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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第十章 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番
111/188

109 壁に耳あり行列に目あり

「あ……」


 沙紀は言葉を失くしたまま、すぐ後ろに並んでいるよく知っている二人連れを見ていた。

 康太も驚いているようだ。そのよく見知った二人を視野に収めても尚、沙紀の腰に回している腕はそのまま解かれることはなく、彼の衝撃の大きさを物語っている。


「そ、そんなにびっくりした顔しないでよ。あたしだって好き好んで声かけたわけじゃないんだし。そりゃあ無視することだって出来たわよ。でも、いくらなんでも親友としてそれはないんじゃないかと。ね、葉山」


 井原まどかは、隣にいる穏やかそうな男に同意を求める。


「まどかの言う通りさ。それにしても、まさか相崎が吉野とそういう関係だったとは。まさしく青天の霹靂としか言いようがないね」

「は、葉山くん……」


 誰もが認める葉山の心地よいはずのバリトンボイスが、今日の沙紀には心にチクチクと突き刺さる。


「今月末にあるOB会の打ち合わせをしようと、まどかのオススメのこの店に来てみれば、どこかで見たような二人が前に並んでいるんだぜ」

「葉山が先にあなたたち二人に気付いて、あれ、絶対に吉野と相崎だって、指差して口をパクパクしてるもんだからさ」

「いやいや、誰だってそうなるって。俺、見間違いかと思って、何度も目を凝らして見たんだ。でも、絶対におまえら以外のだれでもないってわかって……」

「葉山はそう言うけど、あたしは絶対に相手は沙紀じゃないって言い張ったんだよ。吉野君は横顔が見えたからもう間違いないって確定したんだけど。相手が沙紀ってことだけはありえない、ってそこは譲れなかった。だって考えてもみてよ。吉野君が沙紀をそんな風に抱き寄せてるなんて、誰が想像できる? 沙紀に似た感じの全く別人の彼女に決まってるじゃん、って葉山に言ったんだけど……。でも近付いて見れば見るほど後ろ姿が沙紀に似てるし、でも、まさかそんなはずはないって、あれこれ思っているうちにイライラしちゃってさ。気付いたら二人の真後ろに並んで、沙紀らしき人を突っついてしまったってわけ」

「ま、まどかちゃん……」

「だって、こうなったら我が北高始まって以来の秀才イケメン君の彼女を拝んでおくのも悪くないでしょ? 」

「井原……」


 康太も絶句している。

 沙紀はまさかの北高合唱部元部長副部長の突然の出現に、最大級の衝撃を受け、何も言い返せないでいた。

 これは、どう考えても弁明できる状況ではない。

 康太にしても、まどかの指摘でやっとのこと自分がまだ沙紀を抱き寄せたままであることに気付いたようで、あわてて沙紀から離れるありさまだ。

 葉山とまどかの視線はすでに全てを的確に捉えていて、今さら何を取り繕ってみても手遅れであるのは明らかだった。


「葉山、井原。まあ、見たとおりってことで、別に言い訳も何もしないさ。俺はこいつと、その、付き合っているよ」


 康太が少し気まずそうに二人に告げた。


「そうなんだ。なるほどね。でもまだ信じられないけどな」


 葉山は康太の頭から足先までじっと見て、それでもなお、納得がいかない目をして首をひねっている。


「でもおまえにだけ隠していたわけじゃないんだ。いろいろ事情もあって、高校では大っぴらにしないって決めてたから」


 葉山とまどか、そして沙紀と康太の四人は、文科系進学コースで同じクラスだった。

 康太は合唱部部長の葉山とは音楽繋がりで高三になって急接近したこともあって、今でもたまにつるんでいる仲ではある。

 念のため先日の外泊時も、康太と葉山はカラオケでオールしたことになっている。

 ドイツから帰国している両親を安心させるためとだけ言って、葉山に口裏合わせを頼んだらしい。

 ところが葉山に一緒にいる相手は誰だと追及されたが、康太は(かたく)なに口を割らなかったという。

 

「じゃあ、前の外泊の一件も相崎と一緒だったってわけか。おまえ、一緒に過ごした相手が誰なのかって訊いても全く教えてくれなかったからな。ついに出来たカノジョなのだろうとは予想してたけど、まさか相崎とは。今度会ったら全部吐かせるつもりだった。吉野君、なかなかやってくれるじゃないの。まあいつでも俺をダシにしてくれていいから。協力はおしまないぜ。で、今日はデート? 」

「ちょい待った! 沙紀……。今の聞き捨てならない話。いったいどういうこと? あたしさあ、少なくとも、沙紀の親友の端くれだよね? 違う? 」


 まどかは頬を膨らませながら、沙紀に問いただす。


「そ、そうだよ。親友だよ、まどかちゃん」


 沙紀はまどかと目を合わせられずに、俯き加減のまま答える。


「なのにだよ。お泊りしちゃうくらい仲のいい人がいるのに、何にも教えてくれないって、どういう了見? 今思えば、二人は怪しすぎだったけど、沙紀がずっと誰とも付き合ってないって否定するからあたし信じてたのに。ちょっぴり裏切られた気分」

「ごめんね、まどかちゃん。でも信じて。騙そうとか、嘘をつこうとか、そんな風には思ってなかったから。ホントに誰にも言ってなかったんだ。中学の友だちも、高校の友だちにも」

「井原、頼むから許してくれよ。でも俺も言わせてもらうけど、おまえらだって何だよ。OB会の打ち合わせはあさってじゃないのか? なあ、沙紀。確かそう言ってたよな」


 言われっぱなしでは終わらない。

 康太もすかさず反撃に出る。

 沙紀は援護射撃に回った。


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