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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十二章 ショパン ノクターン変ロ短調 作品9-1
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125 えらく物騒だな

「あっ、あのう。部長、すみません。あたしの我がままで、今日はみんなに迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないと思っています。水田先輩、あたしはこれで失礼します。いろいろとありがとうございました」


 沙紀はそれだけ言うと、再び部屋の中にもどり、カバンを持って玄関に向った。


「相崎。送っていくよ」

「ぶ、部長……」


 靴を履こうとする沙紀の前に庭から玄関に廻ってきた星川が立ちはだかる。


「い、いや、いいです。ここなら北高の近くだし、バス停もすぐそこなので。それに部長は早く親睦会に戻らないと。皆さんが待ってますよ」

「遅れてもかまわない。……杏子、今夜のメシはいらないから」


 さあ行こう、と言って沙紀の腕をつかみ、星川はやや強引に連れて行こうとする。


「え? 」


 今星川は水田に不思議な言葉を発したように聞こえたのだが……。

 今夜の夕飯はいらない? 

 それって、いったい……。

 まるで新婚さんの会話のようだ。


 沙紀はますます頭の中がこんがらがっていた。

 つまり星川は、水田と一緒にいつも食事をしているということなのだろう。

 だから今夜は親睦会で食べるから必要ない、とでも? 


 沙紀が振り返ると、悲しそうな目をした水田が、じっとこちらを見ているのがわかった。

 言いようのない不安に苛まれていく。

 その理由が何であるのかはまだ認識できないが、水田と星川には、自分の想像の域を超えた何かがあると、それだけは身体のどこかではっきりと感じ取っていたのだ。


 沙紀は無言のまま星川の車の助手席に座った。

 どう考えてもこれは、まずい状況には違いないだろう。

 康太とのあの約束をいとも簡単に破っているではないか。


 でも運転席に座っている星川は有無を言わせぬ形相で、沙紀を凝視する。

 もう逃がさないぞとでも言うように……。

 沙紀は逆らうのを辞め、星川に従うことにした。

 幸いまだ七時過ぎだ。

 このまま家まで送ってもらったとしても康太はバイト中なためまだ帰っていない。

 今夜の彼のシフトは真夜中の一時を過ぎると聞いている。


「小笠原には釘を刺しておいた。次からはあんなまねはさせないから。……というか、多分もう来ないよ」


 星川は何の前置きもなく、車を走らせながら突然そんなことを言う。

 何か言葉を返さなければならないのに、今の沙紀には気の利いたワードが何一つ見つからない。


「相崎はいつもそんな風に怯えてるんだな。怖がらなくてもいいから。何もしないよ。ただ、今日のようなハプニングが起こったのも、元はといえば俺が相崎をソロに選んだからだ。全ての責任は俺にある。先週、俺が君に会いたいと言ったこととソロ推薦は関係ないから。だから割り切って考えて」

「部長……。あっ! 」


 沙紀の携帯が電話の着信を知らせる。


「君の携帯か? 」

「あ、はい」

「電話だろ? 出れば? 別に構わないよ」

「い、いえ。もうすぐ家だし、あとで掛け直しますから……」


 沙紀は誰だろうと気になりながらも、部長の横で電話をするのは失礼だと思い、そのままにした。

 幸い、短めのコールで切れてしまった。

 康太はバイト中なので、相手は多分、母親だろう。

 今日は夕方には帰ると言って出かけているのだが、遅くなるという連絡かもしれない。

 もう十五分もすれば家に着く。

 それから掛けなおしても充分に間に合うだろう。

 

 部長は何も話しかけてこなくなった。

 沈黙が続く。

 こんな日に限って、音楽もかかっていなくて、気まずさだけが車内に充満していくようだった。


「翠台に入ったぞ。中学校からどっちに行けばいい? 」


 ようやく沈黙が破られた。


「えっと、門の前を西に真っ直ぐ行って……。そうです。あ、そのコンビニの角を右折して下さい。えっと、そのまま真っ直ぐ行って、あの二つ目の電柱を左折すれば、すぐです」


 説明しながらもどんどん車は進んでいき、あっという間に沙紀の家のある通りに入る。


「シルバーのワゴン車が停まっているところが……」


 家です。と言う寸前で、沙紀は固まってしまった。


 ワゴン車の手前に、見慣れた白いセダンが停まっているのだ。

 確か、康太がバイトに乗って行ったはずの吉野家の車だ……。


 そして、星川の車が吉野家のその車をゆっくりと追い越して停車し、白いセダンにもたれかかるようにしてこちらを見ている人物を暗がりの中に発見した。


 その時、沙紀の心臓は、もう完全に停止してしまった。


「ぶ、部長。送っていただき、ありがとう……ございました」


 沙紀は肺に残っているわずかな酸素を循環させて、やっとのことそれだけ言った。

 出来ることならこのまま、康太がいることに気付かれずに車を降りたい。

 二人が顔を合わせることだけはどうしても避けなければならない。

 沙紀は祈るような気持ちだった。

 が、そんな都合のいい話があるはずもなく。


「無理するな。今夜はゆっくり休めよ。……相崎、どうしたんだ? 変だぞ」

「い、いえ、何でもないです。気にしないで下さい」


 あわててシートベルトをはずし、早く外に出ようとドアに手を掛けると、外側から誰かがドアを引っ張った。

 そして沙紀は瞬時に外に引きずり出される。


「き、君は……」


 星川が目を見開いた。


「星川さん、こいつがいつも世話になってすみません。葉山から連絡受けて、バイト先から飛んで帰って来たんですけど。あんたが付いていたんなら、心配する必要もなかったってわけですね」


 康太の冷ややかな声が住宅街に静かに響く。


「吉野……だな。君と相崎のことはちゃんと理解しているつもりだ。たまたま家に帰ったら相崎が近所の水田の家にいたので、ここまで送ってきた。それだけだ。深い意味はない。では」

「おい、ちょっと待て! たまたまかどうかは知らないが、これ以上沙紀にかかわるな。今度こんなまねしてみろ。……ただじゃおかない」


 初めて見る康太の殺気だった顔つきに、沙紀は足がすくみ、話すことも出来ない。


「えらく物騒だな……。こっちの方こそ意味不明な因縁をつけられて心外だ。だが横田に免じて許してやるよ。あいつは君のことを高く評価してたからな。では……」


 少し先の道でUターンすると、エンジン音を爆裂させながら来た道を戻って行く。

 星川の車は、暗闇の中を瞬く間に走り去って行った。 


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