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欠陥少年は精霊使いに憧れる  作者: 磯崎 瑞樹
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07 練習試合!

試合開始の合図と共にラーテルは距離を詰める。

狙うはヒナミリア。同じ学年である彼女であれば、生徒会長よりも強いということはないはず。

腰に吊った直剣を抜き、咆哮。


「《風刃(ウィンドエッジ)》!」


ラーテルは、魔力を纏わせた剣を降りおろす。空を切る剣から放たれる斬撃。


「はんっ! 随分とちゃちな風刃ですこと!」


嘲笑いながら軽やかに躱すヒナミリア。

ティアクリナがヒナミリアを追うように魔法を発動させる。


「《水球砲(ウォーターカノン)》!」


ティアクリナの手の平から精霊紋が空中に浮かび上がる。

目の前に現れた精霊紋から放たれる水魔法は、ラーテルの風刃を避けた動作中のヒナミリアに向かう。


「ちっ、水系で攻めれば引くとでも!? 《炎壁(ファイアウォール)》!」


水球砲は、直撃寸前でヒナミリアを守るように出現した炎の壁に阻まれる。

炎に水、当然のように水蒸気が発生し、周囲の視界を塞いだ。


「ふぅむ。ヒナミリアさんもティアクリナさんもなかなかセンスがある。が……動きがぎこちない。それに、ラーテル君、君の魔法は弱すぎる」


後方で三人を観察していたルイが右手を振り上げる。


「よく見ておくといい。これが《風刃》だ」


手刀をつくり、右手を振り下ろす。

ドッと周囲の水蒸気が巻き上げられ、視界がクリアにされる。

そして放たれた風刃は―――


「ぐっ」


ラーテルに直撃し、その身体を吹き飛ばす。

試合会場の壁に激突し、身体を走る痛みに硬直する。


「ラーテル!」


ラーテルの元に駆けつけようとしたティアクリナを阻むように炎の鬣を持った馬が立ちはだかった。

見ればヒナミリアが騎乗しているのがわかる。


「残念ね、あなた達はここまで。精霊魔法《炎馬の突撃槍(ランス・オブ・セキト)》!」


ヒナミリアとその契約精霊が炎の鎧を纏う。ヒナミリアの右手には炎の槍が握られていた。

槍を正面に構え、敢行されるのは一点突破の突撃。


精霊魔法と一般的な魔法は似ているようで違う。

一般的な魔法は、術者がイメージしたものに自身または周囲のマナを注ぎ込み形として発動する。精霊と契約しているのであれば、精霊がマナを注ぎ込んだり、魔法自体を強化してくれたりする。

一方で精霊魔法は、精霊自体の固有の能力によって発動する魔法を指す。似通った能力ならば似たような精霊魔法になることはあるが、基本的に同じ精霊魔法は存在しない。また、一般的な魔法と違い、マナの結晶たる精霊が行使する精霊魔法は、込められた力の桁が違う。

即ち、必殺の魔法である。


(防御―――は間に合わない。回避―――も無理!なら!!)


「まだ、まだまだぁ!」


ティアクリナは迎撃するべく両手を前に突き出す。


「遅い!」


が、魔法を組み上げる前にヒナミリアの突撃槍がティアクリナを弾き飛ばす。


「ぐっ……!」


間一髪、スイレンの貼った防壁により直撃こそ免れたものの、ティアクリナを軽々と弾き飛ばすだけの衝撃は吸収しきれなかった。


「ありがと、スイレン」


「あら、精霊は優秀のようね」


ふん、と肩にかかる髪を軽く払うヒナミリアには絶対的な自信を感じる。


(あちらは無能が一人に戦い慣れていない庶民が一人。精霊が有能でも力量差は歴然。ルイ様に良いところを見せる大変良い機会だわ!)


