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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第九章 ドヴォルザーク 新世界より
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105 家族

「沙紀。こうちゃんのおばちゃんが夕食一緒にどうって誘ってくれてるんだけど。どうする? 」


 春江が受話器の送話口を押さえながら振り返り、沙紀に訊ねる。

 沙紀は返事に困っていた。

 昼前に家に戻ってからも、当然のごとく疑いの眼差しを拭いきれない春江に、チクチクと責められていたのだ。

 タキの言うことなど、この際当てにならないとまで言い出す。

 康太か、あるいは誰か違う人とどこかに姿をくらましたのなら正直に白状しなさいと揺さぶりをかけられ、相当参っていた。


「ママはどうするの? 」

「それなんだけど……。実は今夜、高校時代のクラス同窓会をすることになってるのよ。パパが幹事だから私も手伝えって言われてね。だって今夜はまだ沙紀がキャンプ中の予定だったから、友だちにも遅くまでいられるよ、なんて調子のいい返事しちゃってるから」

「わかった。じゃあ、あたしだけ行くよ。夏子先生に会えるの、久しぶりだし」

「了解……」


 沙紀だけおじゃまさせて頂くわと言って春江が電話を切ると、突然片足立ちでくるりと一回転する。

 電話がかかってくる前までと違って異様にテンションが高い。

 同窓会がそんなにも楽しみなのだろうか。


「沙紀。さっきは疑ったりしてごめんね。今、電話で吉野さんから聞いたんだけど、夕べこうちゃんは友だちとカラオケに行ってたんだって。沙紀はおばあちゃんの家に行くって、こうちゃんもそう言ってたって。今は夜通し営業中のお店もいっぱいあるのね、ふふ」


 そう言って鼻歌交じりに、二階のクローゼットのある部屋に消えていった。

 沙紀はやや後ろめたさを感じながらも、疑惑が晴れたことに胸を撫で下ろしていた。


 夕方になり春江が父の徹と共に出かけた後、すぐに沙紀も隣の吉野家のインターホンを鳴らした。

 さっき、春江に頼まれていた洗濯物を取りれていた時、庭で康太の父親がバーベキューの準備をしているのを目撃している。

 ならばと沙紀は、冷蔵庫に冷えていた父用のビールとウーロン茶も両手に抱えている。


 玄関戸が開いて、中から顔を出したのは、前よりも一段と若々しく見える夏子だった。


「まあ。沙紀ちゃんっ! 久しぶりね。よく来てくれたわ。少し見ない間になんだか大人っぽくなったわねえ」

「先生---! お帰りなさい。やだ、大人っぽくなっただなんて。中身は今までどおりだよ」

「さあさあ、こんなところにいないで、中に入ってちょうだい。ねえねえ沙紀ちゃん、ママに聞いたわよ」


 スリッパを履いて室内の廊下を歩きかけた時に、夏子が振り返って突然そんなことを言うのだ。

 いったい何を聞いたというのだろうか。いやな予感がする。


「沙紀ちゃんったら、好きな人が出来たんだって? いいわね、若いって。今度是非私にも会わせてちょうだいね。どんな人なのかしら? うちの康太なんてそんな華やいだ話、これっぽっちもないみたいなの。男の子っておもしろくないわあ。私も女の子を一人産んでおくべきだったわね。そうそう、やっと雨も上がったし、バーベキューでもしようと思ってるのよ」


 沙紀が言葉を挟む隙もなく夏子は楽しそうにいろいろと話しかけてくる。

 それにしても好きな人が出来ただなんて、この前のカレーを食べた時の話をいまだに引きずっている春江に沙紀はあきれるばかりだった。


 庭では康太と父の慶太がバーベキューコンロに炭を入れて、火を(おこ)している最中だった。

 沙紀も玄関から持ってきた靴に履き替え、庭に出る。

 康太と一瞬目が合ったが、別に気にも留めていないようなそぶりで、黙々と準備に勤しんでいる。

 慶太が(おもむろ)に顔を上げて、沙紀に微笑んだ。


「やあ、沙紀ちゃん。久しぶりだなあ。いつもせがれがお世話になってすまないね。今日はドイツ仕込みのソーセージをご馳走しようと思ってね。昼間っから腸詰にかかりっきりだったんだよ」


 首にかけたタオルで額の汗を拭きながら慶太が白い歯を見せる。


「わあーー。嬉しいな。でもさ、おじちゃんも夏子先生も、昨日日本に帰って来たばかりでしょ? 時差ボケとか大丈夫なのかな? 」

「大丈夫だよ。夕べは夕方には全員でバタンキューだ。おかげで今日は早朝から絶好調なんだ」


 夏子もそうだが、この目の前の慶太も若い。

 沙紀の父親と二歳違いで慶太の方が若いのだが、十歳くらい離れているように見える。

 今夜は学校の先生同士の飲み会があると言ってここにいない雅人とあまり歳が変わらないようにすら見える。

 その爽やかな万年青年のような笑顔は、これまた康太の弟の翔太に瓜二つだったりするのだ。


「おじちゃん、今夜はお招きいただいて、どうもありがとう。手作りのソーセージなの? なんだかおいしそうだね」

「そりゃあ、うまいさ。燻製にしたものをボイルするのもうまいんだぞ。今夜は炭で焼いたのをご馳走するからな。肉も野菜もたっぷりあるからたくさん食べていきなさい」

「うん。じゃあ遠慮なくご馳走になるね。おじちゃんってさあ、なんだか前より若返ったみたい。昔からすっごいかっこいいもんね。うちのパパとは雲泥の差だよ」

「そうかい? 嬉しいこと言ってくれるね。繁華街で夜明かししてもエネルギーが有り余っているコイツには、まだ何としても負けられないからね」


 隣にいる康太を顎で指し示し、冗談っぽく眉間に皺を寄せる。

 久しぶりの息子との再開を心の底から楽しんでいるようにも見える。


「いい歳して勝つも負けるもないだろう? おやじも沙紀の前で無駄にはりきるのはよせよな。さっきまで腰が痛いって言ってたじゃないか」

「なにいっ! お前に年寄り扱いされる覚えはないぞ。康太がぼーっとしてるから、沙紀ちゃんが他の男に持っていかれてしまったんじゃないのか」


 沙紀は思った。ここでも激しく誤解されているのではないかと。

 さっきの夏子といい、慶太といい、春江の言うことを鵜呑みにした上に、その妄想上の好きな人とすでに付き合っている前提になっている。

 いったい何を根拠にそんな根も葉もないうわさがまかり通るというのだろうか。


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