうしてここに? 」

  


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