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ぽーかーふぇいす  改訂版  作者: 大平麻由理
第九章 ドヴォルザーク 新世界より
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104 祖母の機転

「……きちゃん……うちゃん。九時ですよ。早く起きなさいよ」


 どこか遠くで、誰かの声がする……。


「沙紀ちゃん、さーき」

「うーーん、ナニ? 」


 それがタキの声であると気付くのに、そんなに時間はかからなかった。

 普段、あまり寝起きのよくない沙紀は、今回ばかりは目をパッチリと開けると、血相を変えて起き上がり、大声で叫んだ。


「ええっ! もう九時なの? うわーーん、どうしよう。こうちゃん、こうちゃん。大変だよ、早く起きて! 」


 彼女の声に驚いて飛び起きた康太だったが、いったいここはどこ? とでも言うように不思議そうにあたりを見回し、隣にいる沙紀と戸口に立っているタキを見て、ようやくここが彼女の祖父母の家であることに気付いたようだ。


「う、うわっ! おばあさん、おはようございます。すみません。寝坊してしまいました」


 康太はあわてて布団の上で正座をすると、アキに向って頭を下げた。


 昨夜二人が眠りに就いたのは深夜の一時頃だった。

 前日からの疲れもピークに達し、布団に倒れこむや否や、すぐさまどちらともなく深い眠りに引き込まれ、今に至る。

 八時にはここを出て、人気のテーマパークであるAパークのゲートに早めに並ぶつもりだったのだが、セットしたはずの携帯のアラームも、無意識のうちに止めてしまったのだろう。


「さあさあ、急いで着替えて、行っておいで。院長が駅まで送ってくれるからね。今朝は雨も小降りになってきているし、よかったよかった。じゃあ私は、あなた達の朝ごはんの準備をしてくるからね」


 タキは慌てふためく孫とその恋人を愉快そうに眺めると、部屋の前からいそいそと立ち去った。


「ねえ、こうちゃん。朝ご飯はパスしてすぐに出かけようよ。もし雨が上がったら混み始めるかもしれないし」

「そうだな。よし。そうしよう! 」


 二人は大急ぎで着替えて顔を洗うと、タキがせめて味噌汁だけでもお腹に入れていきなさいと勧めるのも聞かず、すたすたと玄関に向う。


「おばあちゃん、ごめん。時間がないからもう行くね。そうだっ! 今夜も泊めてもらうからよろしく。帰りは閉園までいるつもりだから先に寝ててね。鍵は前に預かったのがあるから勝手に開けて入るから」


 沙紀が早口で全てを言い終わった時、ポケットの中の携帯が無常にもぶるぶると振動し始める。

 沙紀は携帯を手にして、家からの電話であるのを確認した。

 どこか胸騒ぎを覚えながらも、いったい朝っぱらから何の連絡だろう? と釈然としないまま通話ボタンを押した。


「もしもし……。あ、ママ。……うん……うん。ええ? あ、ううん。昨日の晩からおばあちゃんちに泊まってる。うん。ほんとだってば。じゃあおばあちゃんに代わるよ」


 沙紀は今にもパニックを起こす寸前だった。

 夕べはどこに泊まったの? 今どこにいるの? と春江が鼻息も荒く電話口でまくし立てるのだ。

 くれぐれも余計なことは言わないでとジェスチャーを交えながらタキに目配せをすると、祈るような気持ちで携帯を渡した。


「もしもし、春江さん、連絡しないですみませんね。はいはい……はい。沙紀は元気ですよ。はいはい。あの子はね、いつも私たちのことを気にかけてくれて、ほんとうにありがたいことです。はい……。では沙紀に代わりますよ」


 よし。おばあちゃん完璧だよ! 

 沙紀は身の潔白が証明できたことに、ホッと胸を撫で下ろす。 


「あ、ママ? と言う訳だから。うん。わかった。もうすぐ帰る。じゃあ……」


 康太も不安げな面持ちで沙紀と春江のやりとりを見ていた。


「おばあちゃん、こうちゃんのこと内緒にしてくれてありがとう」

「おやすい御用だよ。あんなので良かったのかい? 」

「充分。助かったあ。おばあちゃん、ホントにありがと」


 沙紀は、機転の利く祖母の言動に心から感謝していた。

 長年の事務長の経験が功を奏したとでも言うのだろうか。

 ただし、世間一般の目から見れば、タキの取った行動は決して誉められたものではないのだが……。


「でね、こうちゃん……。主任の江藤さんからバイト代の精算のことで、今朝、家に電話が入ったみたいなんだ。明日にでも印鑑持って事務所に来てくれだって。キャンプが中止になったのにあたしが家に帰ってこないので心配になったんだって。とにかく一旦家に帰らないと。ママったら、少しあたしのこと疑ってるみたいだからさ」

「それはヤバイぞ。ってことは俺んちにも電話、かかってるよな? 提出したバイトの履歴書には、確か、携帯の番号も書いたはずだけど」

「あたしたち、まだ未成年だから、まず家電にかけたんじゃない? 」

「なるほどな」

「携帯番号だけ書いておけばよかったね。一人暮らしの人は固定電話持ってない人も多いし、携帯にしかかけてこないわけだしさ。ああ、失敗しちゃった。今更言っても遅いけど……。それにいくらおばあちゃんが証言してくれたからって、実際二人とも家に帰らなかったわけだし、これってどう考えても怪しすぎるよね」


 沙紀の心臓は再び鼓動を早める。

 結局のところ康太とは一線は越えていないが、それに近い行為はあったわけだし、枕を並べて一晩を過ごした事実は消し去ることは出来ない。


「多分、大丈夫だとは思うけどな。雅人兄さんが適当に口裏合せてくれてるはずさ。それに俺の場合、男のつれとカラオケとファミレスでオールしたとでも言っておけばなんとかなるよ」


 こうなったら、康太とのんびりデートを楽しんでいる場合ではない。

 背に腹は変えられないのだ。

 二人は大きなキャンプの荷物を抱えると長一郎の車で一目散に駅に向った。


 沙紀は万全を期すため、翠台のひとつ手前の駅で康太に下車してもらい、時差をつけて帰宅する手順を提案したのは言うまでもない。


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