06 練習試合の幕開け
練習試合と言われても、その実態はただの怒りのはけ口だ。
校長室に呼び出されたラーテルとティアクリナは、ミネルヴァから事の経緯を聞いて立ち尽くしていた。
「そう気を落とすな。これはチャンスだ」
二人を慰める様に言うが、すぐに反論される。
「何がチャンスなんですか!?私にはラーテルへの鬱憤や反感を吐き出す為の、体のいいガス抜きにしか聞こえません!」
「ああ、ラーテル一人ならその通りになっていただろうな。だが、そこにお前が加わればどうだ。
まだ勝ち……とは言わないが一矢報いる目は残っていると思うが?」
ミネルヴァの言わんとする意図を理解し、ラーテルが口を開く。
「つまり、この勝負、勝たなくていいってことですか」
「その通りだラーテル。お前たちの今まで培ってきた努力を全て見せることが目的だ」
「でも、私たちがいくら頑張っても、ダメだったなんてことにも―――」
「当然、その可能性はある。だが安心しろ。私は口を使わせたなら右に出る者はいないほど弁論が得意だ」
つまり、結果はどうであれ、ラーテルとティアクリナを大精霊の祠まで行かせるとミネルヴァは言っているのだ。
だが、ティアクリナまで巻き込まれるのは、可笑しい。このままではティアクリナまでラーテルと同じように白い目でみられるだろう。
元はミネルヴァが言い出したことだ、ラーテルはどうしても納得いかなかった。
「話はわかりました。ですが―――」
「いい、お前の言いたいことはわかる。これは卑怯なやり方ではあるが、必要な過程でもある。結果はどうあれ、納得させることができるならば、ティアクリナを巻き込んででも参加させる」
「ラーテル、私は平気よ」
だから嫌なんだとラーテルは呟くが、誰の耳にも入ることはなかった。
ティアクリナは、ラーテルを庇護しようとする。
それは、孤児院時代に親しかったから切り離せないのだとラーテルは考えている。
しかし、これはティアクリナをラーテルとは違い優秀な人物であると周知させるチャンスでもあるのではないだろうか。
明らかに実力が違うラーテルとティアクリナが同じ舞台に立てば、違いは明白だ。きっと実力者として今まで構築できなかった人間関係を築けるだろう。
考えように依っては、悪くないかもしれない。
ラーテルは決意を固めた。
己の名誉なんぞはこの際どうでもいい、ティアクリナの名誉を守れれば。これはそういう試合だ。
「ふむ、ラーテルもいい顔つきになったな。さては観念したか?」
「観念? 」
にや、と口角を上げて悪役の顔で笑うミネルヴァを見返しながらラーテルは言う。
「ただ一矢報いてみようと思っただけですよ」
孤児院で共に育った、家族にも近い関係と言えるティアクリナをただ巻き込んだだけでは終わらせない。
ラーテルは拳を握りしめ、精一杯の虚勢を張ったのだった。
――――
そして迎えた練習試合当日。
場所は聖マルケス学院が誇る魔法実習試験場。
周囲を高密度のマナ結界で覆われた、実験演習として使用される学院の目玉施設だ。
ちょっとやそっとでは壊れない強靭な結界は学生レベルの魔法ではびくともしない。まさに試合するならここ以外考えられない場所と言えよう。
そんな試合会場でラーテルとティアクリナは対戦相手と向かい合っていた。
生徒会長ルイ・エル・ソロワ。そしてラーテルのクラスで最大の女子グループを形成したハスブラント侯爵家三女のヒナミリア・イデ・ハスブラント。ヒナ様だのヒナさんだのとクラスでは呼ばれている。
(―――たしか、使う精霊は……)
ラーテルが目をこらし、陰形している精霊を捉える。
そしてニヤリと笑った。
「随分と余裕ですこと。実力差もわからないなんて、才能がないのも可哀想ね」
ヒナミリアがクスリと小さく笑う。
「なっ―――」
「いいんだリナ。大丈夫」
反論しようと前姿勢になるティアクリナをラーテルが遮る。
「失礼しました、ヒナミリア様。ですが油断されませんよう、僕らもただやられるつもりはありません」
ラーテルの答えにヒナミリアが目を細める。
「加護の薄い欠陥品のお前が、私に傷をつける。そういうことかしら?」
「とんでもない。僕らはそう簡単には諦めないってことです」
「ふぅん……いいわ、見せてみなさい」
「盛り上がっているところ悪いが、始めてもいいかね?」
ラーテルとヒナミリアの会話に、呆れたようにルイが問いかけてくる。
「生徒会長も暇ではないからね。早く終わらせて次の業務に取りかかりたい」
ちらりと試合会場外周にいるミネルヴァを見やり、ルイが合図を出す。
「では」
「いいだろう。―――両者構え!」
一拍の間をあけ、ついに火蓋が切られた。
「はじめ!」