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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十二章 ショパン ノクターン変ロ短調 作品9-1
129/188

127 五線譜でできた騎士

康太視点になります。

「そうか。沙紀のためなら俺は何だってやるから。自分の彼女に何かあったら、誰だって真っ先に飛んで行くって。それにしても星川のやろう、何考えてるんだか……。たまたまとか言ってたけど、なんで水田先輩の家にひょこひょこ現れるんだ。本当は、沙紀がそこにいるのを知ってて来たんじゃないのか? 」


 康太はさっきの星川との会話を思い出し、またもや不機嫌さを露わにする。


「それは違うよ。だって水田先輩も驚いていたもの。なんでこんなに早いのって。……それはそうとあの二人、どう考えても変なんだ」


 寝返りを打った沙紀は、横向きになりながら、ベッドの下の床に座る康太に向ってそう言った。


「俺もそう思う。星川のやろう、おまえに告っておきながら、別の女の家に出入りしてるなんてどう考えてもおかしいよな。その二人、実はできてるんじゃないのか? あいつ、根っからのたらしだろう? 」


 康太は沙紀の手をさすりながら、口を尖らせる。

 自分の彼女にいい顔をしておきながら、別の女ともよろしくやっている人間のどこを信じろと言うのだろう。


「そ、そんなあ。いくらなんでも部長は康太が言うような軽い人じゃないよ。でね、あたしも二人は怪しいって、そう思ってたんだけど、それも違うみたいなの。二人とも付き合ってないって断言するんだ。で、いろいろ考えたんだけど、あの二人もあたし達みたいに小さい頃から仲が良かったみたいだから、もう兄妹みたいな感じなんじゃないのかなーって」

「そうなのか……。じゃあ、やっぱり沙紀を送ってきたのは偶然だったとでも? 」

「もちろん。さっき部長が言ってたとおり、そのまんまだよ。だから、康太ももうこれ以上怒らないで。あたしのこと信じて。お願い」

「……わかった。信じるよ。でもな、頼むからあいつとのツーショットはもうこれっきりにして欲しい。それではお姫様。俺は下に行って、何か食べる物を見繕って参りますから、そのまま待っててください。いいですね、それでは」


 康太は中世の騎士のように片膝をついて仰々しく礼をすると、踵を返して部屋から出て行こうとした。

 すると、沙紀が瞳を輝かせて、康太、ちょっと待ってと引き止める。


「なんかさ、康太って、本物の貴族みたい。優雅な歩き方っていうのかな。すっごく自然な感じだよ」

「なんだよ、それ」

「きっと、リズム感がいいんだと思う。ねえねえ、康太ってさ、実は五線譜で身体が作られてるんじゃない? 」

「ご、五線譜? 」

「そう。今だけじゃなくて、いつだってリズミカルに見えるし」

「おいおい、それって、まるで変態じゃないか」

「違うって。うーん、どう言えばいいのかな。とにかく、行動のはしばしに音楽を感じるっていうのかな」

「なるほどね。沙紀にはそう見えるんだ」

「うん。さっきも抱っこしてここまで連れて来てくれて、最初はびっくりしたけど、でも幸せだったよ。だからさ、水田先輩や部長がどんなに手を差し伸べてくれても、康太の優しさには敵わない。あなたがそばにいるだけで心が穏やかになって満たされていくんだもん」

「はいはい。沙紀の気持ちはよーくわかりました。沙紀が幸せなら、俺はもっともっと幸せだよ。じゃあ、すぐに戻って来るから、待ってて」


 康太はにんまりしながら階下へ降りて行く。

 そして、カウンターに置いてあったりんごをむいて、再び二階へと上がって行った。


「沙紀、りんごむいて来たよ……」


 ところが。

 お姫様は瞼を閉じて、規則正しい寝息をたてているではないか。

 よほど疲れていたのだろう。

 布団を肩まで掛けて頬に小さくキスをすると、おやすみ、と言って部屋の電気を消した。

 





「吉野君、どうした。最近あまりピアノを触ってないんじゃないのか? 」


 沙紀が倒れた日から数日経ったある日、木下教授がピアノが二台並んだ佐藤楽器店のレッスンルームで、調子の出ない康太に向かって心配そうな顔を向けて来る。


「あ、はい。夕べは三時間ほど弾きこみましたが、ここのところあまり……練習していませんでした」

「そうか。ミスタッチは気にならないが、音の艶が前とは全く違う。……何か悩み事でもあるのかい? 今夜はレッスンはこれくらいにして、君の話を聞いた方がいいのかな」

「いえ。別に悩みは……」

「ないとは言わせないぞ。私はこれでも教育者の端くれだからね。小さな変化も見逃すことは出来ない。私があまりにも大学の編入を勧めるものだから、困っているのかな」


 まさか、沙紀を教授の息子から守るために送り迎えに忙しくて練習ができませんでしたとも言えず、返答に苦慮していた。


「あっ……はい。それもあるかもしれませんが。でも、前にも言ったように編入するつもりはありませんし、百合の葉学園への編入は、きっと母が反対すると……」


 康太は音楽への希望はまだ捨てていないが、今の教育大を辞めてまで進路を変えようとは思っていなかった。

 それに、元恋人が教官を務める大学への編入を夏子が許すわけがない。

 もし教育大を辞めたならば有無を言わせずドイツに強制送還されるだろうことは目に見えている。


「それはそうだ。私としても今さら、君のお母さんに合わせる顔はどこにもないよ。なら、百合の葉でなくても芸大とか、あるいはドイツの音楽学校でもいい。とにかく一日でも早く専門的に学んだほうがいいと思うのだがね」

「先生、申し訳ありません。本当にそこまでする気はないんです。でもこうやって先生にレッスンしていただけるだけでも、音楽と繋がっていけると思うんで、しばらくはこの状態でやっていきたいんです」

「ははは。君も意外と頑固だな。私の若い頃にそっくりだ。こんなこと、君に言っていいのかどうかわからないが、私はその岩よりも固い頑固さゆえに、君のお母さんを失ったと思っている。もしあの時こうしていれば……とか悔やまれることもいろいろあるがね。でも、結局はこれでよかったとも思う。ああ、こんなこと言ったらまた君を悩ませてしまうかもしれないな。はっきり言うが、君のお母さんにはもう未練はないよ。だから安心してくれ。ドラマみたいな泥沼は期待されても起こりようがないからな」


 もちろん康太もそれは教授の言うとおりだと納得していた。


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