弱者を一方的に甚振るのは貴族のやり方ではない。

圧倒的であっても一方的ではあってはならない、とはハスブラント侯爵家の家訓だ。

相手の力を正面から捩じ伏せることこそ誉れ、と育てられてきたヒナミリアは体勢を崩したままのティアクリナを追撃しない。


「ルイ様? 私にこちらは任せてくださる?私が有能であることを証明して見せますわ!」


「いいだろう。ではそちらは任せる」


手を上げてヒナミリアに応えたルイは、ラーテルに向き合うと、「じゃ、やろうか」と声をかけた。


「結局一対一ですか」

抗議の声をあげるラーテルに、ルイは微笑みながら答える。


「ふふ、戦力の分断は立派な戦術だよ」


「そうですね!!《風刃》!!」


この試合前に、やり方は汚くても、ただ一撃を当てることさえできれば勝ちである、とラーテルは考えていた。

生徒会長と侯爵令嬢のコンビに精霊すらいない落ちこぼれと幼馴染みでは普通の試合などできない。

負けて当たり前、敗れて当然。ならば、効果のある攻撃を当てることさえできれば、それは一矢報いることとなるはずだ。

会話など悠長にしてる余裕があるなら、奇襲させてもらうに限る。


「さっき見たよ」


右手を振って《風刃》を作り出し、ラーテルの魔法を打ち消したルイは、転がりながら回避行動を取るラーテルに追撃する。


「くそが!」


「口が悪いよ、ラーテル君」


ラーテルは攻撃を避けつつ、ティアクリナと合流を図る。

ティアクリナもラーテルの意図を読み、ヒナミリアと交戦しつつラーテル側へ移動していく。


「ふぅん……。本当に悪くないなぁ」


ルイはラーテルの動き方に目を細める。

ラーテルは実技講習を受けたことがない、と前情報を得ている。

故に試合のような形では力は出しきれない、と踏んでいた。

だがラーテルは自分で考え奇襲を弄し、正面からでは敵わないのを理解して、それでも諦められないと形振り構わない手段で自分に精一杯喰らいつこうとしている。

その気概は騎士ではないが戦士ではある。

分断されたなら合流を図り、今できる最善を尽くそうとする姿勢は評価に値する。


「とはいえ、経験が足りてない」


ルイが右手を銃のように構える。


「《風弾(ウィンドブラスト)》」


「……っ!《防壁(シールド)》!」


マナを固めた防壁ごと吹き飛ばされ、またも壁に激突する。


「ぐぅぅ――いてぇ!」


すぐに身体を起こし、直剣を構える。

ティアクリナが合流し、ラーテルの前に立つ。


「ええい、逃げてばかりで!」


「任せたのに、随分かかってるね」


苛立つヒナミリアをルイが茶化している。


「まとめて焼いてお仕舞いですわ!」


ふん、と髪を払い炎馬を自身の近くに呼ぶ。


「《炎渦(スピンファイア)》!!」


ラーテルとティアクリナを中心に、炎の壁が二人を囲む。

筒状の炎に閉じ込められた二人はこの状況を―――


「待ってたぜ!」

「やりましょう!」


待ち望んでいた。

相手に見える範囲では、どんなに策を用いようが潰される。

なら、見えない所でやればいい。

ルイ達の視線は炎渦により遮られ、彼らを視ることはできない。


「ほんとにいいのね?」

「やってくれ」


簡単なやり取りしかできないが、試合前に相談済みだ。

やると言ったらやる。

右手を差し出すラーテルを心配そうに見たティアクリナは、彼の意思の固さを理解し、差し出された右手を握った。


「《譲渡開始》」


身体を巡るマナを右手に集め、ティアクリナに渡す。


「これは……なに?うそでしょ?」


本来、マナの譲渡は命懸けだ。

術者同士が未熟ならお互いに魔力酔いにも似た中毒症状や拒絶反応による魔力暴走など危険性を挙げるなら切りがない。

理由は簡単。個々のマナの属性値が違うからだ。

受け取る側は自分のマナに変換する必要があり、精霊を介して調整を行う。

与える側は変換速度に合わせてマナを送らなければならない。

もし、変換が間に合わなければ、変換がうまくいかず自分のマナと馴染まなければ、その場でドン!だ。


だが、ティアクリナに今回渡されたマナは、あまりにも純粋で澄んだ空気のように透明で、まるで属性値などないかのような、それでいて蜂蜜のように凝縮された濃厚なものだった。

