11月5日 君咲家の悲劇
1週間前ーーーー
『どうして!?お兄ちゃんがいないの!?』
私はお父さんへ声を荒らげながら質問をした。
なぜなら家に帰るといつもは居るお兄ちゃんの姿が無く、お兄ちゃん部屋から全ての道具や、家具が消えていたのだ。
私は絶望に近い感情をその時感じた。しかし最悪の想像をするにはまだ早い…お父さんなら何か知っているかもしれない!
私の質問に数秒考え、父は俯きながらこう答えた。
『真奈...優蘭はこの家の生活にはもう耐えられないだろう...だから私が知人の家へと預けた。』
『…そんな…』
その言葉を聞き私の視界が真っ黒になる。
お父さんの口から発せられた真実は私の一縷の希望を打ち砕くものだったのだ。
『お兄ちゃん…がいない?』
『そうだ、優蘭はもう居ない』
『...兄はもう居ないんですか?』
私が混乱していると妹の真衣が口をひらいた
真衣は自分から言葉を発するということを普段はしない、そんな真衣がこうも声を荒らげてお父さんに詰め寄っている姿は事の重大さを物語っていた。
『...優蘭はもうここには居ない。』
しかし無情にも父はあくまでも真実を告げる。
『っっ!!そんなの嫌ァァ!!』
父から非情なまでの真実を聞かされた真衣は子供のように泣きじゃくり、お父さんの服を掴みお兄ちゃんを連れ戻してと懇願していた。だけどお父さんは首を横に振るばかりだ。
『兄を!お兄ちゃんを!連れて帰ってきてください!!』
『...真衣…』
こんな激情を見せる真衣は真衣が生まれてから14年間見た事ない。それほど……真衣は。
『もう……いい…』
もうお父さんに何を言っても無駄なんだと察したのか、真衣は踵を返し自室に戻る。
その後ろ姿は茫然自失そのもだった。
嵐が過ぎ去った空のように、この部屋は静寂と沈黙に支配される。
そんな中
『どうしてッッッッッ!?』
うしろの方から姉の声が聞こえた。その声は落雷のような大きい声で、父は一瞬たじろいでいた。
『ねぇお父さん..お父さん、お父さん、お父さん?誰の許可を得てユウランを、私のユウランをユウランをユウランをユウランをッッ!この家から出したの?教えてよ??』
姉は人でも殺すのかと思わんばかりの鋭い目付きと剣幕で父を威圧する。
『ユウランは私の息子だ真彩に許可を取る必要は無いだろう』
『私の!!弟なのォォォォ!!』
父からの正論にたじろぐことも無く意味不明な理論を展開する
『だからユウランの心も体もその全ても私のものなのよ!!ユウランは私のモノ!!今すぐここに呼び出してよ!!』
どうやら姉はお兄ちゃんの事を自分のものだと思ってるらしい...
そんな身勝手が、許されるのだろうか?
そもそも姉の犯した行いのせいで、お兄ちゃんは心を蝕まれこの家から出る事を余儀なくされたのではないのか?
