100 キャンプは続くよどこまでも
しばらくして、少しはにかんだ様子の女の子が母親と連れ立って、沙紀の前にやってきた。
「あの……すみません。この子が沙紀リーダーにお礼を言いたいっていうものですから」
母親が遠慮がちに声を掛けてきた。
「沙紀リーダー。キャンプは短かったけど楽しかったよ。夕べはお話し聞かせてくれてありがとう」
沙紀の手を取りながら愛らしい口元をほころばせているのは、バスでずっと隣同士だった、四年生の真由美だった。
昨夜ミーティングが終わった後、真由美のいるグループで一緒に眠った沙紀は、眠れないという低学年の女の子のリクエストに応えて、部屋のみんなに聞こえるように、日本の昔話をしたのだった。
三つ目の話になる頃にはほとんどの子ども達が寝入ってしまい、朝までしっかりと眠り続けてくれた。
「冬のスキーキャンプにも行くつもりだから、沙紀リーダーも来てね。またね、バイバイ! 」
そう言って手を振りながら、真由美は何度も頭を下げる母親と共に駅に向って歩いていく。
沙紀はまさか子どもからそんな風に言ってもらえるなんて思ってもみなかったので、あまりの感激に胸がいっぱいになって、危うく涙までこぼしそうになるところだった。
たった一泊でもこんなに感動するのだ。
もし五泊六日を全うしていたなら、みんなとの別れが辛くて、号泣していたかもしれない。
「スキーキャンプも絶対に行くからね! また一緒に遊ぼうね! 」
沙紀は大きく手を振りながら真由美に向って叫んだ。
びっくりしたように真由美がまたこちらを向いて、ばいばいと手を振る。
お互いの姿が見えなくなる最後の瞬間までそうやって手を振り合っていた。
主任のねぎらいの言葉の後、学生アルバイトも拘束を解かれた。
せっかく知り合ったのだからと、学生同士で駅前のファミレスに入り昼食をとる。
夜通し子どものトイレに付き合った学生もいて、あくびを連発していたが、この後どうしようかとみんなして思案顔になる。
ある者は、今すぐ別のバイトに行くと言い、またある者は、せっかくの休みだから実家に帰省すると言う。
外を見ると、ますます雨はひどくなる一方だった。
沙紀と康太はここの駅から電車に乗って家に帰ることになる。
家とこの大学最寄り駅は結構離れているので、電車でも一時間近くかかってしまう。
仲間と別れた後、ファミレスに取り残された二人は、お代わり自由のコーヒーを飲みながら、どちらともなく、どうする? と顔を見合わせた。
「なんだかあっけなかったね。でも、リーダーありがとう、なんて言ってもらえて、最高の気分だった。子どもってかわいいね。また参加したくなっちゃう」
「そうだな。じゃあ、年末は、スキーキャンプも参加するか」
「うん。もちろん。……で、今からどうする? そろそろ家に帰る? 」
沙紀は、当然そうするつもりだろうとあまり深く考えることなく康太に問い掛けたのだが……。
「帰る? もう帰るのか? それってもったいなくない? 俺たちはあと四泊キャンプが残ってるぞ。ちょいとひどい格好にすんげえ荷物だけど、二人でキャンプの続きをやらないか? 」
康太のとんでもない提案に、沙紀はずっこけそうになる。
「キャンプの続き? どこも雨だよ。無理無理! それにこうちゃんのお母さん達も帰って来てるんだし、早く元気な顔見せてあげなきゃね。あたしも夏子先生からドイツの話、いろいろ聞きたいな」
「おい、沙紀ぃ……。こんな天気の中、ほんとにキャンプなんてするわけないし」
「ええ? そうなの? じゃあ、どういうこと? 」
「おふくろだってビザの関係もあるし、結構な期間、家にいるみたいだし。別にそんなに急いで帰らなくてもいいんだよ。……で話をもどすけど、どっか行こうか。旅行でも……」
旅行でも、というところがやや小さかったので聞き取りにくかったが、康太の言わんとするところを概ね理解した沙紀は、少しためらいながらもこくりと頷いた。
「決まりだな。さーて、どこに行く? っていっても懐具合を考えると、あまりゴージャスな旅はできないけど」
「そうだよね。それにこの格好だよ。ジーンズとTシャツオッケーのところと言ったら、テーマパークくらいしか思い浮かばないよ。アトラクションも雨の方が空いてるしね。そうだ、Aパークならおばあちゃんちも近いし、いいんじゃないかな? なんなら泊めてもらったっていいんだし。それなら宿泊代はタダだよ……」
「って、お、おい。なんでおばあちゃんちなんだよ。俺はその……」
「嫌? だって、Aパークがホントに近いんだよ。電車で二十分くらいなんだ。こうちゃんと二人で行ったことないし、一緒に観覧車とか乗りたいな」
あまり乗り気でない康太をなんとか説き伏せようと頑張ってみた。
「それにお化け屋敷もグレードアップしたって話だし」
「そうか。なら沙紀がそこまで言うならそうしよう。前は急いで帰ってしまったから今度はゆっくりとおじいさん達と話も出来るしな。はあ……」
なぜだか康太はがっくりと肩をおとし、大きくため息をついた。
何か彼にとって失礼なことでも言ってしまったのだろうか。
「こうちゃん、いったいどうしたの? 元気ないよ。あたし、何か変なこと言ったのかな? もし、Aパークに乗り気じゃないなら、そう言って。こうちゃんの行きたいところ、ちゃんと言ってよ」
「いいのか? 」
「もちろん。二人の意見が一致しなきゃ、面白くないし」
「じゃあ遠慮なく、言わせてもらう。俺は、沙紀と二人っきりで」
「二人っきりで? 」
「ああ、そうだ。二人っきりでどこかに行って、泊まりたかったってこと。おばあちゃんちでは、こんなことだって、できそうにないし……」
「あ……」
彼の手がテーブルの上で沙紀の手にそっと重なる。
そ、そうだったんだ。
財布との兼ね合いばかりを優先してしまったことを瞬時に後悔した。
おばあちゃんちに行くとか……。
あまりにも夢がなさすぎる提案だったことにすぐさま気付き、祖父母宅で彼との甘い時間など過ごせるわけがないことを、改めて認識するのだった。