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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十二章 ショパン ノクターン変ロ短調 作品9-1
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126 おひめさま抱っこ


「康太……」


 沙紀は家の前の路上で震えながら隣に立つ康太を見上げた。


「……ったく。いったいどういうつもりなんだよ。俺の身にもなってくれ。とにかく早く横になった方がいい」


 康太が突如腰をかがめたかと思うと、沙紀の背中と膝の裏に腕を回し、横抱きにして立ち上がった。

 地面を離れた沙紀の足が、空中でばたばたと動く。


「こ、康太。何するの? 下ろして。いやだよ、恥ずかしいよ」

「黙れ、静かにしろ。鍵は? おまえの家、誰もいないんだろ? 電気が消えてる」

「ええ? パパはいつもの東京出張だけど。ママは……」


 沙紀は慌ててカバンから携帯を取り出した。

 きっとさっきの電話が春江からの連絡に違いないと思ったのだ。

 ところがそこに表示されているのは春江ではなく康太からの着信履歴だった。


「あ……。てっきりママからだと思ってたけど、康太だったんだ。電話に出なくてごめんなさい。部長の隣だったし、家に帰ってから掛けなおそうと思って……」

「どおりで出ないわけだ」

「ママは、夕方には帰って来るって、朝はそう言ってたんだけど……」

「わかった。とにかく鍵を出して」

 

 携帯に続いて鍵を取り出し、足を抱えている方の彼の手に握らせる。

 すると康太は沙紀を抱いたままの状態で器用に鍵穴に鍵を挿しドアを開け、沙紀がもう降りるというのも聞かず、靴だけぬがせるとそのまま二階に駆け上がって行った。


 部屋の灯りをつけ、ベッドに下ろされた沙紀は、自分を見つめる目の前の康太を真っ直ぐに見ることが出来ない。

 星川に送ってもらったことで、少し後ろめたい気持ちになっていたこともあったが、それ以上に、抱いたままここまで連れてこられたことが思いのほか恥ずかしくて、どんな顔をして彼を見ればいいのかわからず壁の方を向いたままだ。

 おまけに、家には誰もいない。

 春江は法事のため祖父母の家に行っているが、どういうわけかまだ帰っていないようだ。

 正真正銘この家には康太と二人だけだった。


 怒っている康太は何をしでかすかわからない。

 前回は怒りに任せて、瀬戸内まで車を走らせたことがあった。

 今回は、このまま沙紀を襲うことだって充分にあり得る。

 でも沙紀はそうなってもいいと思っていた。

 この後、彼が求めてくるなら全てを彼に(ゆだ)ねようと、もう何度目かの決意は確固たるものになっていた。


 ところが……。康太は沙紀の額に軽く口付けると髪を撫ぜ、布団を掛け、そして優しく語りかけて来たのだ。


「腹は減らないか? のど(かわ)いてない? 飲み物取って来るから、ここで待ってろ」

 

 そう言って、すぐに階下に降りて行く。

 いつの間にか沙紀は重病人に仕立て上げられているようだ。

 目にも止まらぬ早業で、すぐにグラスに水を汲んで持って来てくれた。

 そして手には何かメモのような紙切れを持っている。


「康太、ありがとう。で、その紙は何? 」

「これか。おばちゃんの書置きみたいだぞ」

「ほんとだ……」


 沙紀は横になったままそのメモを声に出して読んだ。


 沙紀へ

 お帰りなさい。

 沙紀が練習に出かけた後、急におじいちゃんちに泊まることが決まりました。

 本当は沙紀も一緒に来て欲しいとおじいちゃんもおばあちゃんも言って下さってるけど

 練習が九時まであるし、そのあともすぐには帰れないかもって言ってたから

 ママだけ泊まることにしました。

 なので、留守番、頼みますね。

 二人とも沙紀に会いたがっているから、明日、顔だけでも出してくれると助かります。

 ママより


「……って書いてある。そっか、おじいちゃんちに泊まるんだ。あたしも行った方がいいのはわかってたけど、今回はおじいちゃんのお父さんの弟の法事なんだって。だから、沙紀は無理に行かなくてもいいってママも言ってくれたから、練習を優先したんだけど」

「え? おじいさんのお父さんってことはひいおじいちゃんだよな。あの、昔学校の先生をしてたっていう」

「そうそう。そのひいおじいちゃんの弟ってこと」

「そうか。なんかすごいな」

「他の親戚もいっぱい来るって言ってたから、そのお世話で忙しいのかも。おじいちゃんもおばあちゃんも、もう歳だしね」

「そうだな。じゃあ、明日、バイトは昼からだから、相崎医院まで送って行くよ」

「康太……。あ、ありがとう。でも、あたしはもう大丈夫だよ。電車で行けるって。それに、なんで康太に送ってもらったの? って、ママに疑われても困るし」

「なら、電車で行ったことにすればいいから。俺は、医院の近くで沙紀を下ろしたらすぐに帰る。それならいいだろ? 」

「わかった。本当にありがとう。あたしってこの頃、ずっと康太に迷惑かけてるよね」

「そんなことない。俺がそうしたいからやってるだけだ。沙紀は何も気にすることはないんだ。早く体調の方もよくならないとな」

「でも……。あたし、どこも悪くないってば。ねえねえ、葉山君、康太にあたしのことなんて言ってたの? ちょっと大袈裟過ぎない? 」

「小笠原先輩に嫌がらせをされて、ショックでぶっ倒れたんだろ? そして水田先輩に送ってもらった……。俺が聞いたのはそこまでだけど。違うのか? 」

「ううん。違わない。そのとおりだよ。でも、ぶっ倒れただなんて、そんなひどくないよ。ちょっとショックが大きくて、眩暈(めまい)を起こしただけ。しばらくはふらふらだったけど、段々と良くなってきたし。もう大丈夫だよ。ほら」


 そう言って、沙紀はベッドの上に起き上がると、床に足をついて立ち上がろうとした。

 すると身体がふわっと浮いて天井が回り始めたのだ。


「お、おい! 大丈夫か? 」


 康太に支えられ、なんとか倒れずに済んだものの、ほらみろと(とが)められ、再びベッドに寝かされる。


「今夜はおとなしく、俺の言うとおりにすること」

「康太……。ホントにホントにいつもありがと。今日だって、あたしのためにバイトも途中で休んでくれたんでしょ? 悪かったなあって申し訳なく思うけど……。本当は、すっごく嬉しい」


 沙紀は布団にくるまりながら、顔だけ出してにこっと笑った。


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