変換の必要が皆無。

スポーツドリンクのように身体に優しいマナは驚くほどの速度でティアクリナのマナに吸収されていく。


「すごい、すごいわ!」


マナの譲渡の危険性は授業で聞いたはずだった。

だからこそ覚悟を決めた。

でも、実際はこんなにも気持ちの良いものなのか、とティアクリナは驚いた。


「これなら!」


目を閉じて譲渡に集中しているラーテルの右手を強く握り、自らの契約精霊に指示を出す。


「やれるわね?いくわよ!《大波(ビックウェーブ)》!!」


スイレンのマナとティアクリナのマナが共鳴する。

スイレンの足元に精霊紋が広がる。

それは規模を拡張し、横にいるティアクリナを越え、さらに隣のラーテルを越え、いつしか二人を囲む炎渦すら越える。


「こ、これは!?」


「へぇ……。これは中々。ヒナミリアさん、僕の横に」


何が起きるかわからないが、少なくとも自分の横にいるなら安全は保証できる。

ルイはそう考え、ヒナミリアに指示を出す。



「こ、このぉ!」


自分の力に絶対的な自信があるヒナミリアの耳に、ルイの言葉は届かない。

ブルル、と炎馬が嘶き、契約者たるヒナミリアのマナに炎馬のマナが上乗せされる。

炎渦が勢いを強め、ティアクリナとラーテルを焼き尽くさんとする。


「《炎嵐(ファイアストーム)》!!」


「まずい!」


ルイが危険を感じ、審判たるミネルヴァ校長にストップを依頼しようとした次の瞬間―――


ルイの足元にまで伸びてきたスイレンの精霊紋が光を発した。


ドン!!!


精霊紋から水が波と化してスイレンとティアクリナを中心に溢れ出る。

ラーテルをスイレンが守護し、水の膜を張ったおかげで彼が水没することはない。

一気に溢れた大量の水は、勢いを強め嵐へと形態変化する炎に触れた。

超高温の炎と、それに熱され続け溶け出す地面に大量の水が触れるとどうなるか。

水は熱せられて水蒸気となった場合に、体積が約1700倍にもなる。

大量の水と高温の熱源が接触したならば、水の瞬間的な蒸発による体積の増大が起こり、周囲を吹き飛ばすほどの力が生まれる。


即ち、水蒸気爆発である。


ルイの契約精霊が姿を現し、ルイを守るように防壁を展開しようとするが、既に遅い。

瞬間的な爆発はマナを散らし、精霊の作りかけの防壁を割り、相対するもの全てを吹き飛ばす。

呼吸すら難しいほどの衝撃が一瞬でルイとヒナミリアを包み、二人を壁に叩きつけた。


(まさか、これほどとはね)


あまりの衝撃に意識が飛びかけるルイは、水蒸気を飲み込みながら自らに迫る水の波を視認する。

ヒナミリアはどこだ、と周囲を見渡し、傍らに倒れている彼女はすぐに見つかった。どうやらこちらは気絶しているらしいが、幸いにも怪我はないようだ。よくよく見れば、既にミネルヴァ校長の精霊がヒナミリアの体表に防壁を張っていたのがわかる。

身体へのダメージはないが、衝撃は殺せない。激しく揺さぶられた脳が軽い脳震盪を起こし、意識をシャットダウンしたのだろう。


「ああ、してやられましたね」


身体は叩きつけられた痛みで動かない。

頭も意識が飛びかけていて上手く働かない。

相方は既にダウン。


これは、敗けたな。と薄く笑うと、ルイは契約精霊に風の膜を自身とヒナミリアに張らせた。

これで水没しても呼吸はできよう。

地面に横になったルイは迫り来る大波に素直に沈んだ。




諸事情あり投稿できなかったのですが、再開できました。

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