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僕と君は愛せない  作者: 朝澄 容姿
狂るいはじめる愛情たち
30/38

3月1日 急転回

「D組の君咲くんってカワイイ顔してるよね」


「え〜?亜美狙ってんの?」


「…ちょ!ちょっとだけね!」



憂鬱を極めていた委員会の集まりもやっと終わり帰宅の準備に取り掛かろうとしていたら私の耳にこんな会話が飛び込んできた。


君咲くん……って……優蘭?


「今度遊び誘ってみようかな…」


「亜美がそう言うなんて、ちょっとじゃなくてガチで狙ってるじゃん」


「うぅ…かっ…顔も良いんだけどさ?君咲君がお花さんに水をあげてる所を見てからね…自然と目で追っちゃうというか…」


焦る私を他所に女の子達は所謂「恋バナ」で盛り上がっている。まさか…優蘭のことを気になってる女の子が…いたなんて…。


いや、いるにはいたか。

数ヶ月前、私が優蘭の意思を尊重せず暴走したのは私の友達が優蘭の容姿について触れていたからだ。


だけどあの女の子は容姿だけではなく…優蘭の本質的な優しさに気付いている。

…優蘭の本質的な部分に好意を抱いている異性を見るのは…これが初めてだ。




…っ…




声を…声を大にして言いたい。


優蘭は私のものだって、誰にも渡さないって。


でもその行動をとった時の弊害を私は理解している。

優蘭の為にも、自分の感情を拳に込めて圧殺する。


これで……いいんだ……。





私は、優蘭以外の異性を好きにならない自負がある。それはもしトラウマが克服されたとしてもだ。


だけもし優蘭のトラウマが解けた時、優蘭はずっと私を愛してくれるのだろうか。


私より可愛くて、私より優しくて、私より気の合う女の子に優蘭を取られてしまうのだろうか。


そんなことを考えていると倒壊が始まった建物のように一瞬にして私の心は荒んだ更地になる。


悩んでも答えは出ないのに、悩まずにはいられない。




…優蘭……



優蘭…私は………




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『そして現在』











「ただいまーー…」


私がそう言いリビングの扉を開けると、そこには信じられないくらい重いピリついた雰囲気が漂っていた。



ソファに座っている真奈ちゃんの顔は絶望に染まっており、私のすぐ目の前で立ち尽くしている優蘭は何か大切なものを切り捨てる選択を決断した様なそんな顔をしている。



「…銀楼さん…おかえり…」


私に気付いた優蘭は私に声をかけるもその声はどこか生気を感じない虚な声だった。


「優蘭…どうしたの?なんかあったの?」 



「なんでもないよ…な、真奈」


「……………」


優蘭は真奈ちゃんに同調を求める。だけど真奈ちゃんからの返事はない。

この妙にギスついている二人、まさか喧嘩でもしていたのだろうか。


しかし優蘭から真奈ちゃんはとても仲良くほとんど喧嘩もしない兄妹だと聞いていた。と言うことは相当な問題が二人の間で発生した…ということなのだろう。


この空気……何もなかったなんてにわかに信じがたい。



「銀楼さんも来た事だし、ご飯にしよう!」 



「…優蘭?」



「すぐ出来るから銀楼さんも待っててね!!」



「ちょっと!優蘭?」



から元気からの捨て台詞を残していった優蘭は足早にキッチンへと向かった。


リビングにはなにかに絶望している真奈ちゃんと私の二人っきり。


………なんか気まずい。


思わず視線が泳ぐ。



だけどこれは真奈ちゃんと仲良くなるチャンスでもある、頑張って話を切り出さないと





…………って……え?





私はその瞬間気付いてしまった。







ゴミ箱の中に、グチャグチャに潰され、捨てられているコンドームがあることを



な、なんでコンドームの箱が……クシャクシャにして……捨てられているの?

いきなり私の上に降り掛かってきた事実に脳の処理が追い付かなくなる。


……まさか、ふたりがギスギスしてたのってこれのせい?