そこに選択の余地なんて、なかったんだ。
出ていかなければ文字通り『死ぬ』から。
……そんな状況に私のお兄ちゃんを追い込んだのはこの女だ。
そう思うと、だんだん腹立たしくなってきた
『ユウランはーーー』
『いい加減にしてよ!!』
姉の言葉を遮り、私は叫んだ。
『お兄ちゃんが居なくなったのはどう考えてもお姉ちゃんのせいでしょ!?お兄ちゃんは感情のない人形じゃないんだからさ少しはお兄ちゃんの気持ちってものを考えてみたら!?』
『ぐっううううううぅ!!』
私が叫んだ思いに返す言葉もなかったのか、姉は下を向きマニキュアの塗られている爪を齧りながらブツブツと譫言を呟きながら自分の部屋へと戻って行った。
ペタペタと力ない足音が消えたのを確認すると、私は意を決しお父さんの目を見て切実に訴えた。
『...お父さんお兄ちゃんがどこへ行ったかおしえて』
『…すまない、それは無理だ、ユウランからそう頼まれてる』
『...そっか』
あぁ……以上はもうダメだ、何を言ってもこの人は答えてくれない……。
お兄ちゃんは……戻らない。
自室に戻り扉を閉め、大声で泣いた。
私の...大好きなお兄ちゃんが居なくなった
その事実が
私の心を酷く抉った。
お兄ちゃんを返して。
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1週間前に起きた悲劇とも取れるその事件をベットに寝そべり天井を眺めながら考える。
私の名前は 君咲真奈 、君咲家の次女である。
君咲家には私とその他に
三女の真衣と四女の真弥が居る。
そして、長女の真彩。
君咲真彩...私の姉、そしてお兄ちゃんを苦しめた張本人、私が世界で最も嫌悪している人間でもある。
姉はお兄ちゃんが居なくなったことによりかなり精神的なダメージを受けたらしく、通っている大学にはここ一週間行かずお兄ちゃんを監禁し強姦した部屋にひきこもってる様子だ。
……姉は、お兄ちゃんを数日に渡り監禁しその間にお兄ちゃんを穢し続けていた。
そんなことをされたら流石のお兄ちゃんも姉と同じ家や空間には居られない、家を出て当然だ。
私がお兄ちゃんの立場でもそうすると思う。
ただ...ひとつだけ文句を言いたい。
「なんで行き先を私に教えてくれなかったのか」
...思わず声に出ていた、でもそれ程までにお兄ちゃんのその判断を理解出来なく、許し難いのだ。
真弥や真衣に言えないのは分かる真弥は口がユルユルで直ぐにお兄ちゃんの居場所をうっかり滑らすなんてこともあるだろうし、真衣はなんかその……追い詰められたらすぐに白状しちゃいそうだし……。
でも私はそんな失態をしないし、お兄ちゃんの心の傷も理解している。
なんで私に教えてくれなかったのか…それを考えると胸が苦しくなり、それと同時に怒りや失望に近い得がたい感情が湧いてくる。
お兄ちゃんは私を信用していなかったのか…
そんなことを考えるとどうしようもない虚無感が襲って止まない。
まるで底なし沼だ。考え始めると、それは一気に私を窒息寸前まで追い込んでしまう
私はお兄ちゃんのことを実の親より信じているし、愛している。
その自覚がある。
でもお兄ちゃんは違ったのかもしれない。
お兄ちゃんの中での私の存在というのはそこまで大きな存在価値というのは無かったのかもしれない。
いつも笑いかけてくれるあの優しい表情を色んな人にもしていたのかもしれない。
頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手の感触を知っているのは私だけじゃないのかもしれない。
そんな事考えてもなんの意味もないのに、ネガティブな考えは連鎖して留まることを知らない。
「...お兄ちゃん私はどうすればいいのかな」
行き場の無い思いを吐き出す。
……私は姉と同じように、お兄ちゃんに対して兄妹の関係で言う愛情ではなく男女の関係で言う愛情を持っていた。
だから、いきなり好きな人と離れ離れになるなんて涙が出るほど嫌だった。
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でたまらなかった。
実際にお兄ちゃんが居なくなった日の夜には太陽が昇ってくるのも気付かずに1人ベットで泣いた。
「好き...なのに.....」
ふと自分の髪に手をやる、お兄ちゃんに撫でられていたこの髪に、髪を通してお兄ちゃんの手の感触を得ようとしてももうお兄ちゃんの手の感触は残っていない。
好きだった。
優しいお兄ちゃんが
かっこいいお兄ちゃんが
いざとなったら頼りになるお兄ちゃんが
私が困ると直ぐに手を差し伸べてくれる、太陽のような光を放つお兄ちゃんが。
でも大好きなお兄ちゃんはもうここにはいない。そう考えると自然と涙が出てくる。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
届きはしないとわかってるのに、いつかお兄ちゃんがくれた花に私はそう向かい呟いた。