「…銀楼さんは…お兄ちゃんのどんなところが好きなんですか?」




「え?」




私が目の前にあった衝撃の事実に慄いていると真奈ちゃんからの質問が飛んできた。真奈ちゃんの目はこのことを予期していたのか、私の心を見透かしている様な目をしている。



は!……真奈ちゃん……もしかして……



私の脳裏にある疑念がよぎった。



もしかしたら真奈ちゃんは優蘭のことを私が思ってる以上に好いているのかもしれない……


所謂「ブラコン」と言うやつだ。


年齢的にもまだお兄ちゃんに甘えたい年齢だと思うし、優蘭と真奈ちゃんの関係性は少し特殊とも言える。


だからお兄ちゃんを私に取られて、お兄ちゃんは性に関するトラウマのせいで家を飛び出して言ったのにも関わらず、あんな性行為の為の道具を持っていたという事実が真奈ちゃんを苦しめてしまったのかもしれない。


それで優蘭と喧嘩になった……のかな?


だとしたらゴムがクシャクシャにされ捨てられているのも合点がいく。



私は、この質問に対して茶化した様な要領を得ない回答をすることも出来る。けれどそれは真奈ちゃんに対して、そして優蘭に対しての不義理を働くことになるんじゃないかと私は思った。


だから答える、誠心誠意。




「優しい所」




「……それだけ……ですか?」



「ううん」




真奈ちゃんの目を見る。


真奈ちゃんの目は不安と絶望と期待が混濁したえも言えないような感情を孕んでいた。



「美味しいご飯を作ってくれる所、一緒に辛いの食べてくれるところ、毎日おはようってメールくれる所、毎日夜遅くまで私とメールをしてくれる所、毎日お花に水あげてる所、自分の苦しみを厭わない所、授業中ずっと眠そうにしてる所、友達思いな所、家族を……大事にしてる所」



「……ぁ……」



「私を救ってくれた所、私に救わせてくれた所、私に思いを伝えてくれた所、寒い時に手を繋いでくれた所、あとは……」



「……もういいです、お腹いっぱいです」



「あ、ごめんね……へへへ」



「……お、お兄ちゃんをこ、ここまで好きでいくれる人がいたなんて……わ……私嬉しいですお……おにぃちゃんずっとモテて無くてぇ……はは、心配してたん……ですよほ、ほら!彼女ずっといなかったしぃ、彼女いないなんて……な、情けないじゃないですか!よかった!良かったですありがとうございます!あはは!あは……は……は……」



途中からある種の興奮状態に陥ってしまいひたすら優蘭のいい所を連呼するロボットになってしまっていた。

よほど嬉しかったのか、真奈ちゃんは目尻に涙をうかべ唇を噛み、プルプルしている。






「……うんあ、あとね!これだけー」



「私!買い出し行ってきます!」



「え!?あぁ……うん……」



更に優蘭好きなところを言おうとした途端、真奈ちゃんは買い出しの用事を思い出したと玄関へと走っていった。

しばらくしてドアが力強く閉められる音が聞こえた。



この部屋に1人残された私はボコボコにされていたゴムを拾い、ゴミ箱に捨てた。


……これは、戒め。


優蘭の気持ちを考えず一人暴走して彼と、真奈ちゃんを傷つけた。


またいつか歳を重ねてそういう関係になれる時が来るとするなら記憶という、積み重ねられたガレージの中からこの思い出を拾うことにするよ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁっ……はぁっ……はぁ」



お兄ちゃんは突然私が家に押しかけても怒らないで受け入れてくれて、その上ご飯を用意してくれてるのに、鈴音さんも私に会いに来てくれたのに。


2人とも私を受け入れてくれたのに。


私は



そんな幸せな場所から逃げ出した。



自分から聞いておきながら、鈴音さんがお兄ちゃんを語るのが私の小さい器では耐えきれなかった。

ずっとお兄ちゃんを正しく愛しているのは私だけだと思っていた。


お姉ちゃんは言わずもがな、狂った愛情。

美織さんに関しては周りに流されてしまうような薄っぺらい愛とも言えない代物。


私は、鈴音さんも

そのどちらかに入っていると確信していた。



だけど、現実は違かった。

鈴音さんはお兄ちゃんを正しく愛していたし、お兄ちゃんも鈴音さんを心から信頼していた。

それに比べて私はお兄ちゃんを苦しめて、その心を奪おうとした。



おかしいのは私の方だったんだ。


そう思ったらいても立っても居られなくなって。


部屋を飛び出して、頭の中で起こっているホワイトノイズが消えるまで走った。






走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って、走った。




「はぁ……はぁ……」





ここ、どこだ……。




無我夢中で走っていたため自分の現在地が分からなくなっていた。そしてもちろんスマホはお兄ちゃんの部屋に置きっぱなし。


この大桜区に来るのはこれで二回目。

この街の地理など把握してる訳もなく、私は迷子になってしまった。


「やらかし……た」



ここに来て私の衝動的な行動を心から後悔した。

後先考えず家を飛び出して迷子になって……お兄ちゃんに迷惑かけて……何やってんだろ、私。



今私がいるのは恐らく大桜区に流れる『手毬川』の河川敷。春になると花開くだろう桜の木がいまかいまかとその時をまちわびている。


……つまり、あぁ……葉1枚ない木が並んで植えてあるだけの場所である。


しかも手前に見える川に掛る橋の奥にはさっきまで自分をこれでもかと主張していた太陽がしょぼくれたように沈んでいっている。


あたりは冬木立が侘しく立っているだけで何も無い、そして陽の光さえ失われつつある。


正直私の心はポッキリ折れた。


ただ30分前の自分のしでかした愚行に対する罰としてはしっかり意味を成しているのでは無いかとも思う。


自分の中で背反しているふたつの感情を抱きつつとぼとぼと足を動かした。




とりあえず……来た道を……覚えてる限りで……戻ろう。




……私はーー





「何をしているの?真奈」








………え?


私の耳にありえない声が聞こえてきた。

は……はは……私はどうやらここまで精神的におかしくなってしまったらしい。


こんなところで世界一嫌悪する、姉の声が聞こえてくるほどにーー



「なんで無視をするのかしら、真奈」






え?



ピタリ、と足が止まる。

いや、正確には止められた。

止まったのは私の意思ではなく、体に刻まれていた本能。防衛本能とでも言うのだろうか。



何故こんなところで私の生物としての防衛本能が働いたのだろうか。

まさかあの空耳を脳が姉であると解釈して私の体に危険信号を送ったのではないか?


1度止まった足を再び動かしーーー




ボコッ









「がっっ」




私の背中に稲妻のような強い衝撃が走り、体は一瞬の浮遊感を感じその勢いのまま土手を転げ落ちる。


視界がぐるぐるになり方向感覚も掴めず、私の体に面している土と草の感触や匂いを確かめここが土手の側面であることを認識でき、そしてこのまま私の体がこの坂を転げ落ちる運命であるとを悟った。



「がぁあっぐっあ」



地面に激しく打ち落とされ、背中や腰にはさっきの比にはならないような痛みが走る。


だけどそんなことがどうでも良くなるほど転げ落ち、何も分からなくなる恐怖から抜け出せたことに安堵した。


しかし安堵して数秒後、私の体に激痛が走る。


あれだけ坂道を転げ落ち、地面に打ち付けられたのだから当たり前と言えば当たり前だが。

人生で経験したことの無いような痛みが私を襲う。



……だけど……立たない……となにがどうなって……



軋む体を抑え、足腰に力を入れ何とか立ち上がろうとする。

しかしいくらやっても足に力が入らない。



いやーー





感覚が……無い?





目線を足に向けると、



足首が見た事のない角度に曲がっていた。





「ぁぁぁあああああ!?」


嘘だ……嘘だ……嘘だ!?


しかし現実は無常、その"事実"に気付いた瞬間思い出したかのように脳は私の足に耐え難い痛みを与える。



「痛いっ……痛いっ……いたっ」




痛みで頭が混乱する。


はぁ……はぁ……はぁ……




お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん




救けて……お兄ちゃん





「あなたが悪いのよ?真奈」




「……え?」




私の目の前に現れたのは、お兄ちゃんでは無く。







「あなたが家を飛び出していくものだから、心配で来ちゃったわ」







君咲……真彩…………







「あの女に嫉妬して家を出て」



はぁ……ちがう……



「こんな何も知らない街で」



この人の言ってる……はぁ ……はぁ……



「ひとりぼっちではしって」




家って…………



「私はすごく心配したのよ?」




お兄ちゃんの家だ………………。





「なんで……ここ……が分かった……の?」


私の質問にニヤリと不敵な笑みを浮かべた姉は、強引に私や着ているジャンパーを奪い内側にあるポケットの中を漁る。


そこに入っていたのは、お兄ちゃんに買ってもらったうさぎのキーホルダーがついている実家の合鍵。



「お……ね……ちゃん?」



姉はその実家の鍵を地面に叩きつけ、執拗に何度も足で踏み付ける。


「やめて……よ!」


それは、お兄ちゃんに買って貰った。

大切な……


私は動く上半身だけを動かしてキーホルダーに手を伸ばす








「え?」




そこにあったのは


粉々になったキーホルダーと


その中から出てた。




謎の……機械?





いや……これは



「GPSと盗聴器よ」



「ぁ……」



「あなたが昨日言っていた事がどうも気になってね」



言葉が……出ない。





「優蘭に、彼女がいるとかどうとか」





私の……せいだ……





「だからあなたの持ち物にGPSを仕込んでおいたの」




私のせいで……





「どうせあなたの事だから家を飛び出して優蘭の所へ行くでしょう?」




なんで気付か……な……かったんだ





「フフフ、予想は当たってたわ」





私の……せいでっっっ!!




「ありがとう、真奈。あなたのお陰でまた……優蘭と合える」






お兄ちゃんの幸せはこのひとに




壊される。





「あ……ぁあ……ぁぁぁあああああ!」




「うるさいわね、真奈。言ってなかったかしら、私って女のキンキンした声が嫌いなの」



もう、痛みなんてどうでも良くなるくらい今はただ絶望と、後悔と、そして己の愚劣さに打ちひしがれている



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ

ごめーーーーーー」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ドサッ



「馬鹿はここで寝て、頭でも冷やしてなさい」



私の蹴りは見事に真奈の顎にクリーンヒット。

さっきまでの激情は嘘だったかのように静かに地面に倒れ込んだ真奈を見てすこし微笑ましさを感じながらスマホの画面に視線を移す。


スマホのマップアプリに記録されて居るのは真奈の鍵に付けていたGPSのお陰で明らかになった優蘭の住所。

そしてマップアプリを落としボイスメモのアプリを開く。


スマホの音量を最大限まで上げて♯105と書かれているファイルを選択、ボイスの再生を始める



『…いいわけじゃないよ、ただ今僕には銀楼さんがいるしこの街での暮らしがある……だから美織にには会えないし……家にも帰らない』



「んっっふううううう!!」



ふぁぁ……ふぁ……この話の内容の是非は置いといて……優蘭の肉声は本当に私を昂らせる。

本当は優蘭の声を聞いて自慰行為にふけたいところではあるけど自分を律して何とかその衝動を抑える。


真奈、ほんとはね、こんな酷いことしたくなかったの。

でも妹をしつけるのも姉である私の役目でしょう?だから心を鬼にして真奈を……しつけたのフフフ

本当に感謝してるわ……真奈




お陰でまた優蘭に会える。



フフフ……真奈の躾は済んだし。






今すぐ逢いに行くわ……



愛しの



ユウランンンンンンンンハッァ…………!!!!!




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